思いつきショート03「味方」


 その日の帰りは足取りが重かった。最近のストレスを発散させようと同期を食事に誘ったが誰もかれも家庭があることを理由に付き合ってはくれなかった。仕方なく一人で飲んでいたら思いのほかハイペースになってしまいかなり酔ってしまった。さすがにもう一軒寄る気にはなれず大人しく家路についた。火照った体を覚まそうとコートのボタンを外し前開きにする。さらにネクタイも緩めYシャツのボタンも2,3個外す。それでも体の火照りは治まらなかった。しかし、頭の一部分だけは冴えてしまったようで、最近の細かなミスの連発や職場の人間関係をつぶさに反省していかに自分の怠慢が原因かを証明していった。体は先ほど摂取したアルコールを燃料に必死に感情論で弁護しているが、それを頭が完璧な論理で塗りつぶしていった。
 そんな面持ちで歩いていると、若者の一団が道のわきでラップをしているのが見えた。構わず通りすぎようとすると
 「おれはあんな、しょぼいおっさんには、ならねえ」
 と聞こえてきた。ほかの若者の反応はわからなかったが恥ずかしさのあまり俯いて速足で通り過ぎようとする。悪いことっていうのはとことんまで続くものらしい。すると、ラップ対決をしていたであろう人物が
「ちょっと、ちょっと待ってください。お願いですから聞いていってください。」
 ただ自分に向かって話しかけてきた。相手のラッパーも取り囲んでいた若者たちも怪訝な反応だ。
 「おまえよく、通り歩いてる、おじさんを無駄に傷つける」
   「そんなの、ナイフ持って、無抵抗な人を傷つける」
 「女狙う、わけわかんねぇ、ヤツとおんなじ」
 「そんなのが、やりたくて、おれはラップしてねぇ」
 「おれみてぇな、やつでも、人を支えたいと思ってやってる」
 「だからおっさん、顔あげろよ、しょうもねぇやつらに、負けんじゃねぇ」
たぶんだけど韻もなにもかもめちゃくちゃなラップなのだろう。それでもここまで心が揺さぶられるのは、古い言い方だが、ハートってやつなのだろうか。かっこいい返し方も知らないしお金を渡すのも何か違う気がした。だから右手を高く上げ、サムズアップで返した。彼もサムズアップで返してくれた。そのやり取りに周りの若者は拍手をし、対戦相手はバツが悪そうにしていた。そうして、顔を上げて帰ることにした。
 それにしても、よかったけどおっさんてのは否定してくれなかったな。否定してくれていたら、普通にお金渡していたのに。

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