人との関わりをもつことは、人生の基本的な局面である。それは元型的なものであり、すなわち一個人の心のみ存在するのではなく、宇宙全体に存在する基本的構造なのである。局面あらゆるものが人間関係を基に成り立っている。人生のある一面を理解しようと思うなら、それ以外のすべての点との差異によってその一面を認識するしかないのだ。夜があるからこそ昼の存在がわかるように、双方の関係がお互いを規定し、その存在を明らかにしているのである。少し考えればわかることだが、我々人間は自分と他者との比較を通してのみ、自分自身を認識することができるからである。
いくつもの理由により(その中には明白なものもあればより微妙なものもあるが)、人と関わりをもつという経験が今、歴史上のどの時代よりもその重要さを増している。人間関係はいつの時代にも生活の重要な一面ではあったが、それが必ずしも人間関係という名称で呼ばれていたわけではない。孤独をまぎらわすもの、欲求を充たすもの、種の存続、個人と社会を保護するもの、愛という経験(これは大人なら誰でも知っているように、全く曖昧な言葉だが)、そして物質的利益を得るための手段など、非常に明らかなもの以外には、その目的を認めることさえしてこなかった。まわりの人々と共に暮らしていく上で報われることも多いが、同時に苦痛を伴う努力をするのはこうした理由があればこそだった。しかし過去75年間、主に心理学の研究を通じて人間関係は単なる種の個人的な満足の手段だけではないということが明らかになってきた。つまり、意識の成長を助け、自分自身の理解を深めるためにそれが必要なのである。人間は自分の姿を映してみるまでは自分がどんな姿をしているかわからない。この単純な事実が肉体だけではなく心の世界にもあてはまるのである。