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第1章 浦嶋の爺 ~AN OLD MAN OF URAZIMA~

浦嶋の爺 改訂20220706

むかし、むかしのことじゃった。

白浜の広がる海辺の村に
白髪の老人がヨロヨロしながら歩いてきた。
やがて爺さん。力尽きて倒れてしまった。
そこへ通りかかった村人が爺さんに気付いて駆け寄った。

「大丈夫か爺さん!」

「何か… 何か食べるものを…」


村人は、大急ぎ家に戻り、朝ご飯に用意しておいたおむすびを抱えて爺さんの元へ走った。

爺さん、おむすびを見るなり、パクパク、ぺろっと食べてしまった。


元気を取り戻した爺さん。

「有り難う有り難う。なんと御礼をしたら良いのじゃろう。そうだ御礼といっては何ですが、踊りを踊りましょう!」

「タイやヒラメが舞い踊る〜」

村人は見たこともない踊りに目をまん丸にして大笑い。いつのまにか、たくさんの村人が集まり、周囲は笑いに包まれた。

踊りが終わると呉服屋のあるじが、お爺さんの前に現れた。

「あなたの踊りはとても珍しく、大変面白い。私の家は隣村だが、これから宴があるので、是非そこで踊って欲しい!」

「ワシの踊りでよろしければ、どこ、でも、踊りますよ」


ところで爺さん、名前はなんと申す?

はたと考える爺さん。自分の名前も家も思い出すことが出来なかった。

あるじは、爺さんをヒョイっとおんぶすると、タッタッタ、軽快に走り出した。
いくつもの橋を超え、田畑を駆け抜け、あるじの家にたどり着いた。
爺さん、その家の大きさに大変驚いた。

そこには、たくさんの人が集まり、豪華な食事が振る舞われ、大変な賑わいだった。

爺さんが舞台に上がり、踊り出すと更に大きな歓声が上がった。

「タイやヒラメが舞い踊る〜」

それを隙間から覗いていた丁稚の少年。
爺さんの踊りを見ると、口をあんぐりと開け両目をまん丸にした。

「こ、これは・・・!」

翌朝、爺さん。あるじに起こされ目が覚めた。

「ワシャ、これ以上、何も食べられません」

「何を寝ぼけているのですか? 朝ですよ」

「おやおや、これはあるじ殿、昨夜は大変お世話になりました」

「昨夜は大変楽しかった。みなとても喜んでいた。爺さん、住む家もなかろう。よかったらこの家に住まないか?その代わりと言っては何だが、また踊ってくれると嬉しい」

それから

満月が欠け、三日月となり、やがて月が見えなくなった夜のこと。

爺さん、かわやに行きたくなり目が覚めた。

みんなを起こさないように部屋の襖をそーっと開けて廊下に出た。
あたりは真っ暗、よく見えない。
廊下の壁に手を当て、ゆっくりゆっくり歩く。

すると廊下の先の方で、部屋の隙間から薄灯りが漏れているのが見えた。

「こんな夜中に誰が起きてるのだろう…
まあ、ちょうどいい、灯りを貸してもらおう」

爺さん、部屋までたどり着くと隙間から中を覗いて驚いた。
あるじが羽衣に包まれ、ふわふわと浮いていたのだ。

「わぁ」驚いた爺さん、尻もちをついた。

「わぁ」驚いたあるじは羽衣の中から滑り落ち、床に体を打ちつけた。

すると羽衣はスルスルと部屋の隙間から抜け出して、あろうことか、爺さんに巻きついた。
巻きついた羽衣は、どうやっても解けない。

あちこちの部屋で灯りがともり、奉公人たちの声が響いた。

「どうした! 何の音だ!」
あるじの部屋へ向かってくる足音。バタバタ、バタバタ、どんどん近づいてくる。

慌てるあるじ、爺さんを部屋の隅に押しやり、奉公人たちに、寝ぼけて柱に顔をぶつけたのだと、汗をかきかき、いいわけをして、奉公人を追い返した。

夜が明けはじめると、あるじは丁稚に荷車を引かせ店を出た。
二人は浦嶋崖へ向かった。

浦嶋崖は海や漁村が一望できる神聖な場所。そこには大きな祠があり、祭りの日は村の人たちがここに集まり大漁を祈願する。

あるじは祠に祀られている竜神様に羽衣を解いてもらいたくて、ここに来た。

しかし浦嶋崖に着くと、空が急に暗くなり、ゴロゴロゴロと雷が鳴り始めた。
ポタ、ポタ、ポタ、ポタ、ポタタタタ
やがてザーザー大粒の雨が降ってきた。

あるじと丁稚は、急いで祠に向かった。そのとき荷車の中から、羽衣に包まれた爺さんが、ふわふわと宙に舞い上がった。
爺さんのうめき声が響いた。「うううぅ〜」

「ひぇぇ、お爺さん!」

ふわふわと崖の方に飛んで行く爺さん。

「あぁ、お爺さん、あぶない!」

丁稚が爺さんを捕まえた。

「ああ、私の羽衣が!」

あるじが祠の脇から叫んだ。

その瞬間、ピカ、ゴロゴロゴロ、雷が落ちた。

雷に弾かれて二人は真っ逆さまに崖の下に落ちて行った。

それからしばらくして雨が止み、雲が切れて日が射した。

濡れた草むらの上で、爺さんが仰向けに倒れてる。

祠の上では、すずめがチュンチュン鳴いていた。

やがて爺さん、目を覚ます。ぼんやりとあたりを見回し「ここは、どこだろ・・・」とつぶやいた。

「お爺さん、お爺さん・・・」

どこからか微かに声が聞こえた。

爺さん慌ててあたりを見渡すが誰もいない。
ふと足元を見ると亀の甲羅が落ちていた。

甲羅を拾い上げたその瞬間、甲羅が喋りだした。

驚く爺さん、甲羅を落とした。

「いてっ・・・ もう一度あの時に戻って、早くご両親の元へ報告して来てください。乙姫様はあなたの帰りを待っています!」

次の瞬間、モクモクと白い煙が立ち登り、煙の中から若者が現れた。

「あぁ、あぁ、思い出した、思い出した、思い出したぞ」

あのとき、雷が落ちたとき、爺さんの体から羽衣がスルスルと解けた。
羽衣は真っ逆さまに落ちる二人を間一髪捕まえて、崖の上に放り投げた。
草むらに転がる二人。しかし羽衣は海風に煽られて崖の中ほどに生えていた松の枝に絡まってしまった。哀れ、羽衣はそのまま動けなくなってしまった。

「お前が助けてくれたのか? お前があのときの亀なのか?」

甲羅は、もう何もしゃべらなかった。

「おまえを助けなかったら、乙姫様に会うことも、竜宮の舞を覚えることもなかった。おまえは私にかけがえのないものを与えてくれた。私は間違っていた。玉手箱を開けなければよかった。でもあの時はそうするしかなかった。そんな私におまえはまた機会を与えてくれたのだな。その命と引き換えに・・・」

若者は、亀の甲羅を抱きしめて泣いた。そして、立ち上がり、甲羅を頭にかぶると、荷車を引いて、勢いよく走り出した。

それを祠の影から一部始終、見ていたあるじの姿があった。

おしまい でもつづく
初版:2020年10月9日
改訂:2022年7月6日


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