ワコククリエイティブスピンオフ③

「ひぃ、ふぅ、みぃ、よぉ…。」

勝元は卑屈な笑みを浮かべながら殺気漲る黒い影の数を数えた。

(賊は八人。こちらは…手負いを含めて三人。こりゃダメだな…。)

賊はすぐには襲って来なかった。もはや仕事の成功は確実とみて、一番被害の少ないやり方を選んでいるのであろう。

その隙に勝元はそっと辺りに目をやる。

(裏門。逃げるならあそこだな…。)

遂には狩りの方法が決まったのか、黒ずくめの男達はジリジリと間合いを取り出した。

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渋谷勝元は北方の貧しい国の生まれ。名家とは程遠い渋谷家の次男。それまで務めていたお家で一悶着あり任を解かれ、士官先を探し行くとの名目で、逃げるように都へと来ていた。

運良く黒田家への士官が叶い、当代「秀忠」の遠縁に当たる「秀頼」の警護の任に就く事になる。新参者には過分な大任とも思えたが、この平和な世では寧ろ閑職と言えるのかもしれない。

しかし最近色々きな臭い噂も。病がちの当代秀忠には世継ぎがいない。後継者の候補には秀頼も含まれてるとか。また跡を継ぎたい誰それが誰それの命を狙っているとか。

「何も起こらなければそれに越したことはない。ただ…いざとなれば逃げれば良い。どさくさに紛れて1人減っても誰も気付くまい。」

最悪の事態を想定し最も安全な選択をする。勝元にはそんな身の振り方が体に染み付いていた。



秀頼はまだ十にも満たない年齢で、朝から晩まで、学問、馬術、礼儀作法等の講義を日々こなしている。

ようやく陽気が心地良く感じられるようになったその日も、秀頼は庭で剣術の稽古に取り組み、大粒の汗をかいていた。

勝元はその様子を眺めながら、田舎の道場の事を思い出していた。

『勝元ーっ!!何故打たれたら打ち返して来ないっ!!さぁ、立て!!
…っ!!貴様っ、何故ニヤついている!!それでもお前は侍かーっ!!』

師範代の声を思い出すと体のあちこちが痛む。

(追い詰められると笑ってしまうのは俺の癖だ。悪気は無い。それに侍か?だと。俺の方が教えて欲しい…。
結局あの道場も程なくして辞めてしまった…。そういえば算術も…。そういえば儒学も…。俺は何をやっても続かないなぁ。)

最後に田舎に残してきた妻と息子の顔が浮かんだが、これ以上暗澹たる気持ちになりたくなかったので無理矢理奥の方へと押しやった。

「秀頼様、一つ宜しいですか?」

小休止に水を飲んでる秀頼に勝元が訊ねる。

「申してみよ。」

「秀頼様は毎日毎日多くの稽古を積まれております。有り体に申しませば…辛くないですか?」

「…。勝元よ。そこの樹を見てみよ。」

秀頼は庭の樹を指差した。

「桜ですか?」

「雨が降ろうと、風が吹こうと、更には散り乱れようと。それに不満を言う桜をお前は見た事があるか?」

「…。」

「何があろうと桜は桜なのだ。私もそうありたいと思う。」

秀頼の眼差しは童子とは思えぬ程に強く真っ直ぐ刺さる。

(桜は桜…。では俺は…?)

思案する勝元を一瞥すると、秀頼はまた木刀を振り始めた。



強い風が木々を激しく揺らしたある夜。その風を切り裂くような声が響いた。

『曲者だーっ!!出会えーっ!!出会っ…グワーッ!!』

勝元は慌てて飛び起きた。

「曲者!?噂は本当であったのか!!ま、まずは秀頼様のお部屋へっ!!」

勝元は何かに押されるよう館の奥へと走り、秀頼の部屋の襖を開けた。

「御免!秀頼様!ご無事でしたかっ!」

秀頼は一瞬ビクリと刀を構えたが、勝元と判り静かに息を吐いた。

「と、とりあえず秀頼様はこちらで身を潜めていてください。私は声のした庭の方へ参ります。」

身を翻し走りかけた勝元の背中に秀頼が語りかける。

「勝元。気を付けろ、相手は手練のようだ。そして…、勝てぬと思ったらお主らだけでも逃げよ。」

心の臓を抉られた気がした勝元が振り返るとその声の主は、顔はいつも通り凛としてるものの小さな肩は震えていた。

秀頼の眼をまともに見る事が出来なかった勝元は小さな返事だけを残し庭へと走った。己の意思に反し笑う口元に苛つきながら。



庭では既に護衛と賊とが切り結んでいた。庭石のように動かなくなっている者や、うめき声を上げながら百足のように地面で蠢いているのは全て護衛の者ばかりであった。

「ひぃ、ふぅ、みぃ、よぉ…。」

勝元は卑屈な笑みを浮かべながら殺気漲る黒い影の数を数えた。

(賊は八人。こちらは…手負いを含めて三人。こりゃダメだな…。)

賊はすぐには襲って来なかった。もはや仕事の成功は確実とみて、一番被害の少ないやり方を選んでいるのであろう。

その隙に勝元はそっと辺りに目をやる。

(裏門。逃げるならあそこだな…。)

遂には狩りの方法が決まったのか、黒ずくめの男達はジリジリと間合いを取り出した。

その刹那一陣の風が桜の花びらを夜空に舞わせた。

「桜…。」

いつ斬りかかられるか判らない張り詰めた空気の中、勝元の視線は桜の樹へと向いた。

「そうか…。散ったか…。」

この土壇場で妙に落ち着きよそ見をしている男に賊達も躊躇していた。

「桜は桜…。例え散り乱れようとも…。俺は…、俺はッ!!」

勝元は大きく息を吐いた。その時生まれて初めて侍になった男は静かに刀柄に手を置いた。その顔からは笑みは消えていた。 


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