見出し画像

日本学術会議への人事介入に抗議するのはなぜか

というツイートを行いました。いろいろ忙しくてなかなかしっかりと書けないのですが、とりあえずざっとまとめておきます。

日本学術会議は時の政府の方針に左右されるべきではないという説明だったのに……

まずは、以下の国会での議論に目を通してください。これは、2004年4月6日の参議院文教科学委員会での有馬朗人議員による質疑です。

○有馬朗人参議院議員(自由民主党)私は、今、大臣言われたように、日本学術会議の大きな役割というのはボトムアップ的に科学者の意見を広く集約することだと思います。そして、科学者の視点から中立的に政策提言を行う役割を持たせる、これは総合科学技術会議が述べておられるとおりであります。そこで、内閣府に属することになれば、時の政府の方針に強く左右されるようにならないか、その歯止めは一体どうなっているかについてお聞きいたしたいと思います。
○吉田正嗣日本学術会議事務局長 ただいま大臣からお話がございましたように、法律上も日本学術会議は独立して職務を行うということになっておりまして、従来同様、政府に対して中立的に提言を行っていけるということには変わりはないと考えております。日本学術会議はボトムアップ型で、科学者の知見を集約して提言をしていくという役割を持っておるわけでございますが、そういったことから直接政府の政策がその提言に影響するというような性格のものではないのではないかと考えております。
○有馬朗人参議院議員(自由民主党)日本学術会議には、科学者の良心に基づいて意見を広く集約し、独立性を保ち、中立性、公平性、透明性が強く要求されると思います。
 内閣府の中に総合科学技術会議と両輪となったときに、政府の意向に大きく反するというふうなことが起こった場合にはどうするんでしょうか。中立性などは本当に保てるのでしょうか。
○茂木敏充内閣府特命担当大臣(沖縄及び北方対策・個人情報保護・科学技術政策) 車の両輪という表現、私は、重要性から見て車の両輪なんだと。右のタイヤが右側を向いたから左のタイヤも同じように向いていかなくちゃならない、こういう意味とは解釈をいたしておりません。
 そういった中で、委員おっしゃる中立性、独立性、公平性、そしてまた透明性、正に今後の日本学術会議に更に求められる性格だ、そのキーワードだと、そんなふうに解釈をいたしているところであります。
 独立性につきましては、先ほども申し上げましたように、法律的にも担保されているわけであります。そしてまた、中立性、公平性の問題、これは正に、政府としても、政府の中ではなくて独立した機関から求める政策提言としては中立なものがいい、公平なものがいい、こういう政府としてもニーズを持っている、そういう自覚を持って、日本学術会議の方からもいい提言をしていただきたい、こんなふうに考えております。

 ところどころ太字にしましたが、日本学術会議の役割と性格が議論されています。まず、日本学術会議は、科学者の意見を広く集約して、科学者の立場から中立的に政策提言を行う役割を持ちます。このため、独立性を保ち、中立性、公平性、透明性が強く要求される組織ということになります。このため、直接、政府の政策がその提言に影響する性格のものではないことになります。2004年の段階では、政府もそのような認識だったことが、議事録からわかります。

内閣総理大臣は、日本学術会議の会員を形式的に任命するだけという解釈だったのに……

 では、日本学術会議の会員はどのように選ばれるのでしょうか。古くは、科学者による選挙で選ばれていました。しかし、1984(昭和59)年に日本学術会議法が改正され、一定の要件を満たす学術研究団体の推薦によって会員が選出される方法に変更されました。さらに、2004(平成16)年に、日本学術会議自らが優れた研究又は業績がある科学者のうちから会員候補者を選考する方法に改められました。

 内閣総理大臣による任命行為は、1984年の改正の際に設けられました。その際にも、内閣総理大臣が任命拒否を行うのではないかという議論が行われました。以下は、1983年5月12日の第98回国会の参議院文教委員会での質疑です。

○粕谷照美参議院議員(社会民主党) 学術会議の会員について、いままでは総理大臣の任命行為がなかったわけですけれども、今度法律が通るとあるわけですね。政府からの独立性、自主性を担保とするという意味もいままではあったと思いますが、この法律を通すことによってどういう状況の違いが出てくるかということを考えますと、私たちは非常に心配せざるを得ないわけです。いままで二回の審議の中でも、たしか高木委員の方から国立大学長の例を挙げまして御心配も含めながら質疑がありましたけれども、絶対にそんな独立性を侵したり推薦をされた方を任命を拒否するなどというようなことはないのですか
○手塚康夫総理府大臣官房総務審議官 前回の高木先生の御質問に対するお答えでも申し上げましたように、私どもは、実質的に総理大臣の任命で会員の任命を左右するということは考えておりません。確かに誤解を受けるのは、推薦制という言葉とそれから総理大臣の任命という言葉は結びついているものですから、中身をなかなか御理解できない方は、何か多数推薦されたうちから総理大臣がいい人を選ぶのじゃないか、そういう印象を与えているのじゃないかという感じが最近私もしてまいったのですが、仕組みをよく見ていただけばわかりますように、研連から出していただくのはちょうど二百十名ぴったりを出していただくということにしているわけでございます。それでそれを私の方に上げてまいりましたら、それを形式的に任命行為を行う。この点は、従来の場合には選挙によっていたために任命というのが必要がなかったのですが、こういう形の場合には形式的にはやむを得ません。そういうことで任命制を置いておりますが、これが実質的なものだというふうには私ども理解しておりません。

 公務員としての性格を帯びた職に就かせるために、任命行為が必要だけど、これは形式的なもので、実質的なものではないというのが、1983年当時の政府の説明です。今回の任命拒否はあきらかにこのときの政府の説明に反しています。

 2004年改正では、内閣総理大臣の任命手続きを問題視する議論はみあたりませんでしたが、以下のように、会員選考手続きにおける学術会議の自立・独立性を尊重するものであるという答弁があります。

吉田正嗣日本学術会議事務局長(当時)の答弁(第159回国会 参議院 文教科学委員会 第8号 平成16年4月6日) 
 今回の改正でございますが、これは総合科学技術会議の意見具申を受けまして、日本学術会議自らが優れた研究又は業績がある科学者のうちから会員候補者を選考する方法に改めるものでございます。これは、日本学術会議が真に科学者コミュニティーを代表し、総合的、俯瞰的観点から活動し、個別学術研究団体の利害から自立した科学者の組織となることを目的として行うものでございます。

国会の附帯決議に明らかに違反する暴挙

 1984年改正の際も、2004年改正の際も、国会で附帯決議が行われています。附帯決議とは、法案を採択する際に、審議をした委員会の意思を文書として残す意味合いがあります。

 1984年改正の際の参議院委員会での附帯決議では、内閣総理大臣が会員の任命をする際には、日本学術会議側の推薦に基づくという法の趣旨を踏まえて行うことと明確に規定されています。今回の任命拒否は、明らかにこの附帯決議に違反します。

第100回国会 参議員 文教委員会 第2号 昭和58年11月24日
附帯決議
 日本学術会議が、我が国の科学者の内外に対する代表機関として、その機能を十分発揮できるよう、政府及び日本学術会議は、左記事項について特段の配慮をすべきである。
一、会員の部別・専門別定員、推薦等に関して政令を定めるに当たっては、日本学術会議の自主性尊重を基本として十分協議すること。
  なお、内閣総理大臣が会員の任命をする際には、日本学術会議側の推薦に基づくという法の趣旨を踏まえて行うこと。
二、日本学術会議は、科学者の総意を反映するため、幅広い分野から適切な会員が確保されるよう努めること。
三、日本学術会議が、その目的・職務を十分果たせるよう、必要な経費その他諸条件の整備を図ること。
四、日本学術会議と科学技術会議、学術審議会、日本学術振興会その他の学術関係機関との連携協力体制の確立に努めること。特に、日本学術会議が行う勧告、答申、要望等について、政府はその趣旨を尊重して適切に対処すること。
五、本制度について、その実施結果を踏まえた見直しのため、適当な時期に国会に報告すること。

 2004年の改正では、衆参両院の委員会で附帯決議が行われました。ともに、日本学術会議の独立性を保つべきことが規定されています。今回の任命拒否は独立性を脅かす行為です。

第159回国会 衆議院 文部科学委員会 第7号 平成16年3月23日 自由民主党、民主党・無所属クラブ、公明党及び社会民主党・市民連合の四派共同提案による附帯決議 全会一致で可決
日本学術会議法の一部を改正する法律案に対する附帯決議
 政府及び関係者は、本法の施行に当たっては、次の事項について特段の配慮をすべきである。
一 政府及び日本学術会議は、日本学術会議が我が国の科学者の内外に対する代表機関として独立性を保ち、十分にその機能を発揮することができるよう努めること。
二 日本学術会議は、科学と社会の関わりの増大している状況に鑑み、時宜を得た提言や国民に分かりやすい形での情報発信等、効果的・機動的な活動を行い、社会との交流の機会の充実に努めること。
三 日本学術会議及びその委任を受けた幹事会等が職務を行うに際しては、多様な学問分野における学術動向について十分に配慮するとともに、公正性・中立性の確保に留意するよう努めること。
四 法改正後の日本学術会議会員の選出に当たっては、今回の法改正の趣旨に鑑み、学問の動向に柔軟に対応する等のため、女性会員等多様な人材を確保するよう努めること。
五 今後の日本学術会議の設置形態の在り方に関する検討は、今回の法改正後の日本学術会議の活動状況の適切な評価に基づき、できる限り速やかに開始すること。
第159回国会 参議院 文教科学委員会 第8号 平成16年4月6日 自由民主党、民主党・新緑風会及び公明党の各派共同提案による附帯決議案 全会一致で可決
日本学術会議法の一部を改正する法律案に対する附帯決議
 政府及び関係者は、本法の施行に当たっては、次の事項について特段の配慮をすべきである。
一、政府及び日本学術会議は、日本学術会議が我が国の科学者の内外に対する代表機関として独立性を保つとともに、科学の向上発達と行政・産業・国民生活への科学の反映浸透というその目的・機能を十分に発揮することができるよう努めること。
二、日本学術会議は、科学と社会のかかわりが増大している状況にかんがみ、時宜を得た答申、勧告、声明等を行うよう努めるとともに、国民に分かりやすい形での情報発信等、効果的・機動的な活動を行い、社会との交流の機会の充実に配意すること。
三、日本学術会議及びその委任を受けた幹事会等が職務を行うに際しては、多様な学問分野における学術動向について十分に配慮するとともに、公正性・中立性の確保に留意するよう努めること。
四、法改正後の日本学術会議会員の選出に当たっては、今回の法改正の趣旨にかんがみ、急速に進歩している科学技術や学問の動向に的確に対応する等のため、第一線の研究者を中心に、年齢層等のバランスに十分に配慮するとともに、女性会員等多様な人材を確保するよう努めること。
五、今後の日本学術会議の設置形態を検討するに当たっては、総合科学技術会議、日本学士院等との連携や役割分担の在り方等を踏まえるとともに、今回の法改正後の日本学術会議の活動状況の適切な評価に基づき、できる限り速やかに開始し、適当な時期に国会に報告すること。

なぜ、科学者の意見が重要なのか

 なぜ、科学者の良心に基づく意見が必要なのでしょうか。社会的な課題は、しばしば、われわれをとりまく自然環境の変化に起因します。今後、どのような課題が発生するのかをいち早く認識し、対応するためにも、環境条件の変化を把握しておく必要があります。また、社会的な課題手段の検討に当たっての合理性を確認するためにもさまざまな専門的な知見が必要となります。課題適合性の検討、技術的な実行可能性の検討、社会的な受容可能性の検討、法的整合性の検討、費用効率性の検討、反作用・副作用の検討など、さまざまな分野の知見を総合する必要があります。さらに、どのような社会の状態を望ましいかと考えるかという点についても、さまざまな考え方があります。歴史・文化に関する知見や教養は、われわれがどのような社会を目指すのかを考える素材になるだけでなく、品格と見識を備えた政策の実現に欠かすことができません。このような知見・教養については、科学者の中で考え方が分かれるものも数多くあります。科学者は相互にレビューを行いつつ、専門知を構築してきています。科学者によって積み上げられてきた専門知は、時の政府の個別の政策への賛同といった事象によって左右されるべきものではありません。

 今回の任命拒否の理由はあきらかにされていませんが、任命拒否された学者が、科学者として適格ではないという理由であればわかりますけど(それはあるはずがないですが)、政府の個別の政策に反対したからという理由であれば、なんと度量の狭い、また、なんと科学者の専門知を軽視する行いなのか、と憤慨しているところです。過去の政府の国会への説明もひっくり返し、国会の附帯決議にも違反する「とんでもない暴挙」なのです。



この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?