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おいしいエッセイ

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おいしいお店を紹介。平野紗季子さんに憧れた“パクリスペクト”な文章たち。
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#外食

止まらないナンとラッシーのリズム #ザ・タンドール

 大手町と神田の間には明らかな境界線がある。都会の緊張が解けない大手町から、気楽に歩ける神田の街並み。2駅の中間に位置する内神田は飲食店が多く、ふらっと入れるお店も、行列のできる人気店もあるハイブリッドランチタウン。昼休憩を少しずらして、お店も決めず、その瞬間の気分に従って何を食べるか選ぶのも楽しい。  今日はなんとなくインドカレーの店に決めた。昼から匂いの強いカレーを食べるのは気が引けるが、お腹が空いてるのだから仕方ない。そんな一瞬の葛藤を抱えながら入店するも、漂うスパイ

まぐろに強いお店の秘密のネタ #海鮮三崎港

 回転寿司の楽しみがレーンに帰ってきた。タッチパネルと"新幹線"の登場で回っているお皿の需要が減り始め、今ではコロナの影響で外気に触れ続けるレーンを使う人はほとんどいなくなったようなもの。  私がタッチパネルを使う理由は2つ、「鮮度」と「衛生面」。ICチップでの時間管理や、カバーを用いた飛沫対策はよく見るものの、だからといってレーンからお皿を取る気にはならない。  マルハニチロが毎年出している「回転寿司に関する消費者実態調査」でも回転寿司の“新幹線シフト”が表れている。注

クラシカルな江戸前の仕事が光る #松野寿司

 半年に1回のペースで通っているお気に入りのお店。普段は握りのおまかせ(5000円前後)だが、今回はつまみから握りまでの一通りを頼んでみた。「おまかせ全部レビュー」は以前に書いているので、今回はクラシカルな江戸前の技術を感じられるネタとつまみをいくつか紹介することにする。  軽く酢で締めているようで、しっかりした質感の身が咀嚼を誘う。脂をしっかりと感じさせながらもしつこくないメリハリのある味わいが、これから始まるコースへの期待を高める。  煮鮑の身と肝を一片ずつ。むちっと

懐かしく、愛おしい味 #登治うどん

 うどんはあまり好きではない。ただ、好き嫌いを超えた味が数年ぶりに私を呼び戻した。これは懐かしの味、高校の部活終わりによく食べていた青春の一部。昔は窓際の座敷で食べていたな、と回想しながら空いているテーブルに座る。  メニューを見渡す。親からの小遣いでやりくりしていたあの頃は一番安い「もり」ばかりを食べていたが、数年経った今はお金を気にせず注文できる。成長した私はちくわ天うどんにランクアップし、更にはミニかき揚げ丼を追加するまでに成長した。  合わせて1000円足らずのか

おまかせ全部レビュー #いしまる

 埼玉でビシッと決まった江戸前寿司を食べたい時は「いしまる」に。高価格帯のカウンター寿司では珍しく、客の訪問時間に合わせて個別で食事を始められるのが魅力です。時間指定の一斉スタートが現在の潮流ですが、親方は信念を持って個別スタイルを貫いています。  開店当初はフジタ水産の鮪を使っていること、居酒屋出身の親方が独学で握っていることばかりが注目されていましたが、最近では沼里親方の仕込みが光る実力派として知名度を上げているように思います。その証明として、食べログの百名店にも選ばれ

和食と日本酒を嗜む #おだしと、おさけ。すずめ

 おじさんたちが仕事の疲れをアルコールで流す、新橋はそういう場所だと思っていたが、実は開拓すればするほど魅力のある街だった。「すずめ」の客層は女性客からお年寄りまで様々で、飲み屋と言うよりは小料理とお酒を嗜む割烹料理店のよう。  お店は烏森神社の真裏、飲食店が密集した通りの中にあって、寿司界隈では伝説的な「新橋 しみづ」の横にある。小さくて分かりづらいお店なので、ここを目印に行くと分かりやすい。  割烹料理店のような要素はメニューにも。「おまかせ5品」を頼めば、その日のオ

コスパも威勢も最高な回転寿司 #天下寿司 池袋店

 適度な空腹を保ち、寿司に向かって池袋を無心で歩き、店に着いたと思えば待ちの列に並ばされ、目の前にレーンがあるのに皿を手に取れない葛藤が最大に達した時に席まで通され、まず手に取ったのは本まぐろ赤身。最初は烏賊だの白身だの考えることもせず、ほとんど無意識にまぐろを手に取ってしまうあたり、赤い引力には逆らえない。  回転寿司と言っても大手チェーン店のような巨大な設備ではなく、2畳ほどの細長い板場を囲うこじんまりとしたレーンがあるだけ。狭い楕円の中には熟練の板前さんが2人体制で握

流行とは一線を画す完成された韓国料理 #赤坂一龍 別館

 ソルロンタンと言えば、塩やオキアミの塩辛で自分好みの味を作り上げるもの。そのためスープが薄く、味気のない状態で出てくる印象があるが、ここはかなり完成されたバランスで提供される。背骨のビシッと通ったような牛骨スープに、食べ応えもありながら旨味を邪魔しない濃度の塩加減は、素人の私が下手に味変してしまったら申し訳ないと思わされるほど。  メインはソルロンタン一択で、足りなければサイドを頼む。入店と同時に人数分のソルロンタンを頼んで、後はその日の気分で食べたいものを追加すれば良い

自分なりのうなぎ屋の楽しみ方 #小川菊

 久しぶりに母と外出。私の母はあまり好みが合わないので、2人で食べるものは決まって鰻かとんかつのどちらか。とんかつは最近食べたので鰻をチョイス。川越では1、2位を争う有名店に1時間待ちで入店。  シンプルではあるが必要なものは全て揃っていて、老舗の余裕も感じさせる、そんなメニュー表。本日はお母様がご馳走してくれるとのことなので遠慮なく食べたいものを決める。  まずは「うざく(鰻ときゅうりの酢の物)」を頼んでウォーミングアップ。正午の太陽に晒されて火照った身体を酸味と冷たさ

おまかせ全部レビュー #鮨一

 ”寿司不毛の地”渋谷でおすすめできる数少ないお店の1つ。若手の親方は明るく会話を絶やさず、カウンターデビューにも安心して臨める雰囲気。特に土日限定の8000円ランチコースはハイコスパが有名で、若者から年配の方まで広く利用している。  店名の「一(はじめ)」は親方の名前ではなく「皆が一つになる」という意味らしい。握り手が一人ではないので、チームワークを重視した温かい店内だ。ネタへの仕事は江戸前そのもので、1つ1つの説明からはシャリから薬味まで細部に至るこだわりを感じた。

正統な"和食"としてのとんかつ #とんかつひなた

 とんかつ激戦区の高田馬場で頭ひとつ抜けた人気を誇る「とんかつひなた」。普段なら衣のインパクトでお腹を満たす対象として捉えていたとんかつも、ここではじっくり味わいたい和食として再定義する。  和食にはカウンターが似合う。調理の過程を見せる潔さ、五感で楽しめるライブ演出、出来立てを食べられる安心感、目の前の凛とした空気感がとんかつに体験価値と気品を与える。料理人の真剣な眼差しを前に、客側としても背筋を伸ばして待たざるを得ない。  メニューはロース・上ロース・上リブロース・上

大手町の"うまい、やすい、はやい" #リトル小岩井

 仕事が長引き、遅めのランチ。大手町の地下街の端、時刻は14時を回っているにも関わらず活気に溢れたお店がある。先客2人の後に並んでどれを食べようか、メニューを眺めながら気分と相談する。それにしても、全てが安い。大盛りもたったの60円。こういうお店はピンかキリのどちらかであることが多いからハラハラしてくる。  並びながらメニューを決めあぐねていると、すかさず店員さんに注文を聞かれて自分の優柔不断さを知る。いや、9種類という絶妙な品数が私を優柔不断にさせている。メニューは多すぎ

おまかせ全部レビュー #築地青空三代目丸の内

 カウンター寿司デビューをしたい人や、ちょっと贅沢なデートをしたい大人カップルにおすすめしたいお店がここ。つまみ4品に加えて、業界では有名なフジタ水産の鮪3貫を含む握り9貫が8800円で食べられるミドル級の人気店です。4回目の訪問でもしっかり楽しめる質を維持している板長佐野さんの努力に頭が上がりません。  この店が面白いのは、チェーン店だということ。実は本店が築地にあって、東京はもちろん名古屋や沖縄にも複数店舗を構えている実力派です。更に面白いのは、仕入れや料理が全て板長の

がっつりお腹を満たしたい時は #金子半之助 Otemachi One店

 大手町近辺で天ぷらを食べるとすれば、選択肢は主に2つある。以前は"天ぷら"そのものを楽しみたい時のお店を紹介したが、今回は天ぷらを通してがっつりお腹を満たしたい時のお店を紹介する。  この店で一番豪華な天丼は穴子がメインに置かれているようで、海老は大きすぎず、他の具材も過不足なくバランスよく配置されていた。見栄えの良い海老に重きを置きすぎて全体として物足りなくなってしまうよりも好感が持てる。味噌汁を一口飲んで簡単に胃を温め、天丼を自分のそばに引き寄せる。  「江戸前」の