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オタク・ストレンジ・ラブ ~ また私は如何にしてシムシティで街を破壊するのを止めて終末世界の英雄たちを愛するようになったのか ~ 笹塚衛士を添えて

※最初に言っておきますがこれは架空の人生の話であり、断じて特定の人物の話ではありませんワールドエンドヒーローズというゲームの話をするために書きましたが、言うてゲームの話はほとんどなく、虚言とっちらかり人生語りとかいう小笠原火山列島みたいな実りの文章。ほとんどの人類は読まずともよい。多分あなたも。





 します。







 まずは、質問から始めることを許してほしい。

 あなたは、他者から、刃物で頭を刺されたことがあるか?


 わたしはある。


 あるので、この話をする。
 暴力と流血の話が嫌だったら読まなくていいし読まない方がいい。3食パンとか食べてそのまま寝てください。おやすみね。







2013年8月12日


 躁鬱の身内にアイスピックで後頭部を割られた十九歳の夏、ぐわんぐわんに揺れる意識の中で思い出したのはなぜか『クラッシュ』のことだった。


 クソ煩雑淫猥カルチャー精通野郎の諸兄ならもちろんご存じであろうが、ここでいう『クラッシュ』とは、出てくる奴らが片っ端からドライビングカーセックス(概念)でギャンギャン死んでゆく人体破壊淫猥カルト映画(1996年、クローネンバーグ監督)のことである。自慢をするが、私はAVクラブ(※1)の一軒もねえくせに淫猥ビデオ専門レンタル店は2店舗ある狂った離島で育ったため、淫猥ビデオカルチャーにのみわりかし高度なリテラシーを誇っているのだ。羨んでほしい。

(クローネンバーグ監督作品、どうしようもない人々がどうしようもないままブイブイやってるのでかえって心が安らぐ。みんなもどうにかやっていきましょうね………)

 ともかく、十九歳の夏の話だ。
 父親が神風連を崇拝しているタイプのおキツめ・カーゴカルト右翼だったため、私は幼少期から様々な理由で日昼夜殴られまくってきたが、さすがに家族から刃物で刺されるのは初めてだった。
 胸に去来する感情は数多あり、私は半ば茫然として、目の前に立ちすくむ身内を見た。 当時175㎝38㎏だった身内の腕力などたかが知れたもので、アイスピックは切っ先に僅かな血をつけて、身内の足元に転がっていた。そこに至ってようやく、いや私は夜の自室で本を読んでいただけなのだが何故アイスピックで後頭部を刺されとるのか………??という一抹の疑問がわいてきた。
 その時読んでいた本も鮮明に覚えていて、令丈ヒロ子先生『きみの犬です』だった。

 なんで?

(ド頭で始まる腋毛染色全裸闊歩女の話、読むたびに「せやな………」「そうか………????」で頭ぐちゃぐちゃになる  名著なんだよな…………)


 いつもどおりの無表情のまま、所在なさげにしていた身内は、やがて、消え入りそうな声で、なにか、モゴモゴ呟いた。

 『怒った…………?』
 『え、いや全然………』

 即答した
 私はクロスアンジュ~天使と竜の輪舞(ロンド)~を全話視聴済みの人間なので、怒りがメチャンコ有用な感情であることを知っているつもりだが、それはそれこれはこれ、千々に乱れた胸中をいくら深掘りしてみても、言語化できるのは『身内の試し行為ワロチンwwwww』ぐらいで、なんなら当時の身内は大うつエピソード真っただ中、顔を合わすたびに希死念慮の暴発をくらわされていたため『オ、ようやく他人に暴力性が向かいましたか‼‼ナイスガッツ‼‼』ぐらいの気持ちがあった。オールザッツバカチン!!!!!!!!!!!


 答えを聞いた身内は、『そう……』と呟いたきり、下を向いてニチャア……と私にクリソツのキモ・ワライを浮かべ、のそのそ部屋から出て行った。
 取り残された私は、グワングワンに揺れる意識の中で、これ脳震盪だったらイヤだなーとか、さっさと血が固まってくれたらいいなーとか、わたしの頭蓋を守ってくれてサンキュー剛毛……とか、そういうことをぼんやり考えていた。

 クソバカ、そのまま死に候え 限りなしだが、私は死なんかった。少なくともこの夜は。

 そして、ふと、思い出したのだった。

 この『グワングワンくる感じ』がたまらん人々もいるということ?????
 この、グワングワンが彼らを人体破壊カーセックスに駆り立てている???????
 そうういうことなんですか????クローネンバーグ監督…………。


 違う????

 そう………。


※1. 熊本県内ではフランチャイズの関係で、世間一般的にいうTSUTAYAが『AV(エーブイ)クラブ』と呼ばれています 県民の思春期をめちゃくちゃにするのをやめろ

 


2018年11月14日


 多少の時が流れた。 


 ワールドエンドヒーローズをダウンロードした日のことは、今でもはっきり覚えている。

 その日、私は、職場に退職願を出したのだった。

 当時の私は、①仕事ができないのと②直属の上司に嫌われていたのと③私以上に上司に嫌われている奥葉さんという女性とつるんでいたというおおむね自責3つの首途で職場でまったく孤立しており、退職についての根回しもクソもありゃせん状態だった。当日朝になってようやく、このことで会社が被る損害について5秒ほど考えたが、どーでもええわ‼‼!ギャハハ‼‼‼という気分にしかならず、通勤時から意味もなくスキップをした。愚鈍な女はだいがい社会的責任からも愚鈍でいられるもんである。🌸🌸HAPPY!!🌈🌈

 仕事はそれなりに楽しく日々は愉快だったが、ともかく上司のサンドバッグになり続ける現状は如何ともしがたかった。どげんしたもんかねと思っていた矢先に上司が朝の掃除中に癇癪起こしてホースで冷水をブッかけてきたことからあらゆる物事が表面化、いくらなんでもこればっかりは自責ではないので無能社員私(あてくし)寒空水まみれ全面勝訴、退職だか免職だか知らんが、ともかく半永久的に上司の顔を見ずに済むことが確約され、わりかしヤッピーな顛末であった。

 ヤッピーだったのだ。

 しかし、ヤッピーなうちに辞めておかないと後々余計にこんがらがりそうな予感があった。そこでようやくの退職願である。上り詰めたらあとは流星みたいに落ちてくだけだって藤圭子も『流星ひとつ』で言うとったわ(沢木耕太郎、信じます………)


 大してなごやかな社風でもなかったので、退職願の提出にあたっては、最悪、死かな???(ドッワハハ)ぐらいの心構えでいたが別に殺されることはなく、あらまあ、という顔をしていた上層部の人々もいくつかの質問が終わった後は速やかな事務手続きに移った。
 当日朝から水垢離を行い邪念を払ったうえでコトに及んでいた私は、あまりにあっさりした展開に拍子抜けすると同時に、「おれのこと……もっと引き留めてくれねえのか………??」と白泉社のマンガに出てくるめんどくせえ男みたいな気分にもなっていた。①仕事ができないからだよ。オタクは身勝手。

 その日もきっかり定時で帰った。帰り道の夕焼けがいつもより綺麗だった。踊り出したい気分だったので会社から500mほど離れた物陰でちょっと踊った。翌日が休日だということも気分の高揚に拍車をかけた。その気分のまま、道端のカッフェに入り、ニンニク激盛りのパスタをモリモリ食べている途中、ふと思ったのだった。
 (ワールドエンドヒーローズ、インストールしちゃうか………)と。


そもそも、ソシャゲには近寄らないでいようと決めていた。

 だって金がないし……(ついでに時間もない)。

 私はハイパー偉人(えらいんちゅ)なので、当時(独居20代女の割には)わりかし金を貯めていたが、数年前の地震でガッタガタになった実家の再建のことなどを考えるとまだ足りねぇまだ足りねぇ!!(DOBERMAN INFINITY………)と言う他なく、あれやこれやと馬車馬の如く働いていた。ただでさえ大学進学時、奨学金機構に対する大した理由もない不信感から、借用書もなしに父親の旧友である島権力者・憲法(けんぽう)さんから生金(なまがね)を借りていたのだ。ウシジマくんも黙って首を振る類のバカ 万死。

どうでもいいがうちの父親は今日に至るまで憲法(けんぽう)さんから生金(なまがね)を借りっぱなしである。どうでもよくない。

 いいかげん御恩に報いようと耳そろえて返しに行ったのが会社を辞める2か月前のことで、古本屋の奥で寝ている憲法さんからむちゃくちゃに親指の爪を噛みながら『返さなくていいよ……』と言われたので(アッそう…………)と思ったが、三日三晩経ったあたりで(よくねえよ………)という気分になってきた。

 よくねえことばっかりだ。万事。

 だいたい私は、『まんてん』を歴代1の名作朝ドラと豪語する老婆が3人揃った平成のウィンチェスター・ハウスで育ったおかげでどうもこう、王道を往けない性分なのだ。心底愛したコンテンツが甲斐なく打ち切りになったことなど幼少のみぎりより数え切れない。そんな私がソーシャゲームなどを愛してしまったら、そんなん、そんなんもう破滅まっしぐらである。承認欲求履き違え鬼課金、志半ばにしてサ終、twitterで全世界に対して罵詈雑言を吐き続ける姿が見える見える見える…………。

(朝っぱら藤井隆のdeep kiss……💋を見せつけられたうちの老婆3人がマジで一日中転げまわって大興奮していたこと 幼心にいい思い出です)


 そんなこんなで思春期のほとんどをソ連崩壊時のマルクス主義者のような絶望と共に過ごした挙句、成人した頃には二次元コンテンツ自体にビビりを覚える哀れなパブロフ・ドッグになっていたアタシ。肉体は日々摩耗し、バキバキに液晶が割れたXperiaの中ではSimCity BuildItだけが健やかに息をしている。己の治める町を定期的に宇宙人襲来爆発炎上させるだけの穏やかな生活。終わりゆく平成。


 それでよかったはずなのだ。

 そうも言ってられんくなったのは、インターネットせせらぎ峡(よいツイッター 俺だけの最高のTL)で、『ラクロワ、ほぼ怪盗クイーンだな……』というつぶやきを目にしたからだった。

 なんだそれは。

 何かと浮き沈みの激しいオタク生ではあるが、私は干支1巡半の長きにわたり『怪盗クイーン』という対象年齢小学校中学年からの激烈関係ぶつかり稽古児童書をこよなく愛してきた。心のふるさとというより最早人生の灯台である。
 光はおおむね二年に一度射す。当時、怪盗クイーンの新刊を待つ以外ほとんどオタクとして死に体だった私は、つねづね末期(まつご)のゲーテのような気持ちで生きていた。

 


 ほんとに?

 怪盗クイーンが?

 Mehr Licht!じゃねんスわ…………(ごめんねゲーテ 西方に頭を向けて寝ます)

 この世に他の光があるのか………と震えながら開いたワールドエンドヒーローズ公式サイトで、なおも私をバチビビりさしたのは、トップページに踊る『女性向け』の文字だった。

 そもそもは私が『女性向け』という文言に対し、田舎の地域振興予算ぐらい貧しい知識しかなかったのが悪いのだが、それってつまり、異性に好いたり好かれたりするってことですよね!!????

 以下、謎のお気持ち表明失礼。世界中の誰にも興味を抱かれないことうけあいの話だが、私は異性との交歓というものが著しく苦手である。全部を二次元で語ろうとすんのも貧しいが、コミックボンボン(ロボットポンコッツは世界の基本だよなあ!!???)⇒ビックコミックスペリオール⇨ジャンプ⇨コロコロという気の狂った漫道(まんどう)を歩んできていた結果、成人したこの期に及んで中世ウェールズの修道女みてえな歪んだ男性観を引きずり、男2人を見れば副座式ロボットに乗せることしか考えられない喪隠れの里の喪影様になってしまった。人生の全てを共学公立校で学び思う存分国庫を食い散らかしておきながら何ですかこの有様は?まあパワポケシリーズは好感度システムも含めて大好きですが、それは一作目から四路智美がおれらの甲子園出場と引き換えに銃殺されたりするからであって………。


 そんな私の有様なんぞ傍目に見りゃあさぞ惨憺たる景色でしょうが、当人にとっちゃそれなりに切実であり(眼にて云ふ?)、ワヒロインストール時も指が震えた。なんぞ間違って向こうから好意でも示されようものならスマホを投げ出し震えて爆睡し目が覚めた後スッキリアンインストールするしかない……。




 助けてくれ………。




その数日後には『めぐる………』と震えながらipadを抱きしめていた。


 マジで救われていた。

 マジマジマジのマジだった。

 『好いたり好かれたり』じゃねンだワ……人が………人が生きてゆく上でLOVE&RESPECTを……私があなたを信じていることを……あなたが私を信じてくれる気持ちを………それに気づいただけで……どこまでも強くなれるって………アタシ………こんな……こんな真っすぐなゲームが……花の慶次最終回並みのいとおしさよこんな………。

 マジで救われてんな………という心のあまり、職場の裏のクソさみぃ昇降口で同僚の奥葉さん『わたくし今、ワールドエンドヒーローズというゲームに救われとるんですが……』という話をすると、『オタクキショ(笑)』と、筋の通った鼻で笑われた。

 奥葉さん、好きだ………。

 めぐるとおなじくらいに…………。


ちんことハイライトが主食の女

 私が入社した時、奥葉さんは既に会社中で嫌われていた
 奥葉さんは美人だった。目の覚めるような、と言っても過言ではなく、その美貌ゆえ、私は度々、地元のイオンで奥葉さんを見つけてしまった。見つけたらいつも、カルディの棚の陰に隠れていた。陰(いん)なので………。
 奥葉さんは、女相手ではびっくりするぐらい口数少なく、常々返事もおざなりだったが、男性上司の前では突然声を張り上げ、絶え間なくしゃべり、身をよじって笑った。その変容っぷりは、あらゆる社会集団のドクソ底辺として生きてきた私にすら、ここは社会法人バチェラージャパンかよ……という怯えを抱かせた。しかし、まともな会社ならば最終面接でロクに志望動機も話さずカリクティス科の繁殖方法について社長とおもくそ盛り上がっただけの女(私)を採用せんわな………と思うと次第に心が凪いだ。最初からぜんぶ狂ってたってワケ。今でも愛してるぞ弊社。
 なるほど、あの人、男に媚びを売る女ってワケね……♪♪と納得したつもりになってから数日後、昼の休憩室で奥葉さんの話題になり、以降45分は奥葉さんが複数男性のちんことハイライトを主食とする女であることへの罵詈雑言で埋まった。隅の座布団に座り静かにワンタンメンを食べていた私は、『そんな水木しげる作品に出てくる妖怪みたいな女、おるか……??』と心底怯えたが口には出さなかった。良識があるので。


 奥葉さんの性関係はなぜか職場中につつぬけで、昼休みの休憩室は度々『奥葉と寝たこの町の男達』『奥葉によって壊されるこの町の平穏』等の話題で喧々諤々となり、挙句、奥葉さんが東京でイメージビデオに出てた時代の芸名まで聞かされた。
 家に帰ってからこっそりその名前をグーグル検索に欠けたら、一枚目から思いの外ドスケベな画像が出てきたので、私は座椅子ごとひっくり返った。

 その日以降、私は社内で、奥葉さんを見るたびに激烈な青い春の訪れを感じていた。

泣けない女たち


 そんな奥葉さんと距離を詰めることになったかと言えば、前述の通り『上司にバチクソ嫌われたから』であり、その原因についてはここには書きません。哀しくなるからです。(言うてまあまあ自責なので………)
 まあ、私は思春期に十二国記を全巻読んだ人間なので、いくら無視だのハブだの靴隠しなどをされようと『ハ??????そんなことをしたところでおまえの人間性が貶められるだけで私に傷などひとつもつかないのだが…………』というイキりの陽子みたいな開き直った態度があり、それなりに毎日楽しく過ごしていた。最悪。
 
 休憩室に居づらくなってからは、毎日昇降口へ赴き、アイコスしか吸わない奥葉さんの隣で薄皮あんぱんを食べた。時折、何かを許されたみたいに奥葉さんの携帯で一緒に朝ドラを見た。当時放映真っ只中だった『半分、青い。』は悪辣最低邪悪インターネットにおいてすらバチバチに叩かれていたが、ウィンチェスター・ハウスで育ったおかげで性格の歪んだ女を見ると脳が嬉しくなる私としては、毎日脳が嬉しくなり続けるやすらぎのドラマだった。

 いつだったか。奥葉さんが唐突に脇腹の古傷を見せてきた夏があった。近接戦闘ができる職業傭兵しか負わねえ類の傷跡と、なんか知らんが美しい人に脇腹を見せつけられているという興奮で、私は完璧にバカになってしまい、震える手でおあいこみたいに頭頂の傷跡を見せた。躁鬱の身内が試し行為で刺してきたことなどを吃り吃り話すと、奥葉さんはころげまわって笑ってくれた。それが嬉しくて、『そっちは痴情の縺れスか』とにやけた私に、奥葉さんもにやけて『いや、親』とだけ言った。それから会話は続かず、私たちはただ、傷跡を晒してにやつきあった。すぐに休憩が終わり、無口なままの私たちは職場に戻ると全員に挨拶を無視される。

 そんなんだったから、この日々が永遠になってもいいと思えたのだ。

 まあ、退職届、出しちゃったんですが…………。

 年が変わり、寒さが和らぎ始め、退職までの日数が両手両足で足りる数になった頃、いくぶんかセンチメンタルな気分で奥葉さんに切り出した。

『奥葉さん、私がいなくなっても大丈夫ですか……』
  アイコスの煙を細く吐き出しながら、奥葉さんはわたしを見た。薄茶色の瞳孔を横目で感じて鼓動が早まる。この期に及んで、思春期が蹂躙されている気分だ。
『本格的に孤立するじゃないですか……』
  へどもどと続けながら、既に恥ずかしかった。裏口で過ごしたこの日々に意味を感じているのなど、私だけなのかもしれない。長い沈黙があり、2回まばたきをしてから、奥葉さんは顔をしかめた。
『いやあんたがおらん日は普通に休憩室で昼食べとるし………』

  えっ??????
『前から○○(上司)のおらん日にはフツーに私とも話しとったよあいつら』
 言い終わってなお奥葉さんは平然としており、取り残された私は横で曖昧な愛想笑いすら浮かべられずしばし茫然とした。オレの思春期………

 
平成地獄変

 その日の夕刻である。引継ぎ資料もモリモリ進み、きっかり定時で帰った。国道の向こうに沈む夕焼けがいつもより綺麗だった。踊り出したい気分だったのでいつもの物陰で踊ろうと思った。世紀末を待ちわびる澁澤龍彦の如きお気分。ルンルン!

 その時、敷地裏門に一人、立ち尽くす人がいることに気づいた。

 誰かね?と思っていられたのは数秒のうちで、気づいたあとはルンルン!爆速終了、体の末端から血が引いてゆくだけだった。あ、目が合った、と思ってからもう逃れようがなく、ほとんど絶望的な気分でその人に近づいた。無視したかったが、それすらできなかった。

 お久しぶりです……。と蚊の鳴くような声で先に告げたのは私で、その人は何も言わずに微笑んだようだった。いよいよ頭の芯が冷えて行くのが分かる。
 あの、何が用事だったら人を呼んできましょうか……。
 続けた私に、その人はただ弱く笑って手を振った。

『ああ、いいのいいの、ただ、あなたが辞めるって聞いて………』

 おずおずと顔を上げる。この人と目が合うのも、いつぶりだか分からない

『あなたに謝らないといけないと思って……』

 相変わらずか細い声だった。一度聞き返したら、もう2度と続けてくれなかった声。もう一度よろしいでしょうか、と聞き返した私に、ため息の後、障害者って本当に迷惑、とだけ続けた声。この人にとって、運動部を経験していない人間はみんな障害者であり、恋人がいない人間はみんな障害者であり、処女はみな障害者だった。まともな人間はオランダ人のセックスフレンドと自分だけの世界。
 元から痩せていた上司は、今やほとんど、骨と皮が立っているように見えた。

女ども走る走る走る

 ホア……だか、ヘエ……だか、ともかくそう言う間抜けな相槌を返した。
 国道の向こうに夕日が沈もうとしていた。逆光の暗闇の中でも、上司の顔はよく見えた。

『わたし、ちょっと厳しすぎたよね…………』

 うつむいた上司の顔をじっと見た。沈黙に耐え切れず、意味のない薄笑いを浮かべた。
 何か言わなければ、と思うのに、思うほどにただ、死にさらせクソカス、以外の言葉が思いうかなばかった。

 今更許すわけがねえだろうが。ずっと心底嫌いだよ。できるだけ惨めに死んでほしい。おまえの訃報欄を切り抜いて明日の笑顔のお供にしたいよ今から。
 マグマみたいにどろついた頭の中に罵詈雑言が沸き上がるのに、前頭葉だけが嫌に冷静だった。
 分かっている。
 私はこの人のことを赦さなければならない。
 今となってこの人は、仕事を無くし、生活を無くした、一人の病人だ。
 この人は弱者なのだ。
 上を見れば限りないのに、この谷底の町でどうしようもなく私は強者だ。親に貰った健康な体と切腹用の短刀をどこまでいっても失えない。傷つきお気持ちジャンケン勝負は永遠にバカ負けである。

 それはそれとして、いますぐ完全犯罪がしたかった。この人の体のどこかに生死の切り替えスイッチが付いているなら今すぐ私の前に差し出して欲しかった。それが誠意ではないのか。言葉なんて今更なんになるのか。
 この人が如何に周囲に愛されてきたか、実家の坪面積から家庭教師の名前から実家のリビングにあるスタインウェイのピアノの値段まで知っているはずなのに、思えば思うほど哀れみが消えて行く。
 この女のことを殴りたいとずっと思っていた。
 今ではないのか、それは。
 頭は静かだった。
 ただ、この人がどんな顔をするのか見たかった。
 言葉を確かめる方法は、それしかないと思えた。 
 だからだろうか。
 だから、兄も私を刺したのだろうか。

 薄笑いで上司を見下ろしながら、ほとんど首を絞められている気分だった。この人の謝罪を受け入れるぐらいなら、もはや死んだ方がマシだと思った。ハハハ………と、口端から乾いた笑いが漏れた。死ぬ死ぬ死ぬ、もう。
 ポケットの中でこぶしを握る。深く息を吸う。あたりを見渡す。崖の淵でも人は姑息だなあなんて思って。
 瞬間。
 視界の端に移る姿があった。
 一日二回、朝に遠くで、昼に近くで見るシルエット。
 吸い終わった息が出所を決める。最早理性とか知性とかそういう問題じゃなく。


『奥葉さーーーーーーーんッ!!!!!!!!!!!!!😢😭😵😵😭😤🥺😉🤬🤬😔😋😂🤣😵‍💫😵‍💫😵‍💫😵‍💫』



 我ながら、ジャイアントロボ起動時の草間大作少年の如き絶叫だった。

 小指の甘皮ぐらいの大きさの奥葉さんが、こちらを向いたのが分かった。一瞬のち、頷いたように見えた。思っているうちに、奥葉さんは小指の先になる。足に香油を掛けられたユダもこんな気持ちだったのか??知らんが。
 奥葉さんは走っていた。腕で走っていた。そうそう、そうだった。あの朝も、水まみれの私の元へ奥葉さんは腕で走ってきたのだった。

 奥葉、好きだ………。

 そして腕が、腕が飛び込んでくる。手が、掌が顔に。
 一人浸っている私の元へ一直線に走ってきた奥葉さんは、最後に、私のことを思いっきりアイアンクローした(なんで??) ハわわわわ………とイカれた萌えキャラみたいな声を上げつつ、夢??????????????と5000回ぐらい脳内で繰り返したところで視界が開けた。奥葉さんの顔があった。笑っていた。
 上司は呆然としていたが、砂利砂に背中から倒れこみかけて私はそれ以上に呆然としていた。
 なんでアイアンクローされたの??? なんで………。
 至近距離で見る奥葉さんは50㎝離れて見る奥歯さんより美しく獰猛でいい匂いがした。
 皆が呆然としているなかで、奥葉さんの目だけがらんらんとしている。またたき分の無言のち、奥葉さんがゆっくり上司を見据えた。

『こういうことなんで………』

 何が?????? 

 実際のところ、一番動揺していたのは私で、口も半開きのまま、声に出して『何が????』と言っても誰も聞いておらず、やがて、上司の細い声が聞こえた。

『えっやだなに奥葉さんなに、なに、なに???なんなの???????』
 震えた声で繰り返しながら、やがて上司は突然笑い出した。
『なに〜〜〜〜??????』

 上司は笑っていた。身を折る様にして笑い転げていた。私は呆然とその姿を見つめる。ふと、横を見る。奥葉さんと目が合う。目をそらされる。何???????上司がまだ笑いながら顔を上げる。目が合う。何か。何か言わなければ。言える。言う。今なら。
 息を吸う。吐く。ゆっくりと右手を上げると、せめてもの笑顔を浮かべる。
『アディオス………』



 …………。




笹塚衛士じゃん…………。



 魔人探偵脳噛ネウロノベライズ一冊目『世界の果てには蝶が舞う』の笹塚衛士じゃん………。


 私って追い詰められると笹塚衛士のセリフ言う女なんだな………。
 思い返せば私が人生で唯一学校をサボったのは笹塚衛士が死んだ月曜日だった。わたしの人生すべてが笹塚のせいなのかもしれん。これも笹塚衛士のnote。そういうことにしてええか。
 にやつきながら背を向けた私に、奥葉さんは何も言わず、ただぬっぺふほふでも目撃したが如きドン引きの眼差しをしていた。なんで?


ジ・エンド・オブ・ザ・ワールド(名作)


 それからの話は特に。

 最後の最後まで最悪の陽子(冒涜)のまま社員生活を駆け抜けた私であってもそれなりに盛大な送別会は開いていただき、一度も話したことなかった総務の偉い人に『君が社内報に毎月書いていたコラム、つくづく異常だったね……』など突然告げられるあったか❤エピソードもありつつ、世界は健やかに終わっていった。
 奥葉さんは、私から一番離れた席に座りひたすら飲酒に勤めていた。やっぱり男性社員の前だと身をよじって手を叩いて笑うのだった。私がヘラヘラ笑いながら趣味の手品を披露している間はつとめて無表情だった。しまいにゃスマホを触っていた。これ以上好きにさせないでほしかった。

 最後。
 駅に向かうのは私と奥葉さんだけだった。さすがに認知の歪みが生じて、無性に名残惜しい気持ちになった私が、駐車場に向かう人々に手をぶん回している間にも、奥葉さんは一人で歩きだしていた。少しだけ追いかけて、けれど追いつきはせずその背を付いていった。奥葉さんは後姿すら美しかった。それだけが惜しかった。
 突然。奥葉さんが立ち止まった。あのさあ、と、少し、焼けた声がする。

『あのさあ、あんたわたしの芸名知っとるやろ』
 
 思いがけない言葉に オァン、と声が出て、しかし目が合うと嘘が付けない。振り返った奥葉さんが、薄茶色の瞳が私を見ている。
『ハイ…………』
『あれ、嘘だけんさ』
 痛みを覚える間もなく心臓が揺さぶられた。あの日目にした数多のスケベ画像が頭を駆け巡った。オ、オア??
 不明瞭な声で呻くことしかできず、ほとんど土属性の化け物(四神モノなら玄武)と化した私を尻目に、奥葉さんは鼻を鳴らす。
『顔が違っとろうが、あんなブサイク』
『そうなんスか…………』
 なんだったんだ、私の思春期は………。と思いかけたが、もはやそんな段階ではないのだった。現に今だって奥葉さんは美しい。踏みしめるような足音を立てながら、私にどんどん迫ってくる今なども。
 奥葉さんは止まらなかった。いよいよキスかハグか平手しか許されない距離感でようやく立ち止まると、私よりずいぶん低い位置から、細い息を吐いた。

『本当のやつ教えちゃるから』
 
 動揺する隙もないままに、奥葉さんは少し背伸びした。
 初めて聞く名前だった。
 囁く声からも、煙草の匂いがした。うちの父親と同じ銘柄だ、と今更気づく。右翼と淫乱の臭いだ。ふるさとみたいに嬉しい匂いだった。
 
『なんで今………』
 ほとんど腰砕けになりながら、どうしようもなく呻いた私を、奥葉さんはじっと睨んで、それから笑った。
『もう会わんから』
 もう会わないのか………。
 私一人を取り残し、奥葉さんは歩き出す。その背中を追いかけようとして、ようやく涙が出てきた。オイオイと泣いた。とぼとぼと歩いた。人前で泣くのは赤子ぶりのことのような気がした。けれど、一度泣き出すと、さっさと泣いときゃよかったなあと他人事みたいに思えた。
 アイスピックで刺された時も痛かったし、水を掛けられたときは冷たかった。いつだってそうだ。怒るより前に泣きたかった。それに気づいて、太ももから力が抜けた。ついでにけっこうデカい声で
『ヤダッ………アタシ泣いてる………なんでッ……????涙なんてもう忘れたつもりだったのにッ………!!!』
 と身をよじっていたら、通りすがった中年紳士に三度見された。いよいよ楽しくなってきたので、駄目押しみたいに
『愛されてェ~~~!』
 と叫んで泣いた。
 初春の街は凍てつくように寒く、奥葉さんはちっとも立ち止まらなかった。


 それから1年2ヶ月。奥葉さんとは一度も会っていない。
 教えられた芸名を調べたらけっこうスケベな画像が出てきて、相も変わらずわたしは思春期を持て余している。脇腹のぼんやりとした修正後を見るたびに、世界の秘密を握っているようでうれしい。
 身内は今でも時々希死念慮に振り回されながら、めちゃくちゃ人生をやっている。彼がいつか誰かを刺してしまうことが怖かったが、ここ数年でいつか誰かに刺されそうな方向性になったので、それはそれで困るなあと思っている。

 私はなんだかんだ谷底の街を離れ、単身訪れた大都会で運よく友人がモリモリできた。
 相変わらずぼんやり生きており、万事無能限りないが、とくにそれで注意を受けることも褒められることもなく、ぼんやりとしたまま楽しくしている。そうであってくれて嬉しい。
 あれから泣いたのは一度きりで、まあワールドエンドヒーローズ完結が発表された時なのだが、今生で出会えてサンキュー!!の気持ちがデカかったので生き延びました。今日も生きています。

 全てが夢のようだとすら思う。

 水は低きに流れこころざしは潰え、あなたの意見にも同意はできない。 人生は穏やかに続き、居住する都会の集合住宅のエントランスでは週2で誰かが失禁している。
 万物は期待するほど劇的ではなく、嵐のような救済はなかなか訪れない。
 去年の夏に『完結』したワールドエンドヒーローズはなんだかんだけっこう元気で、今年のクリスマスにはぬいぐるみが届くみたいだ。


 おそらく、この世界にヒーローはおらず、うすぼんやりした希望を無理やりそう呼ばわって心の慰めにするしかない。

 それでもあの冬、私の前にいたあなたはヒーローみたいだった。

 聞いているかいお前のことだよ。


奥葉さん………

めぐる…………

好きだ………………


よしんばその産声を

 人間は人生で二度、産声をあげる。

 というのは近現代が誇るド名著『逢沢りく』に寄せられた小泉今日子氏の書評(ド名文)からの丸パクリなのだが、

 その線で行けば、私の産声はワールドエンドヒーローズと奥葉さんのラリアットだった。
 と、いうわけでみなさん。奥葉さんの分までやってやってください。
 どげんかよろしくメカドック。


 これにておさらば、とっぴんぱらりのぷう。


 ほいではね。









☆𝙇𝙄𝙁𝙀𝙃𝘼𝘾𝙆☆


つらいときはニュージーランドのカカポ基金に金入れてぬいぐるみ貰ったりしようね 何してたってどうせ人生はつらいし、ときどきは楽しいよ