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ヤコブ・ムシャンガマ「ソクラテスからSNS 「言論の自由」全史」(早川書房20240320)

原題は、FREE SPEECH a history from socrates to socal mediaだから、サブとメインタイトルをひっくり返したような邦題?

言論の自由の起源は古く、どこか一か所で急に登場したわけではない。
言論の自由があるとどれほど良識のある指導者でもいずれ「今の言論の自由は行き過ぎだ」と言い始めるとしている。

今ある自由を守りたいと思うのならば、言論の自由の文化を育て、維持するための意識的積極的な努力が必要になる。法律は役には立たない。

カール・ポパー「ヴァイマルの誤謬」、ヴァイマル共和制がもしも全体主義プロパガンダを懸命に取り締まっていればナチスは生まれず、ホロコーストも起こらなかったというもの。
しかし、ナチスのプロパガンダを禁ずるとそれは、逆に全体主義体制に利用されるようになる。

そして、グーテンベルク。

金細工師のグーテンベルクが、1450年頃には完成していた活版印刷。グーテンベルクの故郷マインツの大司教選帝侯は1486年には検閲委員会を設置している。
そして、ルターが出現する。ルターの出版物は1517年から1520年の3年間で、30万部売れ、1530年には2000を超える版が、合計2000万部も出回った。

19世紀ロシア。ロシアの検閲官は「仕事が信じられないほどの量」になり、「気の毒な事務員たちは、昼夜を問わずに続くシーシュポスのような労働のせいで手にタコを作った」。
長編は知識人だけが読み、一般民衆は読まないと考えられたため、出版前の検閲を逃れることも多く、だから、19世紀ロシア文学は超長編揃い?

資本論は「読む人はほとんどいないであろうし、理解出来る人はさらに少ない」と判断された。

そして、アメリカ。「西欧で革命に対する権力者の反動を免れた数少ない国」。トクヴィルは、アメリカンデモクラシーの中で、アメリカの領土に住む人の中に、出版報道の自由に少しでも制限を課そうとするような勇気のある者は1人もいないと記す。

アメリカだけが独自の歴史を歩む。



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