ナラティブ・セラピー

 ナラティブ・セラピーは、家族療法を起源に、1980年代後半から複数の国々に興った心理療法の総称である.それは社会構成主義の思潮に影響を受け、従来に心理療法に疑問をもったセラピストが起こそた趨勢であり、アンダーソン(H. Anderson)らのグループと、ニュージーランドのホワイト(M. White)とエプストン(D. Epston)のグループに代表される.

 ナラティブ・セラピーでは、自己について語ることが社会を構成するという、社会構成主義的な自己論に立脚し、新たな語りを生むことが、新たな自己を構成することに通じるとみなす.語りには、言語の約束事や語る場の構成要素に加えて、世の中に一般的に受け入れられ、流布している語りが色濃く影響していると考えられている.ナラティブ・セラピーは技法よりも、心理療法の基礎となる思想的な態度、もしくは心理療法観を提言することに注力してきたといえる.背景にある社会構成主義の相対主義的性質からは、特定の技法がもつ、他の技法に対する優位性や正当性を主張することは困難である.

 ナラティブ・セラピーの中でも、特にクライエントとセラピストとの協働な関係を強調するのが、アンダーソンのアプローチである.ナラティブ・セラピーでは、問題の浸透しているストーリー(ドミナント・ストーリー)とは異なった、代替の(オルタナティブ・ストリー)を構築することに主眼が置かれる.そのためにアンダーソンは「無知の姿勢」を勧める.専門家は往々にしていずからの専門的知識や技能を拠り所にしてクライエントに出会うのであるが、こうした専門的知識や社会的y通俗が、クライエントの問題を規定し、固定化させている側面もあるのではないかと考えた.そこでセラピストは、ひとまず専門的な知識や社会の通説を棚上げにし、クライエントの問題を解消させる方法を探る、動向者になることが勧められた.彼が求めるのは、クライエントに合わせて理論を参照枠として活用するような態度、換言すれば理論を相対化する態度とも考えられる.

 一方、ホワイトとエプストンは、オルタナティブ・ストーリーの構築のために、クライエントに対して、クライエントが抱える問題を外在化するための問を発する.その上で、問題がクライエントの人生に与えてきた影響を探り、問題に圧倒されていない例外的な経験を軸に、物語を構成するのである.ナラティブ・セラピーは、物語の中核的位置づけ、専門性の相対視、言語そのものの重視する理念である.Narrative therapy.

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?