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『酔わせる映画 ヴァカンスの朝はシードルで始まる』 月永理絵 著

映画と酒。まるで僕のために書かれたような書籍。
それにしても酒というひとつの切り口で語るだけで、これほど映画の見通しが良くなるものか。輪郭がくっきりしたり、見えていなかったところに気づかされたり。知っている映画が今までとは違って見える瞬間が次々にやって来る。新鮮で面白い体験の連続だった。

酒に続く切り口はなんとりんご、さらには食全般へと移っていく。それでもこの本の面白さは全く衰えない。特にりんごの章を読んでいる時に観た映画で、そのりんごが立て続けに登場してくるのには驚いた。『フェーム』では、学食の即興ライブに馴染めない声楽課の女学生が階段に座ってリンゴをランチ代わりにする。『煙突の見える場所』では、綺麗に皮をむいた上原謙が、歯が悪くで食べられない田中絹代を尻目に、まるごと一個のりんごにかじりつく。『幽霊はわがままな夢を見る』では、指を詰められるのではないかと加藤雅也を怯えさせたナイフで、不敵な笑みのしずちゃんがりんごを切り分ける。『オッペンハイマー』でも『だれかが歌ってる』でも、これほど頻出して登場するアイテムが他にあるのかちょっと思いつかないほど。スクリーンに登場するりんごをもう無視できなくなってしまった。

新しい視点で映画を観ること、新しい視点で映画を語ること。この面白さは、映画体験が決して定型的で一様なものではないことを証明している。
映画世界は想像を超えてはるかに豊かで、まだまだ僕はそのとば口で呆然と立ち尽くしているだけだ。

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