労働保険徴収法のメリット制(行政訴訟・審査請求の動向)

はじめに

労働保険徴収法のメリット制適用事業主が、保険料増額の原因となった労災をどのように争うかが法的な課題として残されている。
この点が争われているあんしん財団事件について、最高裁が弁論期日を指定したことから、行政訴訟の経緯や審査請求(総務省行政不服審査会の答申)を紹介していくこととする。

第1 あんしん財団事件とメリット制について

あんしん財団事件は、メリット制適用事業主が労災保険給付支給決定の取消しを求め訴訟を提起した事案であるところ、原告適格の有無が争点となっていた。メリット制適用事業主が上記訴訟を提起するのは、メリット制(労働災害の多寡に応じ、労災保険率・保険料が増減する制度)により、自己の事業に関する労災保険給付の支給が増加すると、自己が負担する労働保険料が増加した保険料決定処分が見込まれるためである。
なお、現行の労働保険徴収法では、労災保険給付支給決定と保険料(増額)認定決定の関係を定めた規定はない。厚生労働省は、これまで、労災保険給付支給決定取消訴訟でメリット制適用事業主の原告適格を認めず、保険料認定決定取消訴訟で労災支給処分の支給要件非該当性を主張できない(違法性の承継も認めない)立場を採ってきた。過去の裁判例については、下記第2の1の検討会報告書で紹介されている。

あんしん財団事件の第一審である東京地裁令和4年4月15日判決は、メリット制適用事業主の原告適格を否定し、保険料認定決定での違法性の承継を認めうると判示した。これに対し、控訴審である東京高裁令和4年11月29日判決は、メリット制適用事業主の原告適格を肯定した。

上記東京高裁判決に対する判例評釈としては、有斐閣online「労災保険給付支給処分取消訴訟における事業主の原告適格―東京高裁令和4年11月29日判決(令和4年(行コ)第130号)についてー東京高裁令和4・11・29」(太田匡彦)が詳しい。

あんしん財団事件は現在上告中であり、最高裁は、令和6年6月10日に弁論を開く。※1

※1 最高裁HP(令和6年6月7日時点)

第2 東京高裁判決以降の厚労省の動き

1 労働保険徴収法第12条第3項の適用事業主の不服の取扱いに閲する検討会

厚生労働省は、「労働保険徴収法第12条第3項の適用事業主の不服の取扱いに関する検討会」を立ち上げ、同検討会は、令和4年12月に報告書を提出した。※2

この報告書では、①保険料認定処分の不服申立等において、労災 支給処分の支給要件非該当性に関する主張を認めること、②保険料認定処分の不服申立等において労災支給処分の支給要件非該当性が認められた場合には、その労災支給処分が労働保険料に影響しないよう、労働保険料を再決定するなど必要な対応を行うこと、③保険料認定処分の不服申立等において労災支給処分の支給要件非該当性が認められたとしても、そのことを理由に労災支給処分を取り消すことはしないことが適当であるとしている。

※2 厚労省HP

2 その後

上記1の報告書を踏まえ、第106回労働政策審議会労働条件分科会労災保険部会が、令和4年12月16日に開催された。部会の議事録は厚生労働省のホームページにおいて公開されている。※3

 また、令和5年2月15日付け労災発0215第1号厚生労働省大臣官房審議官(労災、建設、自動車運送分野担当)通達「労災補償業務の運営に当たって留意すべき事項について」※4が発出されており、同通達第6の15(4)において、「労働保険の保険料の徴収等に関する法律第12条第3項のメリット制が適用される事業主からの、メリット労災保険率に基づき算定された労働保険料に関する訴訟における取扱いについては、令和5年1月31日付け基発0131第2号「メリット制の対象となる特定事業主の労働保険料に関する訴訟における今後の対応について」(引用者注:※5)により通知しているので、遺洲なく対応すること。」との記載がある。

※3 厚労省HP

※4 令和6年2月26日付け労災発0226第1号厚生労働省大臣官房審議官(労災、建設・自動車運送分野担当)通達「労災補償業務の運営に当たっての留意すべき事項について」 第6の16(4)でも同様の記載がある。

※5 この通達は、現時点(令和6年6月6日時点)では厚生労働省HPでは公開されていないが、この通達に関して質問主意書(衆議院)が出ており、答弁が行われている。

質問主意書

答弁

第3 実務への影響

上記第2のとおり、厚生労働省は検討会報告書を前提に、各種通達を出しており、メリット制適用事業者が保険料決定処分において労災について争えるという実務が固まっているように思われる。労災保険給付の支給は、メリット制適用によって算出される労働保険料に大きく影響するため、争い方が明確になったのは紛争解決のためには好ましい。

ただし、最高裁の判断によっては、上記実務の変更を余儀なくされることになる。したがって、最高裁の判断を注視する必要がある。

第4 参考・総務省行政不服審査会の答申(令和5年度答申第52号・改定確定保険料決定等に関する件)

あんしん財団事件の東京高裁判決後に、メリット制に関する事件として、総務省行政不服審査会令和5年度答申第52号(以下「本件答申」という。)がある。
答申も司法判断に準じるものであるため、今後出る最高裁判断を読み解くうえで参考になると思われる。

1 事案の概要

メリット制適用事業主であるXが、もともとは労働保険料を減額改定する改定確定保険料決定(処分①)を受けていたところ、その後、Xの事業場で被災者をDとする労働災害が発生していたことが発覚し、Xの事業に関して支出された労災保険給付の金額が増加した。この労災保険給付の増加に連動して、処分庁は、処分①を取り消し(処分①の取消処分を処分②とする。)、労働保険料を増額改定する改定確定保険料決定(処分③)を行った。

Xは、Dの労働災害が、本件適用対象事業とは関係なく、C社の事業場で発生したものであり、Xの事業とは関連がなく、Xの事業に関して支出された労災保険給付は変動していないため、処分②・③は違法であると主張して、審査請求を行った。※6

※6 Xのメリット制適用事業は、「B道路維持除雪他一連工事」(以下「本件適用対象事業」という。)であるところ、C社に下請けに出していた。被災者DはC社に雇用されていた従業員である。建設業の場合、元請会社が工事(事業)を下請けに出すことがほとんどであるが、元請会社が当該事業の事業主として保険関係が成立する(労災保険徴収法8条1項、労災保険徴収法施行規則7条)。そのため、下請会社の従業員が当該事業遂行中に負傷をすると、元請会社の事業に関する労働災害として処理される。

2 あんしん財団事件と異なる点

あんしん財団事件は、業務起因性が争点とされていたところ、本件は、労働災害であること自体は争いがないが、Dの労働災害が誰の事業に関するものかが争われている。

3 本件答申から読み取れること

本件答申の「第2 諮問に係る審査庁の判断」では、メリット制に関する法的問題点については触れられていない。しかし、厚生労働省が、上記第2のとおり、令和5年1月31日付け基発0131第2号「メリット制の対象となる特定事業主の労働保険料に関する訴訟における今後の対応について」を発出していることから、審査庁(厚生労働大臣)は、この通達の見解(保険料認定処分の不服申立等において、労災支給処分の支給要件非該当性に関する主張を認めること)に立っていると考えられる。

本件答申の「第3 当審査会の判断」においても、メリット制に関する法的問題点について触れられていないため、いかなる見解を採用したのかは明らかではないが、少なくとも、保険料決定処分の段階で、労災に関する主張が許される立場に立っている。このような立場に立っているのであれば、メリット制適用事業主が労災保険給付支給決定処分を争う実益がないため、メリット制適用事業主が同処分の取消訴訟を提起しても原告適格を認めないという判断となろう。

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