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怒ってる?

僕は菩薩観音が如く悟りを開いているので、機嫌の良し悪しで身近な人間に当たり散らしたり、態度を変えたりすることはない。他人の言動で心がざらついても、努めて冷静に―笑顔とは言わないまでも―普段通りの対応をするようにしている。それは対面のコミュニケ―ションでもそうであるし、TwitterやLINEなど対面のコミュニケーションではなく文章のみのやり取りにおいても変わらない。

でも、たまにどうしようもなく心がざらついたとき、いくら菩薩観音が如く悟りを開いてはいても、ただの20代の若者である僕は修行が足りないのか、日本の古くからの銅像のような得も言われぬ微笑みを顔面に貼り付けることができなくなる。それはもちろん対面のコミュニケーションでも文章のコミュニケーションでもそうだ。

仕事をしていてメールの返信が遅い人はけっこういる。こんなことを言っているが、僕も人間なのでさすがに忘れることがある。だから、ちょっと遅いくらいではああだこうだ言わない。自分ができていないのだから、他人に指摘するのは道理に合わない。でも、僕の個人的な感覚では、2週間も返信がないのはさすがに問題があると思い、「下記の件はいかがでしょうか?」と再度、メールを送ったものの3日以上経っても今だに返信がない。何の音沙汰もなく、途中経過の報告もない。急ぎの案件ではないが、甘やかすとろくなことにはならないので、今後どういった態度に出ようか思案を重ねている最中だ。

メールの返信が遅いということは世界中で溢れている陳腐な出来事だ。3日返信がなくても怒涛のように怒り狂う人もいるだろうし、僕みたいにそこまでの人もいる。もちろん仕事なので、当事者がカリカリするかはその事案にどれだけ緊急性があるかということに深く関係してくる。また、プライベートの場合はまた少しその趣が変わってくる。

ここからが本題である。そして、例えば、プライベートで女の子からのLINEの返信が遅いということに怒り狂う話を今からするのではない。むしろ逆だ。

20数年生きてきて、似たような女性に3回ほど遭遇した。年齢は忘れてしまったが、普通に飲みに行っても僕は楽しいなと思える人だった。相手がどう思っていたかは今となってはわからない。ただ、そのあともLINEのやり取りは継続していたので、そこに恋愛感情が入っているか否かに関わらず、少なくとも僕とやり取りすることを億劫には感じていなかっただろうし、早い人で数分後、遅くてもその日までにはLINEの画面には既読という文字が刻印されていたし、ちゃんと返信があった。

僕は昔から絵文字や顔文字をあまり使わない。自分で積極的に使おうとはあまり思わないし、「この人には絵文字と顔文字を使おう」とか「この人には絵文字とか顔文字は使わないくていいや」といった具合にあくまで自分自身の気分でしかない。Twitterをやっているときも僕の中では呟くというより文章を書く感覚に近いから、絵文字と顔文字はほとんど使わないし、使うときは対象を貶したり馬鹿にしたりするときといった捻じ曲がった使い方をしているときがほとんどだ。グループLINEを見ていても、目の前では非常に様々なスタンプの応酬が繰り広げられ、僕はと言うとスマホに内蔵されているありきたりなスタンプしかなく、そもそも根本的にスタンプを使いたいと思わない。

上に挙げた女性3人にはけっこう無理をして顔文字や絵文字を、はたまた初期設定のありきたりなスタンプを使っていた。自分としてはけっこう頑張っている方だ。

僕は菩薩観音が如く悟りを開いているので、機嫌の良し悪しで身近な人間に当たり散らしたり、態度を変えたりすることはあまりない。他人の言動で心がざらついても、努めて冷静に―笑顔とは言わないまでも―普段通りの対応をするようにしている。それは対面のコミュニケ―ションでもそうであるし、TwitterやLINEなど対面のコミュニケーションではなく文章のみのやり取りにおいても変わらない。

でも、どうしようもなく疲れたときや僕のLINEに光の速度で既読が刻印され、マシンガンが如く通知音が鳴ると、さすがにそれが疎かになる。

所詮、修行の身である。あまりにも疲弊してしまうと・・・・・・「うん!」、「そうだね」、「了解!」、「ありがとう!」、「遅くまでお疲れ様!」などの煌びやかなネオンとは真逆の無味乾燥な短文を並べてしまう。

おそらくこんな返答を意に介さない人は大勢いるだろうが、上に挙げた女性3人の返信は決まって一緒だった。

「怒ってる?」

決して怒っているわけではない。確かに顔の表情は死んでいるし、体は疲労困憊だ。特別な意味など何もない。ただ単純に絵文字などを使う気力すら起きなかっただけだ。

この一言で自分自身で築き上げた菩薩観音が音を立てて崩れ落ちる。ザーと潮が引いていくように冷めていく音がする。

絵文字と顔文字がないだけで「怒ってる?」などと返信されたら会話が成り立たないではないか。

そういえば、大学の友人とよくメールのやり取りをしていたときに言われたことがある。

「〇〇っていつも語尾に音符ついてるよな」

大学のとき、友人にメールを送るときは語尾にいつも音符の絵文字を付けていた。今でこそ絵文字も顔文字も要らねえと思っているが、当時は「なんか付けておいた方がいいんだろうなあ」と思っていて、自分でもよくわからないが、音符を付けていた。

友人にそう言われて、僕は「いつも死んだ顔で音符付けてるから」と返信した記憶がある。

そう、だから絵文字も顔文字も特に意味をなさない。絵文字とか顔文字、はたまた可愛らしいスタンプなんかに拘泥し、「どれを使おうかなあ」なんて選ぶ時間があるのなら、丁寧な文章で相手に意思を伝えることに時間を使った方がいいと思う。

#エッセイ #LINE

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