見出し画像

ミュージカル『ウィキッド』で感動した私が、原作『ウィキッド』を読んだ記録(ネタバレあり)

2024年6月7日
原作ウィキッド読み始めた。
ただいま100ページ過ぎたあたり。
英米文学お約束「田舎が舞台の作品は、冒頭の相当量を破綻した夫婦生活と性的乱れの描写に割く」が踏襲されてて、ミュージカルの印象と180°違う。
母のメリーナは、頭も弱ければ下半身も緩くて、同情の余地がこれっぽっちも無いな。
父親のフレックスは、メリーナの不貞に途中から気付いてるっぽいのに放置なのは、自分が幸せにしてやれていない負い目からなのか、それとも彼にとって嫁の存在は吹けば飛ぶようなどうでもよいものだからなのか。
この環境で育てられて、グレないエルファバがすごい。
今んとこファンタジー要素は舞台装置程度で(そこが魅力だけど)、「ド田舎に生まれた才覚ある娘の成功と没落物語」になりそうな予感。

2024年6月11日
2部に入ってガリンダが登場(この時点ではグリンダに非ず)してから、段々ウィキッドっぽくなってきた。
ミュージカルで感じていたような孤独感は、原作のエルファバからは感じない。
引っ込み思案な感じもあまりなくて、むしろ人の恋路に口出したりイチャモン付けたり、割と健全な精神の持ち主。
グリンダ以外にも友達と呼べるような存在が何人か出来てるし、校長が余計なことさえしなければ、賢くて頑固で勘の鋭い女の子で終わりそうな雰囲気すらある。
外見問題や家族との確執で、所々で酷く傷ついてはいるけど、それを乗り越える精神が備わっていそう。

エルファバよりも妹のネッサの方が気になる。
ミュージカルと違って両腕がないのは、エルファバとは異形という点でかなり近しい印象。
性格的には狂信者の父親そっくり。
血は繋がってないのにね…
ミュージカルでは、足が不自由で車イス生活者に変わっていたけど、これはエルファバとの対比をよりハッキリさせたいからか。
続きが気になる。

校長は分かりやすく悪人で、ちょっと興ざめ。

2024年6月13日
上巻途中からエルファバが暴走し始めたのが全くの予想外で、興味津々で一気に最後まで読み切ってしまった!
地下テロ組織に入るわ、不倫するわ、良心の呵責に耐えられずに相手の嫁に「不倫してすいません」って謝りに行くわ、ネグレクトするわ、暗殺するわ、どこぞの党員日記の様相を呈していて、ミュージカル版を見ていた私としてはかけ離れすぎていて、それが逆に面白かった笑

「ミュージカルは原作の設定持ってきただけ」
とどこかに書いてあったけれど、その通りだと思う。
ミュージカルは、差別、善と悪、女性の友情の複雑さ、特にルッキズム問題に強い印象を抱いたけれど、原作小説にそれは感じない。
グリンダとの友情はあるけど、読み始めに感じた『ド田舎に生まれた才覚ある娘の成功と破滅の物語』が概ねぴったりくる。
いや、『3人の女性の成功と破滅の物語』の方がより適切な気がする。

3人とは、もちろんエルファバとグリンダとネッサ。

まず、聡明かつマイノリティであるために、社会の誤魔化しを看破してしまうエルファバ。
魂はないと言いつつ魂について悩み考え抜いてしまう理想主義と正義感、そして長女に産まれネッサという障害者の妹を持ったことで、非常に強い責任感を背負って生きることになった人物。
自分本位に生きたいと願って、割とやりたい放題やっていたけれど、結局根っこの責任感の強さが彼女を理想の世界に羽ばたくことを許さなかった。

グリンダは、この3人の中で表面的には一番幸せなのだろうけれど、彼女は自分の人生を生きているのだろうか。
深く考えず、享楽的で、人に見られる自分の姿を自己そのものだと信じている彼女は、物語の世界の主役にはなれない。
社会的に成功していながら、凡百な女。
それが彼女の立ち位置だ。
彼女の破滅は描かれない。
描く必要も無い。
人に与えられたものを自分で獲得したものだと誤解して、操られていることにすら気付かない彼女に勝たられることなどないのだ。

最後にネッサ。
教条主義的で、融通が効かないのではなく効かせる必要のない世界で生きている。
彼女がマイノリティでありながらエルファバと対象的なのは、彼女の障害は周りに無言の配慮を求めるものであるという点が大きいと思う。
エルファバの緑の肌は周りを不愉快にさせ、エルファバの飛び抜けた知能は周りとの壁を作る役割を果たすだけだ。
だからこそエルファバは、世界と妥協しなければならず、それに絶望を感じているのだけれど、ネッサは妥協せずとも周りが最初から『彼女には出来ない』と妥協してくれる。助けてくれる。
その差は大きい。
ネッサは独裁者になれた理由はそこにあるのだろう。

舞台をオズの世界に設定したのは素晴らしいアイディアだと思う。
この対比を現実世界を舞台に描けば、強烈な社会批判になってしまって、彼女たちの人生や苦しみの物語としては薄まってしまうと思うから。

(追記)

まあつらつらと書いてきたまとめとして、ミュージカル版のエルファバも原作のエルファバも好きだけれど、私としては原作のエルファバの方が幸せかなと。
恋人であり理解者でもあるフィエロもいないし、命すら失ってしまう原作エルファバだけど、自分の心情に殉じた、周りの迷惑を顧みず言いたいことやりたいことを実行に移していたという点で、ストレスが少なかったのは原作のエルファバの方じゃないだろうか。
人間として嫌なヤツ度合いが高いのも原作エルファバだけれど、周りからの印象が良かろうが我慢我慢の人生では本人にとってはストレス以外の何物でもないでしょ。



(随時更新)

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?