思いつきショート03「ものもらい」
右目がずいぶんとかゆい。おそらく、ものもらいかなにかだろう。あいにく以前もらっていた治療薬は使い切ってしまっていたため休日を待って眼科に行くしかないと思いその日は床についた。翌朝、右目のかゆみは痛みへと変わっていた。休日まであと3日はある。そこまでもつだろうか。洗面台の鏡で見てみると右目の下瞼がかなり腫れているのがわかった。大人しく有給を使うべきだろうか。しかし、今年はどうしても行きたいアーティストのライブがあったため可能な限り残しておきたかった。そうして出社する途中、コンビニで眼帯を買ってやり過ごすことに決めた。
翌朝、というより日付こそ変わっていたが起きたのは午前3時だった。右目は腫れあがり灼熱の痛みを伴っていた。それはもうものもらいや結膜炎なんかではないのは確実だった。寝起きと目の痛みに耐えながら必死に110番を押す。なんて受け答えしたのかは全く覚えていない。とにかく救急隊員の人が来てくれるまで自分がどうなっているかくらい確認しよう。そう思い壁に寄りかかりながら洗面台に向かう。電気をつけ鏡と向かい合ったときにあったのは右目の眼球と下瞼の隙間から小さな目玉が這い出ようとする姿だった。その景色を見たとたん気絶してしまった。
目を覚ますとそこはベッドの上だった。右目は包帯を巻かれているらしく視界は半分だけだがこの独特な清潔な空気と自分につながっている点滴をみるにここは病院だろう。しかも個室らしかった。どうしよう、目を覚ましたことを伝えるためにもナースコールを押すべきだろうか。するとタイミングよく看護婦と医者らしき人物がそろって入室してきた。二人は目くばせすると医者はベッドの近くの椅子に座り込み看護婦は点滴の量やら血圧やらをチェックしだした。
「おはようございます。この度は何やら大変でしたね。しかし、処置は問題なく行えたので1週間ほど入院していただければ無事に退院できますよ。そこでなんですがこの書類に目を通してもらっても?」
そういって医者は何枚かの資料と何かの契約書を渡してきた。
「ざっくりいいますと、今回のあなたの症状を研究させていただきたい。という内容です。お返事は落ち着いてからで結構ですので明日もう一度伺います。それではまた。」
そういうと看護婦と二人で連れ立って行ってしまった。近くのかごに財布とスマホが入れられていたのでとりあえず会社やら親やらに連絡した。あいにく親はそうそう気軽に来れるような距離ではなかったので見舞いに来た時には退院しているだろうから来なくても大丈夫だと言ったら心配そうにしながらも納得した。それから売店に行き飲み物とチョコを買い、医者からもらった書類とのにらめっこを開始した。
そうして翌日、再び現れた医者に研究への協力を申し出た。研究といっても大したことをするわけでもなく人間ドックの延長みたいなものだった。一度摘出された目を見せてもらった。瓶に入れられ保存されていたそれはサイズこそ小さいものの目としての機能は備わっているらしかった。そんなこんなで1週間の入院生活も明日で終わり、というときに嫌な感触があった今度は左目だ。半ばパニックになりながらナースコールを押す。案の定左目には小さな左目ができているらしかった。そうして翌日には右目の時と同じく小さな目ができていた。今度は病院での迅速な摘出ができたから痛みに悶える時間は一瞬で済んだが一体自分の体はどうしてしまったのだろうか。そうして左目の摘出から1週間後には鼻が、さらに1週間後には耳が、そんな感じでどんどん体のパーツが摘出されていった。
そうしてある時、医者にいままで摘出し保存されていたパーツたちを見せられた。しかし、それは小瓶に入った小さな体のパーツなどではなく胎児の形をしていた。それぞれ別の容器で保存されていてもなにもなかったのに一緒に保存するとそれらは融合し神経が形成されあたかも前から一つであったかのようになったのだという。しかしこれはまだ完成されてはいないのだと医者は言い、何かを期待するようにこちらを見ている。わかっている自分の体から生れ出たものなのだから最後に何が必要なのかはわかっている。
そうして今までの比ではない痛みが頭を襲った。麻酔はもう痛みを取り除くためではなくただ自分が痛みに暴れるのを防ぐためでしかない。これだけ痛いのに叫ぶことも手足を振り回すこともできないでいた。そうしていると自分の体は手術室に入れられそこには医者がすでに準備して待っていた。手際よく頭の毛は刈り取られ頭蓋骨は切断された。そのさいに脳出血を起こしていたからか大量の血が噴き出し医者と看護師、手術室を真っ赤に染め上げてしまった。そうしてむき出しになった脳に医者は両手を突っ込む。すでに自分の脳は使い物にならないそれは理解しているし医者の行為も了承している。望むのはただ自分から生まれた小さい者が無事にこの世に生を受け健やかに命を育むことだけ。
そうして医者は、ぐちゃぐちゃになった脳をかき分け小さな小さなピンク色の脳を取り上げた。そうしてそれを慎重にあらたな脳を迎え入れることを待っていた胎児の瓶に入れた。一大事を成し遂げた医者は思わず腰が抜けたようでその場に座り込んでしまった。この子もあのアーティストを好きになってくれないかな、そんなことを思いながら。自分の意識は薄れて彼方へと消え去ってしまった。
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