銀行の「本業における収益力」とは?

企業の良し悪しを見極める一つのポイントとして、その企業の「本業における収益力」がどのくらいあるのか、ということが挙げられると思います。

「財務諸表の読み方」といった市販の書籍では、企業の本業の収益力は営業利益を見ればいいと記載されていることが多いです。

銀行業の損益計算書を見ると、一般の事業会社とは異なり、そこには売上高もありませんし、営業利益も表示されておりません。

銀行業は、損益計算書のどこを見れば「本業の収益力」がわかるのでしょうか。

日本経済新聞などの報道では、実質業務純益=銀行の本業による収益力を示す指標であると説明されているケースが多いように思われます。

業務純益とは銀行業独特の指標です。なかなかわかりにくいですね。

また、銀行の損益構造をわかりにくくしているもう一つの原因は、損益計算書の様式が2種類あり、それぞれ収益・費用や段階利益の表示の仕方が異なっていることも挙げられます。

業務純益はその1つの表示形式にしか登場しません。

段階利益とは、売上総利益、営業利益(この2つは銀行業にはありません)、経常利益、税引前当期純利益、当期純利益などの各段階における利益のことです。

今日は、ちょっと一般には馴染みのない銀行業の損益計算書の読み方のうち、どこを見れば本業の収益力がわかるのか?ということをお話ししてみようと思います。

題材として、島根銀行という小さな第二地方銀行協会加盟行の損益計算書を取り上げます。

島根銀行を事例として取り上げるのは、この小さな地銀が今日の地域金融機関の苦境をよく表していると考えられるからです。

以下に続きます。

1.銀行業の2種類の損益計算書様式について。

銀行業の損益計算書、なぜか2種類あります。

と言っても、銀行は2種類の利益計算方法を持っているわけではなく、それぞれの損益計算書における経常利益、税引前当期純利益、最終の当期純利益は一致しております。

例として取り上げる島根銀行の損益計算書を見てみましょう。

島根銀行の2018年3月期決算です。単体ベースですね。経常利益1,723百万円、当期純利益614百万円です。

なお、こちらの様式、縞模様なので俗に「しましま」と呼ばれています。最近は、この「しましま」という呼び方は廃れてきたようでして、会計老人会としてはさびしい限りですが。

さて、こちらの様式には「実質業務純益」という段階利益が見当たりません。そこで、もう一つの損益計算書の様式を見てみましょう。

こちらです。この様式は東証規則に示された様式で開示されている決算短信の前半部分には登場せず、各銀行が独自に作成している「決算説明資料」に出てきます。

こちらの損益計算書でも、経常利益1,723百万円、当期純利益614百万円です。当然のことながら一致しています。

経常利益の上に目を向けてみますと・・しましまとは表示方法が異なります。でも、「実質業務純益」は見当たりません。

ただ、業務純益(一般貸倒引当金繰入前)、コア業務純益、業務純益という3つの段階利益が並んでおります。

その部分のみ拡大して再掲示します。

このうち、日本経済新聞にいう「銀行の本業による収益力」を示している実質業務純益は、業務純益(一般貸倒引当金繰入額)418百万円のことです。

島根銀行の経常利益は1,723百万円とそれなりの利益を稼ぎ出しているように見えました。ところが、「本業による収益力」であるはずの418百万円とずいぶんと少なくなってしまいました。

これがどういうことか説明する前に、なぜ、銀行の損益計算書が2種類あるのかというお話をしておこうと思います。

2.業務純益という指標の成り立ちについて。

このセクションはかなり専門的な細かい話をしております。面倒なお話は抜きにして結論を知りたい方は「3」へお進みください。

銀行の損益計算書が2種類あるかという法的な根拠を説明しますと・・最初に示した「しましま」様式の損益計算書は、銀行法施行規則別紙様式に規定された法定の開示様式と勘定科目によって作成されています。業務報告書(銀行法19条)やディスクロージャー誌(銀行法21条)、決算短信に記載されている損益計算書はこの法定様式で作成されています。

後に示した決算説明資料に記載されている業務純益が記載されているタイプの様式は、大蔵省(当時)が金融監督のために作った決算状況表(法定の報告様式、根拠法は銀行法24条)に出てくる報告フォームに準拠して作成されております。

前者を「しましま法定様式」、後者を「業務純益表示方式」と呼ぶことにします(当然ながら、私の造語です)。

しましま法定様式はと業務純益表示方式の大きな違いは、経費(人件費、物件費、租税公課)差引前の収益・費用が「総額表示」であるのか、「純額表示」であるのか、という点です。

しましま法的様式は、総額表示です。

銀行は資産サイドでは貸出や有価証券投資を行って利息を受け取っています。これは、会計上は収益です。また、負債サイドでは預金を集めて利息を支払しています。こちらは、会計上の費用ですね。

しましま法定様式では、収益である貸出金利息3,762百万円、有価証券利息配当金1,245百万円など、資金運用収益5,031百万円が表示され、費用である預金利息448百万円など資金調達費用490百万円が表示されています。

企業会計原則にいう総額表示の原則に従い、収益と費用を相殺表示しない、総額表示によっているわけです。

ところが「業務純益表示方式」では資金運用・調達にかかる損益はネッティングして純額表示され「資金利益」4,541百万として表示されています。

資金運用収益5,031ー資金調達費用490=資金利益4,541という計算です。

役務取引等利益(為替手数料や投資信託窓販などの手数料収入から、それらにかかる手数料支払いを差し引いた利益)も同様に純額表示されています。

その他業務利益(国債など債券売買損益や外国為替損益など)も同じですね。

純額表示された資金利益、役務取引等利益、その他業務利益を積み上げたものが「業務粗利益」です。「粗」という文字が入っていることがわかるとおり、経費を差し引く前の粗利です。

一般に、事業会社の売上総利益にあたるともいわれます。

業務粗利益から経費(人件費・物件費・税金(租税公課))を差し引いたものが業務純益です。

やっと、出てきました。

なぜ「しましま法定様式」のほかにこんな組替表示をして業務純益を出しているのでしょうか。

それは、銀行の利益から臨時的にしか発生しない株式の売却損益や貸倒損失・個別貸倒引当金繰入・戻入の影響を取り除いた、本業による収益力を算出させたいという大蔵省の金融監督上のニーズからです。

島根銀行の業務純益は496百万円です。日経新聞的にいう実質業務純益も418百万円と、経常利益1,723百万円に比べればだいぶ少ないですが、黒字であることには間違いありません。

(なお、一般貸倒引当金繰入前の意味については細かすぎるお話なので「4」のおまけで述べます)

業務純益496百万円と経常利益1,723百万円の「差」でいちばん聞いているのはこちらです。

株式等売却益1,365百万円。島根銀行は多額の含み益のあった株式を売却しいわゆる「益出し」をおこなっていたわけです。次の節では「コア業務純益」と島根銀行の状況の実際についてお話ししたいと思います。

3.コア業務純益の赤字が意味するものと、益出し、そして固定資産の減損処理。

業務純益、臨時的にしか発生しない損益を除いた、銀行の本業による収益力を表していると先に書きました。これは、本当でしょうか。

もう一度、業務純益の前後を掲示してみます。

よく見ると、まんなかのコア業務純益という数字が△表示されています。

△ということは、赤字です。281百万円の赤字。

業務純益とコア業務純益の差額は、債券関係損益699百万円と一般貸倒引当金繰入額△78百万円です。

業務純益496ー債券関係損益699+一般貸倒引当金繰入額(ー78)=コア業務純益△281百万円という計算ですね。

債券関係損益とは、保有していた国債等の債券を売却し、益出しをした

ことを示しています。

株の売却による益出しと同じで、債券も売却してしまえばそれっきりで、次はありません。

コア業務純益とは、債券の売買による損益も「臨時的にしか発生しない損益」とみなして控除するという考え方で計算されています。

損益計算書から、株式や債券の売買損益を控除して、預金・貸出金業務、手数料の受払という、銀行窓口で日々行われている本当の意味での「本業による収益」から経費を控除したら、赤字。

島根銀行、コア業務純益が赤字ということは、銀行窓口を開けているだけで日々、損失が発生しているという状況に落ち込んでいることを表しております。

その結果、何が起きてるか。

銀行のバランスシートに計上されている土地建物の簿価が収益では回収できない・・過大計上であり、減損処理されてしまうことになるわけです。

減損損失739百万円。

コア業務純益は赤字なので、債券売却と株式売却で20億円近い益出しを行っております。

益出しは、コア業務純益の赤字を埋めるだけではありません。

本業による収益力が枯渇してしまった結果、営業拠点の土地建物は企業会計上は回収不能になってしまったとみなされ、一気に簿価を切り下げられて特別損失739百万円を計上。

これを埋めるために、20億という巨額の益出しを行ってしまったわけです。

島根銀行、短信を読みますとまだ含み益のある有価証券をもっていますし、有価証券報告書の附属明細をみるに、まだこの豪華な本店ビルは減損処理されてはいないようです。

しかし、2018年秋以降の株価下落で含み益は減少しているでしょうし、2018年12月期でも島根銀行のコア業務純益は赤字のままでした。

マイナス金利政策の中止などの金融政策の転換がない限り、収益力の回復は自力では難しいのではないかと推測されます。。

4.おまけ。「一般貸倒引当金繰入前」って何?

おまけについては嫌になるほど細かい話なので、銀行会計に細かい興味関心があるという奇特な方以外は読まないでよろしいかと思います。

業務純益と実質業務純益の差異は、「一般貸倒引当金繰入前」であるという点だけです。

銀行は、貸出業務を行っていますが、貸出先については貸倒を見込んで貸倒引当金を計上しています。

こちらも合わせてご覧ください。

貸出業務において、ある一定の確率で貸倒損失が起きるのは不可避であり、それに対して「平時」から評価して引当を計上しておくのは銀行業務に必須のこととも考えられます。

そのために、一般貸倒引当金繰入額は「臨時的にしか発生しない損益」ではないと考えられ、銀行の本業の損益である「業務純益」の計算には含められています。

「実質業務純益」が使用されるようになったのは、平成9年に金融監督行政が大きく変更されること契機です。

それまでは大蔵省による償却証明制度が廃止され、税法基準によって一定の率で行われていた貸倒引当金繰入額が自己査定制度によって銀行毎に個別に算定されるようになりました。

このため、一般貸倒引当金繰入が大きくぶれるようになったことからより「本業の収益力」を表示するために「業務純益(一般貸倒引当金繰入前)」が使用されるようになったのです。

細かいですね。

最後の最後にもっと残酷なお話を。

島根銀行、臨時的にしか発生しない損益を控除した「コア業務純益」が赤字という、かなり苦しい状況であることは間違いありません。

しかし、コア業務純益の中にも、さらに「益出し」による「臨時的にしか発生しない損益」が含まれているかもしれないのです。

それは、非上場投資信託の解約差益です。

これも一度やってしまえばそれっきりで、日々の積み上げでは稼げません。

こちらのお話はまた日を改めて。

終わり。

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