ワコククリエイティブスピンオフ⑤
とある晴天の日の朝、子狐カン太は村境の山に来ていた。今日は姉の嫁入りの日。花が好きな姉にお祝いとして贈る為この山に咲く野花を摘んでいた。
「あーうぅあー。」
カン太は生まれて直ぐに大病を患った。一命は取り留めたものの、その影響なのかもうすぐ十にもなるのに言葉も上手く喋れない。同年代の狐達が炎を出したり、大きな獣に化けたり、色んな妖術を覚えているのにカン太が使える妖術は1つだけ。花壇や畑に水をやる事が出来るという奇妙で小さな術。そんなカン太を同年代の狐達は馬鹿にしたが姉だけは違った。
「カン太の術は誰よりも優しい術。私はカン太の術が大好きよ。」
姉に頭を撫でられると、いつも嫌な事は全て何処かへ行ってしまい体の内側がポカポカする。
カン太の姉は穏やかで朗らか。気立ても良く近所でも評判であった。まだ若かったが嫁入りの話が来たのも当然の事。話が来た時に姉は喜んでいたが、喜ぶ姉を見てカン太はそれ以上に嬉しかった。
お日様が天辺まで登り、籠一杯に花を摘んだ頃、カン太は崖下の道に驚くべきモノを見つけた。なんと隣村の連中が自分達の村へ進軍していたのだ。剣や槍、弓矢などを携えた行軍の殺気は山上のカン太にまでピリピリと伝わって来ていた。
今、村では婚礼儀式の準備の真っ最中。このままでは姉の嫁入りは台無しに。いや、それどころではない。虚を付かれたカン太の村は全滅してしまう。
急ぎ村に戻り知らせるか?いやここからでは隣村の連中の方が先に着く。
行軍に飛び込むか?あっさり返り討ちに合って終わりだ。
グルグル頭の中を走り回ったカン太は右手を行軍に向けた。妖術しかない。
深く息を吸い、ヘソの辺りに力を込める。その力を右手へと伝える。更にそれを掌から開放する。
パラパラパラ
カン太から発せられた水は、いつものように辺り1丈程の土を湿らすだけであった。
こんなものでは止められない。もっともっともっともっと…。
「あうっ!」
下腹が焼石を入れられた様に熱い。右手も囲炉裏に手を突っ込んでいるみたいだ。視界が徐々に暗くなる中、カン太は半ば無意識的に右手を空に向けていた。
ポツッ
行軍の男の頭上に水滴1つ。
「むっ、雨か。いや天気はこんなに良い。気のせいか…。」
その瞬間、行軍に大粒の雨が襲った。
「なんだ!急に!」
「さっきまで。いや待て!今も晴天だぞ!」
「どういうことだ!何かの罠か!」
「これは不吉の前触れだ!一旦撤退すべきだ!」
「退けー!退けー!」
慌てて退却する隣村の連中。その様を見たカン太は疲労と安堵でドサリと腰を落とした。
「あぁーうー。」
全てを出し尽くしたカン太は、姉の花嫁姿を見れないのが心残りであったが少し眠ることにした。
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