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正義のミエカタ

“争う人は正しさを説く 
正しさゆえの争いを説く
その正しさは気分が良いか
正しさの勝利が気分良いんじゃないのか”

「正義」とは何ぞや?

これは俺が捕まっちまった時の話。

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当日。
時刻は朝7:00頃。

店のソファで寝てたからボンヤリしてたんだ。

世間は相変わらずのコロナ禍。

ましてや朝っぱらだ。
こんな時間に客なんて来やしない。

なのに何かが割れる大きな音がした。

!

慌てて飛び起きると
眼の前にはガタイのいいオトコ。

襲い掛かって来た。

うw!

無意識に。
咄嗟に。
拳を振り上げた。

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俺は下北沢のBAR「風」のマスター。

何だかんだで20年近くやってる。

別にめぼしい酒を置いてる訳ではないが
土地柄、役者やミュージシャンの客は多い。

もちろん看板メニューなんてものもない。

ついでに愛想もない。

気に食わない客は初見で帰す。
だから客は殆ど常連。

それで20年やってきた。

知ったこっちゃない。
俺の店だ。

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今思い返せばあの日はちょっと変な日だった。

国や都から足蹴にされた飲食店は「20:00閉店」とのお達しが出てる中で、飲み足りない連中のストレスが一気に集まったように店は大忙し。

昼間っから飲んでた奴が帰ったと思えばまた誰かが来る。
なんせ客足が途絶えない日だった。

常連の乾さんが店に来たのはちょうど19:00頃。

旅の話や週末のレース予想をしつつ
しっかりと20:00には看板の電気を消し閉店した俺。

「こんな日がいつまで続くのやら...」
と乾さんは呟いた。

2月だというのに薄ら温かい夜だった。

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乾さんとはもう15年位の付き合いになる。

元々は飲み屋の知り合い。

当初はギャンブル狂の売れない役者だったが、あるドラマから知名度が上がり、今では割と知れた顔になった。

芝居ができない世の中で役者連中は困窮していたが、ちょい役から主役までやる乾さんだけは羽振りが良かった。

自分の名が入った看板番組からドラマやら映画やらの出演オファーが絶えないのには飽き足らず、バンドまで結成し相変わらず好きなことをやっていた。

けど売れてからも当の本人は全く変わらなかった。

忙しい中でも「ここが落ち着く」と
食えない役者仲間を連れてよく来てくれた。

コロナが収まったら...と旅の話も進んでいた。

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かれこれ2年も続くコロナ禍だが、懐は給付金なるもので賄えた。

何もしないで1日数万円入るわけだから、俺みたいな小規模店には願ったり叶ったり。まともに営業するより身銭が入るんだから、日毎バタつくNEWSを横目に何ともありがたい話だった。

「悪銭身につかず」とは良く言ったものだが、相変わらず後手後手の政策を笑いつつ同業者と今後の税金対策の話で盛り上がった。

稼ぎ過ぎるもの何かと問題なんだよ。

俺はこの店と酒と煙草と競馬。

気が向けば旅に行く金があるだけで良かった。

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20年もやってればそりゃいろいろあった。

元々通ってた店を居抜きで引き継ぎ、やりたいようにやってきただけで、
特に儲けようとも評判の店にしようとも思ったことはない。

俺は好きな客と好きな話ができれば良かった。

売れない役者が売れてく様も、新卒から起業して稼げるようになる姿も、
街に来るもの去るもの、大女優、LGBT、貧乏金持ち、いい女も悪い女もすべてこのカウンター越しに見てきた。

そう言えば結婚を考えた事もあったな。

いい女だったが結局俺がハッキリしなくて駄目になっちまった。

元来向いてないんだよ。
結婚なんて。

とは言え客の結婚式にはよく行ったものだし、
客の幸せは単純に嬉しいものだ。

携帯やパソコンなんてものも必要なかった。
連絡は店の電話。

会いたけりゃ店に来て飲んでけよ。

年中無休。
俺はいつも此処にいる。

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季節の変わり目には旅に出たくなる。

そういう時は常連を誘って、別の常連に店番を任せて旅に出た。

旅の予約も運転もできねぇが
飲みながら旅先がパッと決まっちまうあの感じが好きなんだ。

土地の肴と美味い日本酒、有名な観光地はちょっと見られればいい。

旅の話が1番好きかもしれないな。
何かを忘れさせてくれるし何かを思い出させてくれる。

近々、乾さんと旅の話をする予定だった。

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その日はよく晴れた朝だった。

防衛本能と寝起きとの間で殴ったことは正直良く覚えていない。

「襲われる・襲われてる」と咄嗟に理解した俺は襲ってきた男を熨(の)していた。

壊れた店の扉を見つつ、男の様子を伺った。
動かない。

どこで何をしてたか知らないが全く知らない奴だった。

この時期の冬の匂いがした。

どこからともなくパトカーと救急車がやってきた。

「誰かが通報したのか...」

そんな事をぼんやり思った。

気がつけば留置場にいた。

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北沢1番。

それが俺の名だった。

押し込められた殺風景な部屋には2人の男がいた。

挨拶変わりに話を聞くと「〇〇所持」「○○詐欺」でしょっぴかれたらしい。それ以上深く聞く意味がないと思い閉口した。

時間の経過と共に
「何故俺はこんなところにいる?」との怒り感情が収まらない。

突然襲ってきたあの男への怒りだけで1晩過ごした。

久しぶりに畳の部屋で知らない奴と寝た。

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腹が減っていたが、まだ飯を食う気になれなかった。

なんせ米が冷たい。

ここで温かいものと言えば朝晩の味噌汁と昼の白湯とお茶くらい。
店屋物(カツ丼・天丼・親子丼等)も頼めるが着のみ着のまま連れて来られた俺には手持ちの金がない。

冷たい米に貧素な付け合せ。
昼はコッペパン。

気が滅入る。

朝昼は耐えられたが、さすがに夜は食った。

PCR検査は陰性だったが、冷たい飯には味も匂いもしなかった。

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シンドイのは何もすることがないことだ。

同居人?とひたすら時間を持て余す。
立ち仕事に慣れている俺は座っているのも落ち着かないが
1人で立っているのもバツが悪い。

2人に断りを入れ、狭い部屋を歩き回ったりしたが兎に角やることがない。

誰か来たかと思えば、また不味い飯が来る。
本も読んでも全然頭に入らない。手持ち無沙汰にまた歩くの繰り返し。

「あぁ、こうやって精神的に追い詰めてくのか...」と理解しながら
不味いコッペパンを渋々齧った。

その時

「北沢1番!」

看守の呼ぶ声がした。

その名前で反応してしまう自分が悲しくなってきた。

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来訪。

数日店が真っ暗な事を不審に思った乾さんが大家に掛け合い、ここまで会いに来てくれた。

会う約束をしていた事が功を奏した。

事情を説明すると、乾さんは当座を凌ぐ金と専門の弁護士を斡旋してくれた。

差し入れのギャロップを見ながらカツ丼を食った。
肉と衣、卵の甘みが身に沁みた。

久しぶりに旨い飯だった。
久しぶりに温かい飯だった。

怒りも少しだけ和らいだ。

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弁護士には2種類いる。

良いことから話す奴と悪いことから話す奴だ。
後者だった弁護士はいけ好かない奴だった。

乾さんの事務所から紹介された奴だったから文句は言わなかったが、
「賠償がなんだ」「後遺症が残ればなんだ」と悪い事ばかり話しやがる。

ちょっと待て。
襲われたのは俺の方だぞ。

俺の正義はどこへ行った?

勿論殴った俺は悪い。

重々承知だ。

俺はただ襲われた「俺の正義」を理解してくれるだけで良かった。

弁護士か何か知らないが学だけある奴は必要なかった。

何故か「正義」という言葉が俺を支えていた。

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何故こんなことになった?
何故俺の店を襲った?
そもそもあいつは誰だ?

そんな事が毎晩ぐるぐると脳内を巡回した。

店を襲ってきたから防衛した。
完全な正当防衛だろ?
何が悪い?

アメリカなら銃で1発だ。

何故俺が悪い?
殴っちまったからか?
殴らなかったら、撃たれたかもしれないんだぞ。

考えれば考える程、怒りで大声を挙げそうになったがジッと耐えた。

叫んでもしょうがない。

夜毎、他の2人もブツブツ言ってる気がした。

暗闇には怒りと辛気臭い畳の香りだけが漂っていた。

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担当も嫌な野郎だった。

何を言ってても
「お前のようなクズは絶対ブチ込んでやる!」
「他にも何かやってるだろ?」
そんな目をしていた。

逆らっても何の得もないので、黙ってはいたが
不味い飯と陰気な看守、知らない連中との毎日は日に日に俺の精神を前後に崩していった。

俺を支えていたのは「正義」。
いや。「怒り」だったのかもしれない。

後は乾さんが差し入れてくれた「週刊ギャロップ」。

本当に穴が空く程、読み込んだ。
けどここで馬券は買えない。

何でもない日常を心底欲していた。

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去年は日常を忘れたくて旅に出た。

下北沢から京都を目指す旅だ。
新幹線でビューっと行って清水寺を拝んでくるような話じゃない。

2週間掛けて自転車で行く。

約400km。

箱根の山々を超え、浜名湖で鰻を食い、名古屋で味噌カツを食い京都を目指す。
野宿しながら土地の景色を見ながら、ひたすらペダルを漕ぐ。

立ち仕事で足腰の強さに多少自身はあったが
これは俺なりの体力測定。

元自衛隊のチャリンコ好きに誘われた話だったが自転車旅は初だったし野宿旅も興味をそそった。

意気揚々とソコソコ高いチャリンコを買いキャンプ道具を買い集め準備に勤しんだが過酷な旅だった。

道中の坂道は本当にキツかったし、トンネルでは轢かれそうになるし何より遠かった。

無事に帰って来れたが「もうチャリ旅はなし」が俺の結論だった。

しかし、今の方が過酷に思える。

無事にここを出れたらまたチャリ旅に出ようと思う。

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相変わらず雇った弁護士はパッとしなかった。
そのアシスタントはもっとパッとしなかった。

学があり優秀なのかもしれないが性に合わなかった。
弁護してくれりゃいいのにマイナス発言ばかりしやがる。
終いには金の話までしだす、何とも気の利かない奴だった。

苛立だった毎日のせいもある。

警察も弁護士も自分が偉いと思っているのか
何でもかんでも上から見やがってコノヤローだ。

改めて「クソみたいな国だな。」と思いつつ
それとなく神妙に話を聞き流していた。

幸い給付金で金ならある。
ざまみろぅだ。

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かれこれと審理は進んでいた。

相手側は何故か黙秘を続けていて
これ以上のお咎めはなしとのことになりそうだった。

幸い後遺症もなさそうだった。

とは言え言い渡されたのは
傷害罪。
罰金50萬。

プラス気の利かない弁護士への弁護料60萬。

計110萬の出費だ。

正当防衛も通らず、1発殴っちまっただけで110萬。

なんなら金はいい。
俺の正義はどこへ行った?

それだけハッキリさせたかったが
こんなんになっちまって
「金で済んだんだから、まあ良しとしなよ」
と言われ、ますます腹が立った。

が。ここも神妙に話を聞きいた。
ここで突っ込むと話が長くなりそうな気もしたし
理由は何であれ殴った俺も悪い。

何よりこれ以上関わりたくなかった。

早く外へ出たかった。

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「ここ出たらやっぱり最初はビールですか?」

パッとしないアシスタントにパッとしない事を聞かれた。
相変わらず気が利かない奴だ。

バカ言うんじゃない。
ここを出たらまずはタバコとコーヒーだ。

酒よりタバコが限界だった。

明日朝から缶詰にされるが夕方には自由になれるだろう。

もう少しと思うと我慢できる気もしたし
居ても立ってもいられない気にもなった。

脳内はタバコとコーヒーの匂いを思い出していた。

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解放。

「タバコ吸える喫茶店とか探しておきます。」
と言ったくせに結局見つからず、俺達は日比谷公園の喫煙所に向かった。

当然コーヒーもなく
「買ってきます!」と言ったアシスタントを待ちながら迎えに来てくれた乾さんとタバコを吸った。

忘れていた味・感覚・煙が身体中を一気に駆け巡った。

思わず空を見上げて目を瞑った。

「ふぅ〜」

冷たい風も曇天も
自由を感じる瞬間だった。

その時、コーヒーを買いに行っていたアシスタントが戻ってきた。

弁護士になったくらいだから学はあるのかもしれないが最後の最後まで気が利かない奴だった。

2月の寒空に渡された
缶コーヒーは冷たかった。

この後に及んで、俺を冷っとさせてどうする?

ホットコーヒーが飲みたかった。

公園では1羽のカラスが鳴いていた。

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20days。

こうして俺は日常に帰って来た。
店が懐かしく感じた。

世は相変わらずのコロナ禍。

無能な政策、嘘だらけの官僚。
くだらないNEWSばかりだ。

人流も減らない。感染者も減らない。
これだけ長期戦になるとさすがに皆疲れている。
日替わりの専門家が感染者数を武器に脅しているようだった。

雇い止めで貧困に喘ぐ市民のインタビュー。

結局1年前と何も変わっちゃいない。

案もない。策もない。
もちろん正義もない。

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誰も来ない店を閉めて散歩に出た。

見慣れた街並みに人気はなく
すっかり世の中は変わっちまった。

「Stay Home」とか「家にいろ」なんてお上が言うんだから仕方がない。

誰のせいでもない。

いい歳こいて、人殴って20日間も閉じ込められからじゃないと気づけなかったこともある。

缶ビールを買うつもりだったが
今日は酒を飲む気にはなれなかった。

店のソファで眠った。

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翌日。

ダンボール張りだった壊れたドアのガラスの修理を手配をした。

尽く下手打つ無能な政府のコロナ対応に呆れながらコーヒーを淹れた。

いつもより美味かった。

何でもない日常。
皆求めてるのはそれじゃないのか?

金や名誉や金品は、留置所にもあの世に持ってけないんだから
いいじゃねぇか。ある程度あれば。

他に何が欲しい?

新しくなったドアを見て
「俺の正義」は分からないままだったが
俺は「正義」を間違えてるとは思えなかった。

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乾さんとささやかな「帰還祝」を行った。

缶ビールを飲みながら改めて俺の正義を話してみたら
「難しい話だな」と言い
バンドで中嶋みゆきをカバーすると話してくれた。

Nobody Is Right。

正しさと正しさとが 相容れないのはいったい何故なんだ?
Nobody Is Right, Nobody Is Right, Nobody Is Right, 正しさは
Nobody Is Right, Nobody Is Right, Nobody Is Right, 道具じゃない

ピン来るような来ないような複雑な気になったが、しんみりしそうだからこの話は止めておいた。

乾さんもそれとなく話題を変えた。

まあいい。

ビールも旨いしタバコも美味い。
俺はこんな日常でいい。

怒りからは何も産まれない。

今日は旅の話をしよう。

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