銀行業における固定資産の減損について。みずほFGの場合。

先日、みずほフィナンシャルグループが、店舗の損失で数百億円、ソフトウェアの損失で数千億、合わせて5,000億円の固定資産を「減損」するとの発表を行いました。

減損とはなんでしょうか。

減損とは、企業が保有している固定資産の簿価が一気に切り下げられ、損失処理されることです。

なぜ、減損がおきるのか、そもそも企業が固定資産を保有しているのはなぜなのか。それは企業会計上、どうあらわされているのかを述べてから、そのお題を解いてみようと思います。

0.どうして、企業は固定資産を保有するのか。

企業は、土地や建物、パソコンなどの有形の動産、ソフトウェアなどの無形資産などなどの固定資産を所有し、事業の用に供しております。

固定資産を所有する目的は、企業が営む事業の種類により様々です。

不動産業であれば、販売するための商品として土地・建物を仕入れ、それを仕入れ値より高く転売することで利益を得ます。それ以外の業種であれば、固定資産を転売して儲けようという目的で固定資産を取得するのではありません。

多くの営利企業では、そこを店舗として利用し、来店する顧客に何かを販売して利益を得るための拠点とするのが固定資産取得の目的であるはずですね。

あるいは、固定資産そのものを賃貸して(自社の利益を上乗せしたうえで)地代・家賃を得ることを目的にしているのかもしれません。

土地以外の固定資産は、ずっと使い続けられるわけではありません。

建物は風雨にさらされて傷み、パソコンやコピー機などの事務機器は部品が摩耗しソフトウェアは陳腐化していきます。固定資産の価値は、時の経過とともに下がっていくわけです。

企業は、事業で利益をあげて、固定資産が傷み切って陳腐化してしまう前に、固定資産を取得するのにかかったお金を回収しなければなりません。

一般にも、「元がとれた」「投資が回収できた」という言い方もあります。

事業が上手くいって、固定資産を取得するのに支払った資金が回収できれば、問題ありません。

でも、高いお金を出して土地・建物を買い、パソコンを備え付け、そのPCのなかに商品・サービスを提供するためのソフトウェアもいれたのに。

お客さんが来てくれない。あるいは、想定よりも儲からない。

固定資産への投資が失敗したのです。

上手くいっている場合と、失敗した場合。

それぞれのお話を整理して、減損がおきるのはどんなときなのか、書いていこうと思います。

1.通常通り上手くいっている場合。減価償却。

最初に述べましたとおり、土地以外の建物、動産は物理的に傷んでいきますし、無形のソフトウェアも陳腐化して、その経済的価値が低下していきます。

固定資産の経済的な価値の低下を客観的に測定するのは難しいのですが・・企業は毎期、財務諸表を作成してその財産と損益の状況を開示、報告しなければなりません。そのためのルールが定められています。

減価償却という技術です。

固定資産の経済的価値の低下の速さは、一律でありません。そこで、一定の仮定を置きます。この固定資産は、このくらいの年数で傷んだり陳腐化して価値がなくなる。その価値の減り方は一定だろう(または最初が大きくて後はゆっくりだろう)。

一定であれば、「定額法」というです。最初が大きくて、後はゆっくりだろう、というのが「定率法」という減価償却方法ですね。

また、固定資産がどのくらい持つかですが・・鉄筋コンクリートづくりの建物であれば数十年も持つでしょうし、技術の進歩が速いソフトウェアでは数年も経たず陳腐化してしまうことでしょう。

耐用年数、というものですね。

取得したときから、何年で減価償却するのかということに、耐用年数は使用されます。

こちらも、税法では法定の耐用年数というものが定められており、多くの企業は税法通りの耐用年数に従ったり、あるいはそれを参考に企業の実態に合わせた年数で減価償却を行っています。

今話題のソフトウェアの税法の耐用年数は5年ですね。

ある年の期首に100億円のソフトウェアを取得したとすると、毎年200億円づつ、5年間にわたって減価償却されるという仕組みになっています。

この減価償却は、会計上の「費用」であり、事業で得られた「収益」と対応させられて、その企業がその年にどのくらいの利益をあげたのかという計算の一要素になっております。

このような減価償却という方法により固定資産の取得原価が費用化されていくのは、事業が上手くいって、固定資産に投じた資金の「元が取れる」「投資が回収できる」場合です。

ところが、事業というのは上手くいくことばかりではありません。

企業を取り巻く経済環境は速いスピードで変化していきます。

上手く変化に対応できないと、事業の採算性が悪くなり、やがて赤字に。固定資産に投じた「元」が回収できなくなってしまうことになります。

そんなときは、別のルールが適用されます。減損です。

2.固定資産への投資が失敗した場合。減損。

減価償却は、固定資産の取得原価を、その耐用年数にわたり規則的に費用化していく技術です。

また、固定資産がバランスシートに計上されているのは、その事業年度末にこのくらいは費用化されずに残っているという意味と合わせ、その固定資産が未来の収益獲得に貢献できる=資産性があるということも表しております。

固定資産は一塊になって、事業に使用されております。

店舗は、その土地・建物だけではなく、中に設置されている様々な事務機器、支援するソフトウェアなども組み合わされた資産でグループになっています。

多くの企業では、財務報告に使用される一定の規則に基づいた外部報告用の財務会計ではなく、内部で店舗の採算性を測るための管理会計の仕組みをもっているでしょう。

減損では、その管理会計の仕組みを利用します。

固定資産一つ一つについて、資産性をはかるのではなく、他から独立してキャッシュ・フローを生む資産を一塊にし(グルーピング)、この単位が赤い字なのかどうかを、まず観察します。

これで、一過性ではなく2期連続の赤字など、「元が取れなくなる」状況になっているかをみて、これに該当すると「減損の兆候あり」というカテゴリーにくくられてしまいます。

その後、現在の固定資産の簿価が回収可能であるのか、ちょっと難しい計算をして比較、「元がとれない」という場合になれば、回収可能額まで一気に特別損失として簿価を切り下げすることが必要となります。

これが、固定資産の減損です。

前段のお話はこのあたりで、次は銀行の店舗とソフトウェアの減損についてお話いたします。

3.銀行店舗とソフトウェアの陳腐化について。

銀行の支店(営業店舗)は、預金を集め、貸出を行い、為替など様々な決済サービスを提供する拠点になっています。

昔であれば、預金を集めればいくらでも貸出先があり、規制金利により利ザヤは確保、たまの貸倒も、担保土地の処分と潤沢な利益で回収できていました。

新しい店舗を建てて人を配置すれば、どんどん預金も貸出金も増加して自動的に銀行の規模も利益が拡大することが確定していた時代もあったわけです。

その時代、銀行の新規出店は大蔵省(当時)に厳しく規制され、ようやくお許しが出るとわざわざ銀行の頭取が大蔵省へ出向いて、お許し状を「拝受」するという儀式もあったと聞きます。

さて、時代は移りまして、店舗にわざわざやってきて窓口で預金取引をするのは、ATMを使えない年金生活者くらいになりました。

店舗に配置されている銀行の営業担当者は、お金を借りてくれる企業を必死に探していますが、もう経済構造は変化し、優良な事業法人には資金需要がないことはご承知の通りです。

さらに追い打ちは日本銀行のマイナス金利政策です。

これにより、長く続く金融緩和(低金利)政策と激しい競争もあってもともと厚くはなかった預金と貸出金の利ザヤは、限りなくゼロに近づくことに。

また、伝統的に資金決済に使われていた為替取引も、他の事業体が安価で手軽な決済手段を提供してくれていることもあり、年々取引量が減少しています。

手数料を獲得できると期待されていた投資信託や年金保険の窓販も、顧客本位の経営を求める金融庁の監督が厳しく、売買のたびに手数料を取る回転売買行為や略奪的な手数料を取る複雑な年金保険を売りつけることはできなくなりました。これも、多くの手数料を獲得できているわけではありません。

以上で述べたように、銀行がわざわざ固定資産を取得して店舗を構えても「元を取る」ことが難しくなっているのです。

減損処理されたのは、物理的な形がある店舗の土地建物だけではありません。

預金・貸出金など、リテールバンキングと呼ばれる個人、中小企業向けの銀行業務に必要なソフトウェアも多く減損されました。

今回注目されるのは、ソフトウェアの減損です。最後にそちらについて述べようと思います。

4.みずほFG減損手法の地銀への波及について。

最後は会計技術と銀行のビジネスについて、ちょっと専門的なお話になります。

減損の判定にあたってグルーピングされる銀行の資産は、それぞれの店舗を基礎とし、複数の拠点でくくられているケースが多いです。

最近は、どこの銀行でも経営資源を集約するために法人融資を大型の母店に集約し、それを囲むように預金吸収の小型店などを配置、重複している店舗は統廃合していくという動きになっています。

銀行内部の管理会計でも、このグループを減損会計上のグルーピングとしており、このグルーピング方法は有価証券報告書にも注記されています。

今回みずほFGの減損で新しい手法だと感じたのは、店舗(リテールビジネス)に付随しているソフトウェアまで、減損処理していることです。

通常、ソフトウェアは特定の店舗にはひもづけられないので、「共用資産」とされているケースが多く、これが減損されるのはまず、あり得ない状況だったのですが・・どうやらみずほFGはリテールビジネスそのものが「赤字」であり「元が取れない」という判定をしたものと推測されます。

これは、みずほFGよりもずっと規模が小さく、さらに収益確保に苦しんでいる多くの地方銀行にとって厳しいものを突き付けているのではないかと。

多くの地銀は、リテールビジネス自体ではほぼ赤字状態であり、本店や地域母店などを除いた中小規模の支店について、土地・建物の減損処理を強いられております。

それでも、みずほFGのような巨額のソフトウェアまで減損している地銀は見当たりません。

しかし、本noteの別記事で取り上げているように、コア業務純益自体が赤字という地銀もあり、監査法人からソフトウェアまで減損すべきではないか、という指摘がくるかもしれません。

聞くに、どこの監査法人も銀行の業態としての苦しさは理解しており、どこの地銀にも厳しめに減損を見積もりしてくるよう監査を厳格化しています。

想像ですが、みずほFGのソフトウェア減損を受けて、地銀にもそれを指摘してくるやも。

私の想像ですが、その方がマイナス金利に苦しむ地銀の状況を的確に財務諸表に反映できると言えるのかもしれません。

3月決算、そのような事態に追い込まれてしまう地銀は出てくるでしょうか。

5.オマケ。固定資産の減損損失と時価会計。

 一部の新聞報道で、固定資産の減損が「時価が下落したから損失が出た」というような記述がありましたが、減損会計は固定資産の期末に時価を評価し、バランスシートの金額を評価替えするような時価会計の一種ではありません。

減損の兆候を見るための基準に、時価の著しい下落というものが挙げられていますが、金融商品会計とは異なり、時価の下落がそのまま減損に繋がることはありません。

時価下落の場合でも、その固定資産グループが営業キャッシュ・フローを生み出しており、固定資産に投じられた簿価が回収できれば減損まではされないのです。

減損は取得原価主義のなかでおこなわれる簿価の臨時的な減額であることにご留意ください。



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