行政不服審査法を考える 総務省行政不服審査会令和5年度答申第55号・コロナ補助金

はじめに

 今回は、総務省行政不服審査会令和5年度答申第55号(文化芸術振興費補助金交付決定に関する件)を通じて、補助金の審査の在り方について検討していく。
 上記答申も総務省ウェブサイトや、行政不服審査裁決・答申データベースで公開されており、誰でも見ることができる。

第1 事案の概要

 本件は、任意団体である審査請求人が、文化芸術振興費補助金(コロナ禍からの文化芸術活動の再興支援事業)交付要綱(以下「交付要綱」という。)に基づく文化芸術振興費補助金(コロナ禍からの文化芸術活動の再興支援事業)補助要項(以下「補助要項」という。)に定める補助対象事業として、五つの取組(音楽ライブなど)に関して補助金の交付の申請(以下「本件交付申請」という。)をしたが、文化庁長官が、三つの取組について「政治的又は宗教的な宣伝意図を有する活動」であり、補助対象外であることを理由に、補助金の一部交付決定(以下「本件処分」という。)を行った事案である。審査請求人は補助対象外とされた三つの取組について審査請求を申し立てて争った。
 五つの取組は次のとおりであり、補助対象外となったのは②、③及び⑤である。
 ①戦争反対!参戦でなく停戦を!A音楽と討議の夕べ(令和4年a月b日公演)(以下「取組1」という。)
 ②【政治家B「C」に反対する歌舞音曲と討議の集い】(同年c月d日公演)(以下「取組2」という。)
 ③D映像とEミュージカル魅惑の夕べ(同年e月f日公演)(以下「取組3」という。)
 ④「F」コンサート(同月g日公演)(以下「取組4」という。)
 ⑤Gフェスティバル(同年h月i日公演)(以下「取組5」という。)

第2 審査庁の判断(概要)

1 「政治的又は宗教的な宣伝意図を有する活動」に該当する取組については補助対象外の活動であることを募集要項に記載している。 また、特設サイトにおいて、補助金の不交付理由一覧を提示しており、取組内容の「申請内容が、補助対象として要件を満たしているか確認できなかったため」に不交付とされる理由の一つとして、「政治的又は宗教的な宣伝意図のある活動とみなされたため」を掲げている。
2 補助対象外とした三つの取組について
(1)取組2は、その名称が「【政治家B「C」に反対する歌舞音曲と討議の集い】」とされていることからすれば、政治家BのCに反対するという特定の政治的な宣伝意図を有する活動であると認められる。
(2)取組3の公演のチケット販売サイトには、注意事項として、「集会破壊を目的とするネトウヨ、H党支持者、I等のネオリベバカ支持者及び公安警察の来場は厳に禁じます。」と記載されていることからすれば、取組3は、政治的な宣伝意図を有する活動であると認められる。
(3)取組5の公演のチケット販売サイトには、「H党・J支持者の入場を禁じます。」と記載されていることが認められることからすれば、取組5は、特定の政治的な宣伝意図を有する活動であると認められる。
3 よって、本件処分に違法な点はなく、審査請求に理由はない(棄却相当)。

第3 審査会の判断(概要)

 審査会は、どのような活動に補助金を交付するかの判断に処分庁(文化庁長官)の裁量を認めたが、①「政治的又は宗教的な宣伝意図を有する活動」という判断基準は抽象的で曖昧であり、②この基準を適用したとして補助対象外とした本件処分の理由も明確ではないとして、審査庁の上記第2の判断を妥当ではないとした。

1 本件補助金の交付については、補助金適正化法に従うものであるが、具体的な交付の要件を定めた規定はなく、コロナ禍からの文化芸術活動の再興支援という本件補助金の趣旨、目的を達成するためどのような活動を補助の対象とすべきかを適切に判断し、限られた財源を適切に配分するには、文化芸術活動の実情に通じている必要があること等からすると、その交付に係る判断は処分庁の裁量に委ねられており、裁量権の範囲を逸脱し又はこれを濫用した場合に違法となるものと解される。
2 「政治的又は宗教的な宣伝意図を有する活動」を除外するという規定が交付要綱又は補助要項では記載しきれない詳細な情報とはいえないし、補助から除外するという交付の要件に関わる重要な規定であるなら交付要綱や補助要項に記載されなければならないはずであることはさておき、「政治的又は宗教的な宣伝意図を有する活動」という表現は抽象的で曖昧であり、補助対象活動の選別の基準が不明確である。
 実際に本件での選別をみても、取組1から取組5までのうち取組1及び取組4は補助対象とされ、取組2、取組3及び取組5は補助対象外とされているのであるが、その選別基準は不明確である。
 そもそも芸術そのものが政治的な表現や宗教と結びついていることもあるのであるから、文化芸術活動というものから、政治的又は宗教的な宣伝意図を有するものを選別して補助対象外とすることが適切なのかという疑問もある上、仮に政治的又は宗教的な宣伝に結びついた活動でこれに補助金を交付することが不合理と考えられるものが存在するとしても、政治的又は宗教的な宣伝という定義を明確にしないまま、これを補助対象外とするというのでは、文化芸術活動に萎縮的な影響が及びかねない。 しかもその「意図を有する」というだけで補助対象外とするとなれば、政治的又は宗教的宣伝の趣旨が一部含まれるものも「意図を有する」と認定されることにもなりかねず、これでは範囲が広がりすぎて基準として不合理といわざるを得ない。
 
本件で補助対象外とされた各取組が、コロナ禍からの文化芸術活動の再興支援を目的とする本件補助金の趣旨目的に沿うものであるならば、他に補助金を交付することが不合理であるとする事情がなければ、その不交付は著しく妥当性を欠いている。 したがって、本件処分は、処分庁の裁量権の範囲を逸脱し又はこれを濫用したものとして違法というべきである。


第4 分析・私見

1 補助金等に係る予算の執行の適正化に関する法律

 補助金については、補助金等に係る予算の執行の適正化に関する法律(昭和30法律第179号)が規制している。しかし、この法律は、主に予算執行を適切に行うための手続を定めており、どのような要件で補助金を交付するのかは、同法6条1項の定めがあるものの、当該補助金を所管する各省各庁の長の裁量に委ねられている。

(補助金等の交付の決定)
第六条 各省各庁の長は、補助金等の交付の申請があつたときは、当該申請に係る書類等の審査及び必要に応じて行う現地調査等により、当該申請に係る補助金等の交付が法令及び予算で定めるところに違反しないかどうか、補助事業等の目的及び内容が適正であるかどうか、金額の算定に誤がないかどうか等を調査し、補助金等を交付すべきものと認めたときは、すみやかに補助金等の交付の決定(契約の承諾の決定を含む。以下同じ。)をしなければならない。

 そのため、どのような補助金を設置するか、どのような者・事業に補助金を交付するか、どのような事態に至ると交付決定を取り消すかなど、実体要件は、各省庁の長が定める。
 本件も、文化庁長官が定めた交付要綱・補助要綱に補助金交付要件が記載されている。

2 交付要件がどこに記載されているか

 本件では、審査請求人の音楽ライブが「政治的又は宗教的な宣伝意図を有する活動」であるとして、三つの取組が補助金交付対象外となったが、そもそも「政治的又は宗教的な宣伝意図を有する活動」という要件は交付要綱や補助要綱に記載されておらず、募集要項にしか記載されていなかった。
 この募集要項とは文化庁ウェブサイトの「制度の概要」欄にある「募集要項」であると思われる。

 募集要項作成名義人となっている「特定非営利活動法人映像産業振興機構ARTS for the future!2事務局」は、おそらく文化庁長官から委託を受けた団体と思われる。上記団体がどのような権限を有しているのか明らかではないが、単に申請事務だけを担当しており、要件を新たに設定しうる立場にはなさそうではある。
 この点をおくとしても、募集要項は一般的には申請者向けマニュアルにすぎないと思われ、交付要綱に定められていない要件を募集要項で新たに設定することはできないのではないかと考えられる。
 答申が「補助から除外するという交付の要件に関わる重要な規定であるなら交付要綱や補助要項に記載されなければならないはずである」と指摘しているのは、単なるマニュアルではなく規範に落とし込むべき事項であることを述べているものと思われる。

3 基準の明確性、運用の明確性

 補助金を交付する場合、その補助金を所管する行政庁が交付要件・基準を
作成することになるが、交付要件・基準の文言が明確でなければ、申請者にとって結果の見通しが立てられない。また、行政庁の担当者も効率的で的確な事務処理ができず、同じようなケースなのに結果が異なるという不平等な結果にもなりかねない。そのため、基準の明確化は実務的に重要である。
 本件では、文化芸術振興費補助金の「政治的又は宗教的な宣伝意図を有する活動」という要件が問題となっている。この要件を素直に読めば、例えば、讃美歌コンサートなど明らかに宗教色のあるイベントは認められないことになるが、実際にどのような判断がされるかは未知数である。

4 文化芸術活動に関する公的援助の例

 文化芸術活動に関する公的援助は、文化庁のコロナ対策だけではなく、自治体においても実施されているようである。インターネットを検索すると、「第31回 近畿弁護⼠会連合会⼈権擁護⼤会シンポジウム」の資料が出てくる。下記リンクの「第1分科会(人権擁護部門) 「あいちトリエンナーレから考える表現の自由の現在(いま)」」の第1分科会報告書資料編に、文化芸術活動に関する公的援助の例が掲載されている。

 資料の「選考の基準(5項)」欄を見ると、自治体によっては、政治的・宗教的意図や目的を有する事業を対象外とすることを明記している。その意味では、政治的・宗教的意図や目的を有する事業を対象外とすることは珍しくないようであり、本件に係る答申はかなりの数の自治体に波及効果を及ぼすことになる。

5 答申後の動き

 答申を受けた審査庁は、遅滞なく裁決を出さなければならず(行政不服審査法44条)、裁決の内容などを公表する努力義務が課されている(同法85条)。
 文化庁のウェブサイトや行政不服審査裁決・答申検索データベースを検索したが、本件に係る裁決は見つからなかった。
 弁護士jpのニュースページに、本件と思われる記事があった。

 この記事で紹介されている事案が答申と同じ事案であるのであれば、記事によると審査庁は請求棄却の裁決をしたようである。
 交付基準の適切さが争点となると思われ、自治体でも文化芸術活動に関する公的援助が展開されていることを鑑みれば、判決の波及効果は大きいと思われ、今後の訴訟展開が注目される。

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