医爆者運動による緊急声明
電離放射線、生涯にわたって身体とその原案に刻まれるこの改廃作用は、むろん自然の所有に属するが、同時に人間の掌中にあるものでもある。人工放射線という危険な技術が現在、医療・検診現場にて最も頻用されている。
であるからして、これらの施設は発ガンの片棒を担いでいる可能性を持つ。それらがもし社会的に廃止されれば、発ガン因子は社会から一つ消えることになるだろう。
しかし同時に、医療技術による、自然発ガンの治療や発見もまた不可能になる。すなわち、自然発ガンと人工発ガンの対立を証明するものこそが医療である。両者は医学的には見分けがつかないが、社会的には全くもって別物である。
自然発ガンは人間の天然寿命の原理に則する。では人工放射線は? この問いはナンセンスかもしれない。なぜなら、人工放射線のエビデンスは、現在確認中だからである。つまり、CTスキャンやバリウムの殺人効果について、患者たち(医爆者)だけが、自らの記憶を頼りにその殺人性を告発することができるからだ。
さて、核弾頭が最大の外患だとすれば、癌は最大の内憂である。癌は国民福祉や生活にとって最大の脅威であり、それは老若男女すべてにとってそうである。そう喧伝されている
一方、癌はなくならないかもしれない。だが、癌が一様に自然原則に基づく老人病であれば、それは憎むべき敵ではなくなるかもしれない。というのも、人間は年老いて死ぬ生き物だからだ。
しかし人工放射線は、老死としての癌を、万死のものとして悪性化させる。若者の癌、これは大方、人工放射線の仕業である。若者だけではない。人工放射線は、全ての人間へ癌を加速度的に誘発させる。それは自然放射線よりも、常に悪質であるはず。
医療・検診現場は最大の人工放射線の集積地ではあるが、ここの最大の問題点は、真なる厳重な管理体制が、患者一人一人のために敷かれていないことにつきる。オートマチックまたビジネスライクな被曝検査が横行しており、未来の癌化というリスクへの説明努力が、最優先に省かれている。患者は従うより他にない。
もし、健康不安に駆られCTスキャンを受けた人間が、電離放射線について粗方学んだら精神異常に陥りかねない。
広島・長崎原爆とCTスキャンの線量率は近似的であり、原爆のγ線よりも、CTのX線のほうが生物にダメージを与える。高線量率放射線は染色体異常を誘発し、総線量いかんで異常率は更に高まる。そして染色体異常は発ガンとの関係性がほぼ確実視されている。
CT検査は、癌をなくすという社会理想に対する絶対的挑戦者としての顔を持つことになる。これは否定できない事実である。だが、社会支配者たちや利権者たちは「一度に100mgy超えなければ問題ない、生活習慣のほうがリスクが高い、転座染色体は顕微鏡ではすぐに確認できない」などの宣伝によって、医療関係者や患者たちを発ガンに邁進させている。公式の放射線人体実験は、まだ続いているといっても過言でない状況である。
病院や検診施設は今や新たなヒロシマである。福島の低線量率が遠く及ばないほどの危険な被曝場なのである。むろん、結核や胸膜炎をチェックするために、将来の癌の代価を払うのが、医療的に不適切であるとは誰も言えないという側面がある。いわゆるベネフィットリスク。
しかし、癌の有無を確認する利益を餌にして、患者に将来の「癌芽」を植える行為は、明確な犯罪性を持つことは疑いない。素人目に分かるような、検査不要な若年者にCTを勧めるドクターは、犯罪者であり殺人者である。CT検査歴の確認を怠る医療従事者たちも、同種に含められかねない。
しかしこれは端的に言えば、ビジネスの問題ではなく、政治の問題なのだ。なぜなら、医療被爆に上限設定がないのは、過剰な福祉理想のせいだからだ。医療者たちもまた、犠牲者であるかもしれないのだ。
患者の自然生命や健康を守護する安全保障体制が確立されていないのが、患者の人権と福祉の絶対尊重を指示する政府権力のせいであることは、何とも確信犯的である。癌は国民福祉に必要なプログラムなのだ。これは暗黙の密約であるが、金銭やビジネスが目的であるほうが、まだ政治的な告発を受けやすいだろう。癌は金のためではなく、理想のために乱造される。このスケープゴートは、国家最大の敵は政府である、という構造に通じている。
このような壮大かつ隠密な殺人実験に対して抗議することは不可能に等しい。なぜなら、放射線誘発の可能性を持つもの(胸部レントゲン)を皆若くしてセットされているし、また癌を治療するためには種々のX線が必要となるからだ。一度、X線を投射されれば、二度とそれを否定することはできない。この放射線全体主義の象徴である病院は、いわば現代の神殿である。誰も抗議できないし、抗議しても聞き入れられない。
むろん全ての人間がドグマティストではない。良識とモラルある医者が、放射線の危険性を知らないはずがない。彼はソフィストたちに囲まれながらも、未来の癌芽を患者に与えないシステムを一人、営営と背負っているだろう。このような水際にある優れた医者にあたった患者は、幸運にも命拾いすることになる。
この医者が優れているのは、人間が優れているから、と言うにつきる。もちろん「前回の胸部CTには何も写っていなかったのに、たった3ヶ月で結節があらわれるなんて、そのCTこそが真因ではないですか」という患者の真っ当な指摘に首を縦に振る勇気までは、どんな優れた医者でも持たないだろうが。
しかし、このような勇気が正当であることを訴えるような努力こそが、野放図な医療・検診被曝の殺人効果を社会から除去する運動に必要なのである。これは政治に属する問題であり、その核心は、現在の福祉理想に対して、別の福祉理想を対置するという試みである。胸部レントゲンの原則的未成年制限、癌罹患者以外の原則的CT禁止など。このようなマニフェストだけでも、新しい福祉政治運動は、福祉的正当性を持つ。それによって不要な癌化が食い止められるからである。
我々には更なるマニフェストや戦略が必要であり、そのための努力は白眼視されるべきではない。誰が、自らが知らず知らずのうちに癌を体内に呼び込んでいることに同意するのか。どこの誰が。この構造の一端を知ってもらうだけでも、我々の努力はきっと無駄ではないはずである。
人工放射線によって己の体内外にうごめく異常を感じている人たち、あなたたちしか分からない恐怖を、精神異常や自律神経というレッテルによって目を背けようとする似非福祉社会に屈してはならない。声を上げてほしい、私たちと共に。ぜひ、メッセージをください。
2024年8月11日
日本医爆者連合 副会長
城戸祐介
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