髪と共に去りぬ

2023年の初夏、私は行き詰っていた…

と書き出すと重たい話に見えるかもしれないけど全然そんなのじゃない。
何を行き詰っていたのかと言うと、珍しくメンブレが頻発してたんですな。
理由は間違いなく持病の子宮筋腫と内膜症、それを手術するかどうかというところなんですが、こういう説明をすると「わかる、手術って怖いよね。できればやりたくないよね」みたいな気遣いをされてるのだが、全然違う。

手術はしたい。むしろ今すぐにだってやってほしいぐらい。長年生理の重さに振り回されてきて、何度それを願ったことか!!!!!
とにかく手術は別に怖くない。手術をすれば楽になることが確定しているのなら、さっさとこの諸悪の根源を切り離してほしい。
むしろ手術をするまで、した後の生活が不安定すぎて不安が尽きない、というのが根本の悩みなのだった。
今度手術の具体的な話をしに病院に行くわけですが、行ったらすぐ手術が決まるわけじゃないのは手術にわかの私も分かる。
できれば夏の間にやってしまって、秋には再出発をしたいわけですよ。何故かって金がないから。
まだ貯金ゼロってわけじゃないし、あと少しだけど失業手当ももらえるし、何なら実家が近いので多少は頼る手もある。
だけど、自分の生活が不安定なのがど~~~~~しても嫌なんですよね。これはもうメンタルの問題。

何の不安もなく遊びたい。多少贅沢をしても揺るがない給料がほしい。遊んでも後ろめたさを感じることがないぐらい自立したい。

本来なら今頃には転職成功してる予定で、去年末に仕事を辞めた際には遅くとも秋には仕事をしていたい、くらいの漠然とした希望があったんですよ。
それが、この体調悪化のせいでままならなくなって、急に想定が崩れたことに私自身が凄まじく打ちのめされてしまった…

私は元々予定変更に凄く弱い性分であり、仕事してる時も自分の想定外の事が起きると一気に動揺して初歩的なことすら見えなくなる、みたいな視野の狭さを自覚していたが、人生レベルの想定外が起きるとその影響は多大なものになる…
ということで、今は忍耐の時だとわかってるんだけど、ふとした時に今後のことを考えてくよくよしたり、もう私は【終】なんじゃないか…と考えたり、冷静になればそんなわけねーだろと分かることが分からなくなったり、だいぶふにゃふにゃになっていた。

そんな中、ふと気付いた。
「……最近、抜け毛が酷くない??」
家の中を見ると猫の抜け毛があちこちにあり、無職で家にいるので定期的に(ずぼらなので毎日ではない)ちゃんと掃除をするようにしている。
その際に、髪の毛の割合が結構多いことに気付いた。家にいる人間は私一人である。頻繁ではないにしてもちゃんと掃除していて、どうしてこんなに髪の毛が抜けている…?

そういえばシャンプ―する時も、異様に抜け毛が多い。泡を流す際に、泡と一緒に流れてくる抜け毛の量は凄まじく、排水に支障が出る事すらある。
元々私は髪の量が多く、昔から抜け毛が多い方だった。肩を越える長さにまで伸ばしていると、そりゃあもう凄い。
だからこれまで抜け毛が多いことも気にしていなかったのだが、私は二週間ほど前に美容院で髪を短く整えたばかりである。
長さで言えばおかっぱ、ちびまる子ちゃんくらい。ただ、私があれこれ余計な注文をしたせいで美容師も困惑したのか、長さの割に厚みはそのまま、というやたら重たいおかっぱになってしまっている。

有名人で似た髪形をしている人がいないかと画像検索したら、元社民党の田嶋陽子氏がまさに私とそっくりの髪形であった。

とにかく、今の私の髪の長さで、ここまで髪が抜けるのはおかしくないか…?
調べたところ、ホルモン抑制治療をしていると脱毛の副作用はよくあるということがわかった。なるほど、薬の影響か…
子宮筋腫の治療として、女性ホルモン抑制の薬を長年服薬しているため、その影響が出ているのかもしれない。年単位で飲んでいるのに今更副作用が気になりだしたのは、おそらく無職で家にいる時間が長いのと、この鬱々としたメンタルのせいで小さなことまで拾ってしまうようになっているのだろう。
もしかしたら、この鬱々メンタルすら薬の影響を多大に受けている可能性もある。違うかもしれないけど、都合の悪いことは全部薬のせいにしておこう。
あるいは、子供の頃から抜け毛が多い体質だったせいで、薬の影響で多少抜け毛が増えていたとしても、気付いていなかったのかもしれない。

風呂場の排水溝に貯まる毛を見て、私はまた気持が重くなった。今まで抜けた毛に気を向けることなんてなかったのに。
濡れた髪をドライヤーで乾かす。全然乾かない。去年まで私はヘアカラーで遊びまくっており、散々ブリーチした髪は中がスカスカになってしまい、水分を含むとなかなか乾かなくなってしまっていた。
汗だくでドライヤーを終えると、おかっぱ部分が顔にかかってくる。鬱陶しい。家にいる時はカチューシャでまとめるようにしているが、長くつけているとこめかみが痛くなる。眼鏡もつけているとこめかみにだけ異様に圧がかかる状態になり、何もかもが鬱陶しく感じる。
どうしても元気が出てこない。ため息をつきながら頭を掻くと、指に数本の髪の毛が絡みついて抜けた。

そこで私は思いついた。髪を…切ろう!!!!!!!

既におかっぱで短髪の部類に入るが(周囲からも「随分思いきって切ったね」と言われた)まだ、まだ切れる!私にはこの鬱陶しい髪の毛が残ってる!!
思い立ったが吉日、すぐにでも切りたい。だがその時は既に夜。流石に今すぐは無理だ。
無職で金も節約したいし、既に今月一度美容院に行っている。ちなみにこの美容院に行ったのは面接の予定が入ったので、カラーの抜けつつあるまだら頭を黒く染めるのと、伸び放題でぼさぼさだった頭を整えるのが目的であった。さらに言うと面接はそれ自体が中止となり、美容院に行った目的は全てパアになったわけである。

とにかくもう一度美容院に行くのは勿体ない。自分で切ってしまおうかとも考えたが、流石に無理がある。友達に頼むか?だがどうせ切るならもう思いっきり短くしたい…バリカン使うぐらい…
そこで思いついたのが所謂千円カットの美容室だ。ちょうどいいことに、近場のスーパーにそういう部類のリーズナブルな美容室が併設されていた。いいじゃない、ここにしよう!!
どうせ無職で暫くは転職もできない、家に引きこもっているばかりである。せいぜい買い物か通院でしか外に出ないのなら、みっともなくない程度に短く刈ってもらおう。

そして次の日の午前、早速私はその美容室に行った。予約制ではないため、入店すると一人先客が順番待ちをしており、私も15分ほど椅子に座って待つことになった。値段表を見ると、カットのみで1200円、時間はおよそ15分。シャンプ―やトリートメントを省き、その分時間も値段も少ないわけだ。今の私に相応しい。
そして私の順番が来た。鏡の前の椅子に座り、美容師さんにスマホで検索しておいた画像を見せる。
「このくらい短くしてください」
どういう反応がくるのかドキドキしたが、美容師さんは快諾してくれた。普段行くオシャレな美容室よりテンポが速くて助かる。
その後細かい注文を聞いてもらい、いざ散髪開始。スプレーで水気を含んだ髪が、ざくざくと切り落とされていく。

………自分、思ってた以上に髪が多いな。
おかっぱだし、そもそも美容室で多少は量を減らしてもらったはずである。それなのに、まだこんなに切る髪があったのか。未練はなく、むしろ凄まじいカタルシスを感じた。こんなに重たいものを抱えていたのか、自分…!!
髪の束が落ちるたびに、心が軽くなっていくのを感じた。もう切る場所なんて殆どないと思っていたが、いざやれば案外出てくるものなのだ。自分の可能性は、自分からでは全てを見つけることは難しいということなのかもしれない。他者の手が入れば、いくらでも可能性は出てくるんだなぁ。
耳より下はほぼバリカンで仕上げられた。私はどうやら毛が生えているエリアが広いらしく、耳のギリギリまで生えているとのことで、美容師さんは大小さまざまなバリカンを駆使して綺麗に整えてくださった。それも、今までの髪形では知り得なかった情報だ。自分の体のことながら、まして顔の近くの部位で毎日のように鏡で見ていたはずなのに、言われるまで全く気付かなかった。自分の体のことでも、この歳になっても知らないことなんていくらでもあるのだ。

髪を短くした私が鏡に映る。おお、初めての顔…いや、見たことあるなこの顔…あ、兄(一つ違い)にそっくり…!!
具体的に言うと高校生時代ぐらいの若かりし兄にそっくりになった。両親が見たら腰を抜かすかもしれない。何だか面白い気持ちになってきた。
ついに散髪終了。ケープを取ってもらい、飛び散った髪の毛を払ってもらい、席から立ち上がり私は時計を見た。
店に到着したのが朝の10時過ぎ。約15分ほど待って、私の順番が来た時は10時20分くらいだったような気がする。そして今、11時過ぎ。
長ぇ~~~~~~よ!!!!千円カットで40分近く椅子を占領すな!!!!
そういえば私より後に来て隣に座った小学生くらいの子、私よりも早く終わって帰っていったな…
延滞料金を取られても仕方ないレベルで居座ってしまったが、美容師さんは笑顔で「お疲れさまでした」と言い、そのまま店を送り出してくれた。料金は前払い制のため、席を立てば客は自分で荷物棚から自分の荷物を取り、さっさと退店できるのだった。

冷房の効いた美容室から出てきて、夏の蒸し暑い空気が私を包み込む。
刈りたての後頭部が爽やかで気持ちいい。でも長い髪に守られていた分、日差しには弱かろう。私はいそいそと隣のスーパーに向かい、買い物をして自宅に帰った。
帰宅後に手を洗うために洗面台に向かい、もう一度自分の顔を見た。いいじゃん、いい感じじゃん!!なんだか久々にスカッとした気持になれた。
どうしようもないことをくよくよ考えたって仕方ない。元気な自分に戻るため、この夏を乗り越えるぞ!!!


自分のうなじをここまで肌面積多めで見たのは初めてかもしれない。

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