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紅晴結菜の死んだ後

大庭樹里の一人称はどうやら「樹里サマ」ですが、いや心の中でもそう呼んでるか? というのを考え、地の文では「アタシ」となっています。不満があるならかかってこい。おれは誰の挑戦でも受ける。でも酔っぱらいの言ってることだから真に受けないでほしい。


 夜。深い藍色の空には満月が浮かんでいる。狂ってしまいそうなほどに眩い。もっとも、姉さんを見てしまえば、狂っちまうことの恐ろしさは痛いほど理解できる。アタシは見上げるのをやめて、再び歩き始める。神浜の夜は二木とは比べ物にならないくらい騒々しいが、住宅街まで来ればそれなりの静けさはある。『第二部主題歌うつろい、絶賛配信中……』飛行船は昼夜問わず騒がしいが。

 姉さんは、紅晴結菜は死んだ。復讐の果てに、青い死神にソウルジェムを貫かれて、呆気なく殺された。死ぬべくして死んだ、殺されるべくして殺された。そう考えている。アタシと同じで、長生きできない生き方をしていたから。

 姉さんの馬は……煌里ひかるは、後を継いでプロミスト・ブラッドを率いている。

『私が死んだら、このチームを頼むわよぉ』

 姉さんがそう言ったからだ。偶然聞いちまったから知っている。自分の復讐に他人を巻き込まないだとか、ひかるに自由に生きてほしいだとか、そういう気持ちは一切なかったらしい。……いや、後者はあったかもしれない。だけど、それよりも遥かに強い意志に、きっと流されちまったんだろう。神浜の魔法少女を全て殺し、浄化システムを奪うことで、死んでいった仲間たちは報われる……そう本気で信じていたから。姉さんは狂っていた、壊れていた。そうなっちまった一因は、きっとアタシにもある。けど、同時に思う。知ったことじゃない。勝手に壊れて、勝手に死んだだけの話だ。

「くッだらねぇ死に方……」

 足元の石を蹴る。予想以上に力が入っていたのか、50メートルほど遠くに飛んでいった。

 姉さんを殺された直後のひかるは、怒りに我を忘れたりせず撤退し、遺言通りにチームをまとめ上げている。だが、それも果たしていつまで続くか。姉さんはチームで一番の戦力だった。この樹里サマ以上の。戦いぶりはまさしく鬼と呼ぶに相応しく、情けない話だが、ちょっと恐ろしかった。けど、それを超える死神に殺された。ひかるは強いが、樹里サマほどじゃない。つまり、死神を殺せるほどの力を持つ魔法少女は、チームにいない。早晩、プロミスト・ブラッドは崩壊するだろう。二木市撤退派を指揮するのは、アオになるだろうか。元々争いを好かない奴だ、そもそもこんな殺し合いに参加すべきじゃなかったとも言える。

 じゃあ、姉さんの次の戦力だった樹里サマは、今どうしてるか。プロミスト・ブラッドを抜けて、最寄り駅までの道を歩いている。神浜に来るまでの移動手段は、裏切り者には使わせてもらえないだろうから、わざわざ電車を利用するしかない。

 元々アタシは、姉さんのモノになったからこそ、その復讐に付いてきた。神浜への憎しみもなかったわけじゃないが、殺したいってほどじゃなかった。だから、姉さんが死んじまった以上、もうこんなことに付き合う必要もなくなったわけだった。青い死神と戦いたい気持ちも多少はあったが、姉さんが死んだからか、どうでもよかった。

 帰ったら、らんかとクソ陸上部たちには、そのままを伝える。復讐に燃えて神浜に向かおうとする奴がいたら、止めはしない。食い扶持が増えてありがたい限りだ。姉さんと同じように、燃え尽きるまで戦えばいい。姉さんと、同じように……。

「クソッ……」

 アタシの脳裏に浮かぶのは、うなされる姉さんの姿。寝ている間も、起きている間も、常に死人の声を聞いていた。姉さんは優しくて、真面目だった。虎屋町だけじゃない、龍ケ崎も、二木市で死んだ魔法少女全員の死を、一人で受け止めちまった。優しかったからこそ、ぶっ壊れちまった。

「あのとき、樹里サマが憎悪ごと燃やしてれば……」

 目を閉じて、姉さんのモノになった瞬間のことを思い返す。……そのときだった。

 背後で、殺意が膨らんだ。勘違いだとか、そんなことを気にする暇はなかった。アタシは変身しながら振り向いて、薙ぐように掌から炎を噴射した。

「ぐうっ!」

 予想通り、魔法少女がいた。両手にメリケンサックを嵌めている。気付けたおかげで受けたダメージはないが、与えたダメージも浅かった。口から炎を流し込んで、襲撃の理由を聞くか。膝をついた魔法少女に、アタシは向かおうとした。

 ……違う。アタシは横に避けようとした。だけど、遅かった。後ろからの刃が、心臓を貫いて胸から飛び出した。二段構え。膝をつく魔法少女が、ニヤリと笑った。アタシは、笑い返した。

「ハ、ハハ……考えた、よな……ゲホッ、ガハァッ!」

 アタシは前のめりになって刃から身体を引き抜いて、離れた場所に無様に転がった。追撃はなかった。甘い奴ら。それとも、苦しんでる姿を見て楽しんでやがるのか。ソウルジェムを砕かれるか絶望しない限り死なないとはいえ、これは致命傷だ。命が失われていくのを感じながら、襲撃者を見上げる。

 まず目に入ったのは、メリケンサックの奴と、ダガーを持つ奴。そして、その後ろからぞろぞろと現れる魔法少女たち。ざっと10人はいる。普段のアタシなら、この人数に気付かないはずがない。……自分で思っていたより、姉さんの死に動揺してたってわけか。ますます笑える。

「どうして襲われたか、わかるか」

 メリケンサックが尋ねてくる。アタシは血の吹き出す傷に手を当てて、炎を燃やして焼き、強引に穴を塞いだ。魔力が切れるまでの、その場しのぎに過ぎない。

「ガハッ、ガハァッ……復讐、だろ……二木だけじゃないよな……」

 敵には見覚えのない魔法少女も混じっていた。神浜で殺した魔法少女の友達か、それに類いする何かだろう。細かいことはどうでもいい。こいつらは、アタシを殺しに来た。それだけが重要だ。

「そうだ。お前は私たちの仲間を何人も燃やした。省みることすらなく。その償いをさせる」

「省みてる、よ……ゲホッ……申し訳なかったって、思ってる……樹里サマの代わりに死んでくれて、ありがとうって……!」

「貴様……!」

 ダガーの奴の目が怒りに細まった。姉さんの憎悪に比べれば、どうってことない。

 アタシは両手に炎を燃やした。普段と比べると遥かに頼りない炎だ、ミディアムレアが精々だろう。それでも、命乞いをするつもりはさらさらない。樹里サマはどうせ地獄行きだ。

「来いよ、ガハッ……! 数人なら、まだこの樹里サマにだって燃やせる……!」

「そうか……! なら望み通りにしてやる!」

 ダガーが飛びかかってきた。胸を切り裂かれながら、顔を掴んで炎を流し込み、無防備になったソウルジェムを砕く。メリケンサックが左の鎖骨と肩を砕く。足払いをして、メリケンサックを踏みつけ、足で燃やし、ストンピングでソウルジェムを砕く。苦無が首に突き刺さる。身体がグラつく。毒でも仕込まれてたのか。朧気な視界の中、鎖を伸ばして苦無を投げた魔法少女の首に巻いて引き寄せ、ソウルジェムを殴りつける。感触がなかった、砕けてないかもしれない。頭を殴られ、アタシはその場に押し倒された。首を絞めにくる腕を掴んだが、炎が生み出せているか最早わからない。

「……終わりだ……! 死ね、大庭樹里……!」

 遠くから、そんな声が聞こえた。視界はもう真っ暗で、敵が何人生き残っているのかすらわからない。樹里サマが死んだら、さくやはどうするだろうな。らんかは……きっと泣くだろうな。それでもきっと、地獄には来ない生き方をするだろう。アイツに地獄は似合わない。

 ……姉さん、地獄でもう一度、勝負してくれるかな。最期に脳裏に浮かんだのは、まだ鬼になっていなかった頃。呆れながらも炎を受け止めてくれた、優しい姉さんの顔だった。

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