レンガの中の未来(十五)
(十五)胎内時計
-お聞きしたい事があります。
-何だ、そんなに改まって。
-はい。これまで色々講義してもらっていましたが、特に聞きたい事があります。それは時間についてです。時間は一方通行なんでしょうか。つまり、カウントアップという状態しか続かないのでしょうか。
-何故そのような事を聞くのだ。
-今日作業場である人とお話をしたのですが、人間は技術が発達すれば過去にも行けるのかなと思ったんです。そうすれば弟に会える。
いや、その他の死んでしまった人達にも会えるんじゃないかって。よく考えてみると、そもそもあなたは、未来から来ているのですよね。であれば、裏を返せば、今はあなたにとっては過去になる。
-時間については、触れたくないのだ。
…??シノーはリキッドの予想外の返答に何と答えてよいか分からなった。
その口ぶりでは、もしかして過去にも行けるのか??淡い期待感がシノーを
包みかけたとき、シノーは何故か別の話題で口を開いた。
-あなたは、ずっと私の傍にいてくれるんでしょうか。
-それは分からない。明日いなくなるかもしれないし、ずっといるかもしれない。
-それはどういうことでしょうか。それは、私の行動次第ということでしょうか。
-それもあるが、過去に行く事は時間法で禁止されている。
…あ。リキッドはしまったと思った。
-これで講義は終了だ、たぶん。
リキッドの突然の発言に、シノーは訳が分からなくなった。
-ちょ、ちょっと待ってください。たぶんって何ですか??
(十六)
身体を軽く揺さぶられ、シノーの視界がぼんやりとした。
「やっと目が覚めたのね、シノー。」
「…ん、ん?」
「早く起きなさい、シノー。」
シノーの顔上に微笑む女性が立っていた。
「か、母さんかい?そうだよね?」
「何当り前の事言っているの。もう父さんは畑に出ているよ、早く支度しないと。」
シノーはしばらくボーっとした。これまでの出来事は何だったんだ…?と言っても殆ど記憶にはない。
「食事の用意は出来ているから、早くテーブルまでいらっしゃい。お前が捕ったお野菜もありますよ。」
母のパステルは、シノーの次の子を身籠っている。シノーは目をこすりながら、母親のお腹に視線を向けた。腹の膨らみで、エプロンが盛り上がっている。
「ねえ母さん、お腹の子は女の子、男の子どっちかな?」
すると、パステルは優しい笑みを浮かべ、自分の手を腹にあてた。
「さぁ、それは生まれてみないと母さんにも分からないわね。でもいきなり何でそんな事聞くの?シノーはどっちがいいの?」
「男の子が良いよ、そうだったら名前はイリンにしようよ。」
シノーはやや語気を強め即答した。
「まぁ、イリンというのは初めて聞くけど、感じの良い綺麗な名前ね。イリンなら女の子でも合う良い名前ね。」
その時、外から声が聞こえた。
「お~い、シノーはもう起きたかぁ?早く手伝ってほしいんだが。」
ベッドから立ち上がろうとすると、おもちゃのラッパと積み木が転がっていた。九歳のシノーであった。
デジタル刑務所の研修室には二つの装置が置かれて、テレパシーでのやりとりが始まった。
「囚人である事に気づかれませんでしたね?」
「はい、恐らく。」
「今回の研修プログラムはこれで終了です。プログラム開始前に幾つかの約束事をしているはずですが、問題なかったですね。それと、今回の対象者の夢の記憶は完全に消去してきたでしょうね?」
「はい、もちろんです。」
「そうですか。では、もうこれで結構です、通常刑期に戻ってください。あなたの研修内容は全て記録されていますので、これから精査されることになります。」
刑務官は無機質に言った。リキッドは時間法違反によりデジタル刑務所の囚人の身であり、死ぬ事、即ち意識喪失は許されない。刑期はあと三百年である。
以下、デジタル刑務所再生プログラムに関するルール
(一):対象者に対し、自分が囚人である事、或いはその可能性がある事伝達厳禁
(二):対象者に対し、自己の努力以外による助けの伝達厳禁
(三):対象者に対し、過去に行ける事、或いはその可能性がある事伝達厳禁
(四):対象者の夢中内容に対し、完全にその内容を残存させる事厳禁
(五):上記内容全て侵した時点で、プログラム終了
(六):上記内容一つでも侵した者、刑期延長必然
(一)以外はバレたか。永遠の無を渇望するリキッドは、更なる刑期延長を覚悟した。
完
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