他人の創作物も大事にしようね、って話。

どうやら脚本を書きたい後輩たちにとって、他の人の脚本は「当て馬」らしい。

※ これは私のメンタルがぶっ壊れた言い訳の話です。

前提として、私が脚本を書いていることは後輩たちは知らないし、言っていない。でも脚本創作にある種トラウマがあった私なりに相談しながら頑張ったつもりではあった。
そんな中、自分の作品をやたら出来がいいと豪語する後輩の言葉が耳に残った。

その日は参加人数が少ないが2時間後に来客がある、ということで3人で2時間駄弁るだけの時間になってしまった。その間に聞いていた言葉がもう聞くに耐えられないもので。

簡単に言えば私の作風は、彼にはウケが悪いらしい。ということがわかった。
分かっている。それがいわゆる「クソデカ主語」というやつで、きっと皆が私の作風を嫌うわけじゃない。

頭では分かっているのに、書こうとするとフラッシュバックする。そんなこと誰も“私に向けて”は言っていないのに。

今回の脚本選考はいつも脚本を出してくれている後輩と、もう1人提出する人がいる。
そのもう1人の作品に対していつも脚本を書いている子達は「当て馬脚本ね」と言っていた。それは最初に私が誰が書くとも言われていない頃に「まぁ2人だけだとどうしても決選投票になっちゃうもんね。当て馬でいいから誰か出してくれたら2人の気持ちとしては楽だよね」的なことを口走ったからだった。別に誰に当てたわけでもなく、というかこの時点では私も書くつもりなかったし、他の誰かが書くことも確定では決まっていなかった。願望に近いもの、だと思う。

「あ、もしかして私の作品も当て馬にされる?」
自分の特大ブーメランがこんなにも綺麗にぶっ刺さることある?というレベルである。
言い聞かせようとしてもあの子たちにとって「当て馬」でしかないのだろう。それを思い出すと本当にパソコンを開くことすらままならなくなった。本当にパソコンごめん。

それに加えて後輩たちのTwitter(Xですねごめんなさい旧人類なので)では、作品の話をちらほら見かける機会があった。明るい作風じゃないと客が飽きる、とか。観劇経験がない人への配慮だとか。
はっきり言ってしまえば「え、観劇経験がない人間が書いてる方が恥ずくね?」とは思ってしまうのだが。でもその配慮は少なくとも私には無かったし、飽きさせない、客を寝かせないという配慮は確かに必要だった。この時点でもう頭の中はぐちゃぐちゃになっている。

結果、逃げたのは私だった。
作風が嫌われていることも、当て馬と評されることからも、何もかも。

協力してくれる先輩、応援してくれる人はいたのに。その期待に答えられなかったことも含めてメンタルがぶっ壊れた。ごめんなさい関係各位。

相談したくてももう誰かを頼るのもしんどい状態だからもうこんな文章で消化するしかないと思って今言ってるだけである。

正直もう二度と脚本は書けない気がする。
というか私の作った話は面白くないし、見せたとて面白い自信が無い。全く無い。高校生くらいまでちゃんとあったインスピレーション的な創作物に関する発想が本当に皆無になっている。

そんなわけで生涯二度目の筆バキ折りを決行してしまったのである。
他人の評価なんか気にすんなよ!というのはまぁ至極真っ当なのですが、他人じゃなくて一部は自分に対して自分に言ったみたいな部分があるので、もう耐えられなかったんですよね。

もう何が言いたいかって言えば「他人の創作物大事にしよう」って当たり前の発言ですよね。自分だけじゃないんだってことはちゃんと考えるべきだったなと思う。
とりあえずこれは私の言い訳です。

でもガチでストレスでパソコン開けない状態になってるのだけは意味わからん。大学生的に致命傷すぎる。

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