民間銀行による政府向け貸出のフローと預金創造について。

銀行が取引先に貸出を行う際、そのために必要な現金を日本銀行から「引き出し」てくる必要はない、と言われます。

貸出に伴って預金は反対勘定に貸記されるだけで「創造」可能であり、日本銀行に預けられている当座預金から「紙幣」を引き出してくることは不要であるということは事実です。

日本経済新聞などの解説記事で、「金融緩和で積み上げられた日銀当座預金をデフレ脱却、景気回復のために成長分野への貸出へ振り向けることが必要だ」などと書かれているたりします。

こちらは、上記の仕組みを理解していないがゆえの誤解に基づいた文章だということになりますね。

日本経済新聞の「誤解」は、銀行実務や金融システムへの理解不足も原因です。貸出が実行された際に、動くはずのない勘定(日銀当座預金)が「常識的に考えて減るはずだ」という思い込みに基づいているのではないかと推測します。

貸出を行うには、日銀当座預金を減少させたり、当座預金から紙幣を引き出してくる必要ない。

しかし、これには唯一の例外があります。

それは、政府に向けて直接、貸出を行う場合です。

民間銀行が政府に向けて貸出を行うと、次のような仕訳がおきます。

仕訳1 (借方)貸出金 10,000 (貸方)日銀当座預金 10,000

金融緩和で積み上げられた日銀当座預金が、貸出金に振り向けられている!

クオリティーペーパー日本経済新聞はやはり真実を書いているんだ!・・と思うのはまだ早いのです。

本日は、そんなお話を。

記事のレベル:簿記の仕組み(日商簿記3級程度)の理解。銀行のバランスシートで貸出金は資産であり、預金は負債であることの理解。

これらが記事を読むための前提になります。

1.日本銀行は、「政府の銀行」でもある。

日本政府は、民間銀行には預金口座を保有しておらず、日本銀行だけに預金口座を保有しております。

政府のお金の出し入れ、民間企業や個人が納付した税金や交通反則金は歳入金として政府預金口座に振り込まれます。

逆に、財政支出(国庫金)が行われる際、いったん政府預金に集められた資金が民間銀行へ振り向けられることになりますね。

日本銀行HPのリンクをご覧ください。

引用:「日本銀行が果たしている役割は、「政府の銀行」と呼ばれることがあります。」

ここで、日本銀行のバランスシートを確認してみます。

政府預金は、紙幣(発行銀行券)、民間金融機関が預け入れしている当座預金と同じく、日本銀行の貸借対照表の負債の部に計上されております。

政府預金は、2018年3月末で15兆円ほど残高があることがわかりますね。

もう一度繰り返しになりますが、政府は民間銀行に預金口座を保有しておりません。原則として、「政府のお金の出し入れ」はすべて日本銀行の政府預金口座を経由することになります。

このため、民間銀行が政府に向けて貸出を実行しても、この瞬間には「預金が創造される」ことはないわけです。

2.政府はなぜ民間銀行からお金を借りるのか。

政府がお金を借りるのは、政府が誰かに対して債務を負っていて、支払いを行うために資金を確保する必要があるからです。

政府は、法令に基づいて国民(自然人、法人)にいろいろ現金給付や現物サービスを行う義務を負っており、その財政支出を行うためには多額の資金を必要とします。本来の想定では、財政支出は「税金」を集めて実行されることになっているのですが、バブルの一時期を除き、日本政府は慢性的な税収不足であり、政府は資金を借り入れにより賄っております。

なお、先の日本銀行HPにも書かれておりますが、政府は日本銀行から借り入れしたり国債を直接、引き受けてもらうことは法律で禁止されています。

引用:「日本銀行の政府に対する信用供与(貸出や国債の引受け)は、法律上、原則として禁止されています(財政法第5条)」

資金を調達するためには、国債という有価証券を発行して銀行や個人に引受してもらうか、民間銀行から借入を行うしかありません。

大部分の資金調達は国債発行により賄われていますが、短期の資金繰りのためには借入金も利用されております。

たとえば、公共工事=政府が発注する工事の代金10,000を建設会社へ支払する際、政府預金から、建設会社が保有している民間銀行へ日銀当座預金を経由して振込が行われます。

政府は、この工事代金を支払うため、民間銀行から10,000を借入します。

民間銀行では仕訳1ですね。

政府借入による日銀の仕訳はこうなります。

仕訳2(借方)日銀当座預金 10,000 (借方)政府預金 10,000

公共工事代金の仕訳はこうなります。

仕訳3 (借方)政府預金 10,000 (貸方)日銀当座預金 10,000

こちらの財務省HPリンクもご覧ください。

国=政府という特別な存在であっても、「お金」がなければ工事代金を支払うことは不可能です。

そのために、輪転機を回して日本銀行券を印刷するのではありません。金融

機能を持った「銀行」という存在からお金を借りてくるか、債券(国債)を発行して市場から調達するかしかないわけです。

この点に関しては、政府といえども民間の営利企業と何ら変わりません。

ただし、政府には株式会社と異なり、持ち分という概念がありませんので、株を発行して資金調達することはできませんね。こちらは余談ながら。

3.政府が民間銀行から借りたお金はどこへ行くのか。

いったん日本銀行の負債である政府預金に振り込まれた資金は、政府が追っている法令に基づく債務を履行することで、民間銀行の負債である預金へ財政支出されます。

公共工事代金の支払い=財政支出10,000が行われた際の仕訳を表してみましょう。

まずは、日本銀行における仕訳です。

仕訳4(借方)政府預金 10,000(貸方)民間銀行当座預金 10,000

民間銀行の仕訳は、こうなります。

仕訳5(借方)日銀当座預金 10,000(貸方)預金10,000

仕訳5は、民間銀行の政府への直接貸出により、預金10,000が創造されたことを表しております。

ここで、もう一度、民間銀行が政府に向けて直接、貸出を行った際の仕訳を掲記します。

仕訳1(借方)貸出金10,000(貸方)日銀当座預金 10,000

仕訳5と仕訳1を合算してみましょう。財政支出が行われることで、政府への直接貸出が行われた際の日銀当座預金10,000の減少(貸方)は打ち消されてしまいます。

金融システム全体でみれば、国内で流通している限りは政府への直接貸出には現金(日銀当座預金)を減少させる効果は無い、ということになります。

実際には、個々の民間経済主体が持つ預金口座はあちこちの銀行に分散しており、政府への直接貸出を実行した特定の民間銀行に全額、還流してくるわけではありません。

実は、国債を発行する際の資金フローも、上記の説明とほぼ同じになります。

国債(民間銀行からみると、有価証券)という形式でも、借入金(民間銀行からみるとという貸出金)という形式でも、経済的効果はまったく同じであり、資金の流れも変わりません。

国債を引き受けるのに、最初に預金の存在が必要なのではありません。

国債の発行により、預金が創造されるのです。

巷で言われるように、「民間貯蓄が取り崩されると国債の引き受け手がなくなって国債消化が難しくなる」というのは「ストレートには」正しくないという結論になりそうです。

本稿は、金融実務を複式簿記の技術で解説することが主眼であり、経済学の理論的な帰結までは判断するものではありません。

その論点については、私も勉強を続けて考えていこうと思います。

4.おまけ。預金口座を持たない反社会的勢力に貸出を行ったら。

反社会的勢力は、民間銀行に預金口座を開くことはできません。もし口座開設を申し込もうとしても「総合的に判断してお断りします」というテンプレートで追い返されてしまうことに。

なので、以下は想像上の遊びです。

黒い頭取に取り入ったのかどうかわかりませんが、なんとか銀行内部のチェックを潜り抜け、無効化し、反社が銀行から貸出1,000を受けることに成功します。反社は預金口座を持っていません。

なので、黒い頭取は、直接、紙幣1,000を金庫から取り出して反社に渡します。仕訳はこうなります。

仕訳●(借方)貸出金 1,000(貸方)現金 1,000

この現金は、日銀当座預金から引き出されてきたものです。反社への貸出実行で、日本経済新聞のいうとおり、「日銀当座預金を貸出へ振り向ける」ことが達成されました!

現金で保有されている限り、日銀当座預金は減少したままです。

さて、反社はこの1,000をどう使うのでしょうか。成長分野??

そもそもの問題として、反社は1,000のお金を銀行へ返済するのでしょうか。

反社への貸出が発覚した場合の黒い頭取の運命も合わせ、その先は想像の想像でしかありませんが・・

反社が、1,000の現金を何かの対価として預金口座を保有している「表の世界」の経済主体へ渡せば、いずれ金融システムのなかに1,000は戻ってきてしまいます。

どこかの民間銀行の預金口座へ戻ってくれば、そのとき同時に減少したはずの日銀当座預金が増加してしまうのです。

やっぱり、日本経済新聞の記事の主張は実現できません。

ということで、本日のお話は終わりです。

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