それでも鬱は降るんだね
記念祭、本当に長かった。お疲れさまでした。
僕の主戦場はクラス企画でした。終わった話なのでぶっちゃけますが、本当に何から何まで上手くいかなかった。夏休み前からクラスは分裂、ネットで晒し上げすら起こる事態。気づいたらひらめが中心に立ち、グダグダの司会進行で傷はさらに深まる。
夏休みが終わる間近にようやくタイトルを決め終わるも、失ったチームワークが根本的に解決した訳ではありませんでした。その頃にクラスTシャツを発注したのですが、強制で買わせるのも心苦しく、いらない人には僕の自費で返金するつもりでした。実際は一人もいなくてよかった。
タイトルが決定したのが8月末。つまり他の部分が何も決まらないまま9月がやってきたということです。的当てやトラバサミ、レーザー避け、謎解きといった構想ができたのもだいぶ遅かったと思います。もう覚えていない。
詰めの調整は僕は全く関与しませんでした。VR開発に専念していたので、そこまで頭が回らなかった。
そのVR開発も、夏休み終わるまで進捗0。これは僕が怠けていたのが悪いのですが、結局ラスト1週間でエナドリ10本キメながら完成させました。
ただ、正念場とも言える記念祭前日になってエネルギー切れとなり、細かいダメージ判定などを疎かにしたままお客さんの前に出しました。一緒に開発したI君には本当に申し訳ない。ごめんね。
……というように踏んだり蹴ったり、反省点の闇鍋のような3か月となりましたが、結果的に良い反応を貰えたのは本当に嬉しかったです。当日は長い時間VR体験ゾーンに居たのですが、終わった後の笑顔一つ一つに救われました。美談のように聞こえますが本当で、当日その笑顔が見られなかったら今はガチ病みしていたと思います。そのくらい反応って大事。
記念祭のことはクラス企画、総務班、音楽祭、文芸部について別の機会に書くとして、今回はその後の話。記念祭が終わった後の変化について。
特に記念祭においてはコミュニケーションが命。時には無理をしながらもある程度元気ふるまい続けました。そうしないと報連相がままならないから。寂しくはないものの、若干苦しくはある。
それが終わってしまったので、人間関係を完全に断ち切ることは可能です。でも、確かに苦しみは無くなりますが、そうすると自分が満たされない。人間は対人関係によってしか幸せを得られない。
結局、二者択一を迫られる。痛みを受け続けるか空虚な自分を慰め続けるのかの選択、もはや生きること自体が苦しいですね。
今はある程度の人と淡い繋がりを持ちながら生きています。苦しいけど、ギリギリ幸せです。
さて最近、若干コミュニケーションを疎かにしてしまっています。昼の間はそれでいいのですが、夜遅くなると鬱に近い症状がやってくる。具体的には体が全く動かなくなったり、頭も働かなったり、思考がループしたりしていく。
このこと自体5月くらいにもあったので特別驚くことでもないのですが、やはり久しぶりということで苦しいものは苦しい。記念祭とはまた違った苦しみですね。人と関わらなくなった弊害。記念祭という空想空間(VR空間)からのリハビリとして、この鬱は乗り越えていきたいと思います。
これからは勉強に勤しみたいと思っています。授業を2日ブッチしたり授業中寝たりしていたので、とにかく成績が落ちている。平均点を得ればとりあえず自分も親も安心するので、そこを目標に学習を重ねたいと思います。
また、部活や来年の記念祭について先輩から色々と責任を負わされるようになってきました。任せられることは信用されているということで嬉しいし、嫌われていなかったことに度々安堵します。ただ、それは逃げ道を塞がれることでもある。
記念祭を前にすれば全ての事象は甘えです。進学できなくても留年しても誰かから嫌われようとも記念祭の成功には代えられないし、音MADや将棋に逃げることを誰も許しはしないでしょう。僕は特にチームワークに乏しいから尚更。希死念慮すら甘えだと言われたら、僕はどこに向かうのでしょうか?
さて、将来も考えなければですね。実は記念祭が終わったらYouTuberになってやろうとも思っていたのですが、勉強にも興味が湧いてきたので保留。とりあえず中間テストの出来次第で考えます。
僕は本当に弱弱しい人間で、いつ壊れるかもわかりませんが、この記念祭を乗り切ったのだから次も行ける。頑張れ! ひらめ!
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