(詳細版)スルガ銀行2019年6月期決算を読む。証券化のお話。

はてなブログでごく簡単に「速報版」をupしましたが、こちらでは「詳細版」として短信と四半期報告書から読み取れるスルガ銀行の状況についてお話ししてみたいと思います。

年度決算から僅か3ヶ月しか経過しておりませんので、シェアハウス向け融資の状況などはほぼ変化がありません。

ただし、この四半期中にワンルームローン約1,080億円を証券化するなど、興味を引かれる取引も行われたことも開示されております。

本記事は、金融取引や銀行会計についてある程度の前提知識があれば十分に読みこなせる記事だと思います。もし難しいというご意見があれば、できる限り追加で説明もするつもりです。

なお、いつもの通りディスクレーム条項を。

本稿も公開情報のみに依拠しており、一切の内部情報を含みません。スルガ銀行に限らず有価証券投資について売買や継続保有の助言を行おうとするものではありません。

あらかじめ、お断りしておきます。

1.証券化されたワンルームローンは不良債権?

まずは、こちらをご覧ください。

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スルガ銀行、2019年3月期末から6月期末までの3か月間で、貸出金残高がおよそ1,700億円減少しています。

不正融資事件を受けて、新規の貸出実行は極端に少なくなっております(短信によりますと、3ヶ月間の個人ローン実行はわずか16億円)。

この状況では、貸出金は毎月の約定弁済で残高が少しづつ減少していきます。それに加えて、短信の注にワンルームローン約1,080億円を証券化したのの記載があり、こちらが大きな減少要因になっております。

最初に申し上げますと、この証券化は不良債権の切り離しではありません。

あくまで、正常に返済されているローンを証券化したものになります。

スルガ銀行、四半期報告書の注記に「その他業務収益」の内訳注記があり、この証券化で約20億円の売却益を計上したことがわかります。

債権(ローン)を売却して「その他業務収益」(コア業務純益に含まれる)で会計処理されるのは、銀行の自己査定における債務者区分が「正常先」「要注意先」である場合です(市販本の「銀行経理の実務」に記載あり)。

不良債権である債務者区分「破綻懸念先」以下であれば、売却益は「その他経常収益」に計上されることになりますね。

2.証券化の目的と仕組み。

ワンルームローンは、その名の通り個人不動産投資家がワンルームマンションを取得し、その家賃収入から元利金返済を受けていくもので返済期間は眺めでしょう。

銀行からは公開はされていませんが、ワンルームローンは短くとも10年、長ければ35年という超長期間にわたるものが多いようです。

この長い年月、毎月毎月少しづつローンを返済していくことになるわけですね。

さて、通常であれば、このように銀行はローンを貸出すれば毎月決まった額を顧客から(利息を加えた)返済を受けていくことになります。

しかし、この方式では元利金は少しづつしか返済されません。

銀行として、資金繰りなどのために、元本を返済してもらって現金(実際には日銀当座預金)に替えたいというニーズがあるときに、「証券化」という方式が選択されます。

証券化の目的は、35年間など長期間にわたって(少しづつしか返済されず)固定化されているローンを流動化することです。

証券化に関するR&Iの格付けリリースはこちらです。

2019年4月19日付。

「本件は、委託者の保有する投資用マンションローンを裏付資産とする信託受益権に信用格付を付与したものである」

https://www.r-i.co.jp/news_release_sf/2019/04/news_release_sf_20190419_14028_15779_1_F_jpn.pdf

証券化の流れを説明します。

まず、第一段階として、スルガ銀行はワンルームローンを外部の信託銀行に譲渡します。

信託銀行ではその束になったローンをこねこねして何本かの「証券」(信託受益権)に変換し、スルガ銀行に渡します。

ワンルームローン1,000億円を信託譲渡して、100億円の信託受益権10本と交換。この時点ではまだスルガ銀行は現金を得られていません。

証券化の目的は現金との交換(流動化)ですから、さらに第三者(資金運用をしたい機関投資家)にこの信託受益権を転売しなければなりません。

ある機関投資家は、安全でかつある程度の利回りが得られる見込みがなければこの信託受益権を購入しようとは思わないでしょう。

あるいは、リスクをとってもいいから、もっと高い利回りが欲しい、という機関投資家がいるかもしれません。

ワンルームローン、短信によりますとこのマイナス金利政策下で異例とも思われる3.5%くらいの利回りが得られます。

マンションの立地条件や老朽化などで空室となり返済が滞って貸倒れとなるリスクも相応にあり、この高いリスクが3.5%という利回りに反映されていることになります。

信託銀行は、信託受益権をさまざまなニーズがある機関投資家に合わせて、それぞれが欲しい安全性(リスクの程度)と利回りが得られるように信託受益権に優先・劣後の構造を付けて切り分けるという技術を用います。

ワンルームローンが貸倒になれば、まず劣後部分の信託受益権が元利金を得られなくなります。

優先部分の信託受益権は、劣後部分がぜんぶ毀損して初めて元利金の支払いが滞るという契約にしておけば、極めて安全性の高い証券になるというわけです。

なお、信託受益権が優先・劣後に切り分けされたとしても、ワンルームローンの「束」が持っていたリスクが薄まったり消滅したりはしません。

リスクは、貸倒が起きた場合先に毀損する劣後部分に「寄せられる」だけです。

このテクニックにより、優先部分は、リスクが劣後部分に移転された分だけ利回りが低くなり、劣後部分はリスクが濃縮されて利回りが高くなるということなります。

第2段階として優先・劣後構造になった信託受益権を外部の機関投資家へ転売します。ここで、スルガ銀行は現金(日銀当座預金)と売却益を手にできることとなりますね。

なお、劣後部分は購入したい機関投資家が現れず、スルガ銀行が継続保有し続けているとも思われます。

また、優先と劣後の間に、中間的なリスクを持つ信託受益権が組成され、リスク選好が高い投資家に販売されていることも考えられますね。

3.何のために証券化をしたのか?

証券化の目的は、長期間にわたり固定されているローンを流動化し、現金に替えることが目的だとお話しました。

スルガ銀行、信用失墜から預金流出が続いておりますが、この証券化がなくとも日銀当座預金に約4,000億円の残高があり、預金減少ペースが鈍化したことも合わせると明日にでも資金繰りに窮するとは思われません。

また、ワンルームローンは変動金利です。

証券化のもう一つの目的として、固定金利のローンを金利低下局面で売却し、含み益を「一気取り」ということもありますが、市場金利に連動して動く変動金利ローンでは、金利が低下としたとしても時価はほぼ簿価と同じで含み益が乗るということはありません。

今回の証券化で得られた売却益は約20億円あまりしかありません。

売却益の正体は、信用リスクが「寄せられたこと」による「引き受け益」の性質(機関投資家がリスクから逃れられた益)ともいえるかもしれません(なお、劣後部分を継続保有していると仮定すれば、証券化の前後で、ワンルームローンでスルガ銀行が負っている信用リスクの「総量」は変化していないはずです)。

スルガ銀行、2019年6月期の最終利益は34億円あまりで、この証券化による売却益20億円と株式売却益18億円がなければ、黒字確保も危うかった可能性もありますが、途中経過に過ぎない第1四半期の期間損益確保のために、長期間にわたって利息収入を生むであろうワンルームローン1,080億円を手放してしまうだろうか・・筆者としては疑問を持つところであります。

証券化についてはこれで終わりですが、表面利回りは横ばいにもかかわらず利息収入が低下傾向であること、役務費用の増加など他にもいろいろ開示財務諸表から読み取れることについてもお話できるかと思います。

~御礼~

Twitterで金属オマールさん(@Homardkun)からご教示いただきましたが、今回の証券化で、劣後部分は約30%とのことで、優先部分はAAAの格付けを取得したとのことです。

ご教示に感謝いたします。なお、本文に誤りがあった場合、すべての責は筆者たる私にあります、ご指摘ください。

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