スルガ銀行のキャッシュ・フロー計算書を読む。

かぼちゃ問題~シェアハウス向けの自己資金エビデンスの改ざんなど、一連の不正が発覚して以後、スルガ銀行は銀行の生命線である「信用」を失い、預金がどんどん流出していっております。

これを見てネットには「スルガ銀行、資金繰りが苦しいのでは?」などという憶測も流れております。

さらに、webの噂、個別行の経営問題を論評しているうちはよいのですが、金融システム全体の不安を根拠なく煽るようなこともたまに見かけます。

銀行の資金繰りの仕組み、なかなか一般の事業会社とは異なり特殊です。

市販されている金融論や金融経済学、財務分析などのテキストでも銀行の資金繰りやキャッシュ・フローの仕組みを解説したものはなかなか見当たりません。

銀行の資金繰り、キャッシュ・フローの仕組みについて、一般にはなかなか理解されにくいので、根拠の薄い憶測が流れてしまうのは仕方のない部分もあるのですが。

このnoteでも、2回ほど「銀行の資金繰りの実際について」というお題で書きました。

今回は、銀行のキャッシュ・フロー計算書の読み方について、スルガ銀行の2018年9月期のものを利用して解説したいと思います。

1.スルガ銀行の営業キャッシュ・フロー、△4,320億円の意味。

一般の事業会社における営業キャッシュ・フロー、本業で現金を稼ぐ力を表していると言われます。

売上高から原価と販売管理費を差し引いたものが営業利益であり、発生主義会計を現金ベースに引き直ししたものが営業キャッシュ・フローとなります。

これは単純化した理屈であり、現実の営業利益には本業ではなく、現金の創出を伴わないものが混在しているのも事実ですが、ここでは営業キャッシュ・フローが「本業で現金を稼ぐ力」を表示していることとしてお話を進めていきます。

さて、銀行業の営業キャッシュ・フローも税金等調整前当期純利益からスタートし、減価償却費など現金の流出を伴わない費用を足し戻してキャッシュフローベースに置き換えていくことは同じです。

まずは一般事業会社のキャッシュ・フロー計算書の作成方法を説明しますと・・多くの企業が採用している間接法では、資産・負債の増減を現金の増減として計算していきます。

売掛金の増加(減少)であれば、現金の減少(増加)。

買掛金の増加(減少)であれば、現金の増加(減少)。

これは丸暗記できるものではありません。簿記の基礎を理解していれば判断できます。

現金も企業の資産の一つですので、増加であれば借方、減少であれば貸方に現金が仕訳されます。

もう一度。わかりやすいように数字を入れます。

(借方)売掛金 100 (貸方)現金 100

(借方)現金 100 (貸方)売掛金 100

(借方)買掛金 100 (貸方)現金 100

(借方)現金 100  (貸方)買掛金 100

簿記の技術(日商簿記3級程度)を理解していれば、キャッシュ・フロー計算書でどういう場合に現金が増減するのか、文章で書くよりも理解しやすいと思います。

さて、本題の銀行業のキャッシュ・フロー計算書です。

スルガ銀行の2018年9月期の連結キャッシュ・フロー計算書を掲示してみます。

画像1

画像2

ちょっと項目が膨大すぎて読めないですね。

まずは営業キャッシュフローの一部を抽出してみます。

画像3

注目していただきたいのは、「預金の純増減(△)」という科目です。預金は、銀行からみると将来の払い出しを約束して預かっているものですから、バランスシートでは負債項目です。

先程の事業会社の事例に倣いますと・・負債の減少であれば、現金は社外に流出します。表は2期並列開示で当期2018年9月期は右側です。金額単位は百万円。

仕訳はこうなります。

(借方)預金 669,654  (貸方)(現金)669,654

このキャッシュフロー計算書は6ヶ月間の累計ですが、僅か半年の間に約6,700億円もの預金がスルガ銀行から流出したことを表しております。

スルガ銀行の約4兆円残高の約17%が6ヶ月間で失われてしまったことになりますね。

他の貸出金の減少で少し埋め合わせされています。

(借方)現金 157,173 (貸方) 貸出金 157,173

貸出金の減少など他の項目で埋め合わせされていますが営業キャッシュフロー通算でも4000億円以上の現金がスルガ銀行から流出してしまったことが読み取れるわけです。

営業キャッシュフローがこれほどの巨額の赤字(現金流出)になるのはなかなか一般の事業会社では考えられない事態です。

費用が売上収益を上回るとはいっても、現金の流出にはそれなりの限度があるのが一般的でしょう。

スルガ銀行の営業キャッシュフローの巨額赤字は、本業での費用が嵩んだものではなく、預金を引き出しが主な原因であることがご理解いただけたことと思います。

2.不良債権処理とキャッシュフロー。

さて、スルガ銀行、2018年9月期では約1,000億円の中間純損失を計上しています。これは、キャッシュ・フローではなく、発生主義に基づく会計上の赤字ですね。

その赤字の最大の原因は、約1,200億円の貸倒引当金繰入額です。これは、回収可能性に疑義が生じたかぼちゃシェアハウス向けなどの貸出金を評価し、回収不能と見積もりされた額に対して評価性引当金である貸倒引当金を繰入したものになります。

企業会計上の仕訳はこうなります。

(借方)貸倒引当金繰入額 120,316 (貸方)貸倒引当金 120,316

貸倒引当金は、負債性引当金ではなく、評価制引当金なので資産の部にマイナスで表示されますが、簿記上は負債と同じく増加した場合は貸方に来ますね。

キャッシュ・フロー計算書で、負債が増加した場合の現金の増減を考えてみましょう。

前期戻入、目的使用がありますので、バランスシート上の貸倒引当金の増減は、118,511百万円の増加です。

(借方)現金 118,511 (貸方)貸倒引当金118,511

この考え方、なんだかおかしいですね。貸倒引当金の繰入は銀行内部で行った貸出金の評価であり、外部から現金を稼得してくる取引ではありません。

実は、貸倒引当金繰入により、キャッシュ・フロー計算書の出発点である税金等調整前当期純利益が、118,511百万円減少しています。

なので、営業キャッシュフローを通算すると貸倒引当金繰入は、現金の増減にはまったく影響しない、という結論になります。

ついでに、不良債権の貸倒が実際に確定し、貸出金がバランスシートから償却された場合はどうなるか、考えてみます(数字は仮に1,000とします)。

まずは、前期以前に貸倒引当金を繰入済みの場合です。

(借方)貸倒引当金 1,000 (貸方)貸出金 1,000

引き当て済みの貸倒引当金を取り崩しして、貸出金を償却します(実際には、貸出金償却 1,000で、貸倒引当金目的戻入1,000ですが、相殺されてしまいますので省略)。

キャッシュ・フロー計算書では・・

資産である貸出金が減少するので、現金の増加です。

(借方)現金 1,000 (貸方)貸出金 1,000

負債である貸倒引当金が減少しますので、現金の減少です。

(借方)貸倒引当金 1,000 (貸方)現金 1,000

両者を合わせると、現金の増減は相殺されてしまいます。不良債権処理自体は、キャッシュ・フローには影響を与えないことがわかります。

次に、引当されていない場合です。

まずは、会計上の仕訳です。

(借方)貸出金償却 1,000 (貸方)貸出金 1,000

キャッシュ・フロー計算書では・・

資産である貸出金が減少するので、現金の増加です。

(借方)現金 1,000 (貸方)貸出金 1,000

現金が1,000増えるようにも見えますが、実際には、貸出金償却で税金等調整前当期純利益が1,000減少しますので、これを合わせると両者は相殺されてしまい、引き当て済みの場合と同様、貸倒損失は現金の増減には影響しません。

これらの分解と説明により、不良債権処理は実際にはキャッシュ・フローの増減には影響しないということがおわかりいただけかと思います。

3.キャッシュ・フローと日本銀行当座預金。

一般の事業会社であれば、現金が流出してしまった場合、銀行へ融資を申し込み、なんとか資金繰りをつけようとします。

では、その銀行はどうやって資金繰りをつなぐのでしょうか。

画像4

スルガ銀行のバランスシートを参照いたします。銀行も事業会社と同じく、資金繰りのために現金・預金を保有しております。預金、銀行業では「預け金」という科目を使用していますね。

銀行がお金を預けているのは、ほぼ99%、「銀行の銀行」である日本銀行です。

2018年3月期に9,733億円あった現金預け金、2018年9月期には5,317億円まで残高が減少しております。急激な預金流出で、日本銀行に預けていた日銀当座預金が大きく残高を減っています。

預金流出は半年間で約6,700億円でしたから、このペースのまま預金減少が続いていけば、スルガ銀行が日本銀行に預けていたお金は尽きてしまう勢いです。

このままでは、資金繰りに窮して預金支払い不能になってしまうのでしょうか?

実際に預金支払い不能ということになれば、スルガ銀行のみならず、地域あるいは日本全体の金融システム不安にもつながりかねないため、日本銀行が資金供給を行う手当を施すでしょう。

中央銀行が持つ「最後の貸し手」機能というものです。

もちろん、日本銀行は無担保ではお金を貸してくれません。このような報道もありました。

2018年11月に、スルガ銀行は住宅ローン債権を証券化した受益証券を日本銀行に担保として差し入れ、3,000億円程度の融資枠を確保した模様です。

かぼちゃ🎃問題、2017年秋くらいからチラホラと噂にはなっていましたが、本格的に不正融資の手口が明らかになっていったのは2018年度の決算発表が終わったあたりからでしょうか。

報道でスルガ銀行の不正融資の実態が徐々に明らかになり一般預金者の信用を失って夏頃から一気に預金流出が加速していったように思われます。

2018年12月期決算でも、預金減少が続いており、信用不安には歯止めがかかっていないようです。

本稿執筆時で年度決算まであと2週間余り。

スルガ銀行は救済相手も探しているようですが、臨時株主総会も延期となり、具体的な案は固まってはいないようです。

今後を注目していきたいと思います。


いただいたサポートは会計・金融の専門書購入に充て、次の記事の執筆に生かします!