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☆4 呪枷と銀の蝶

 天界で負った負債(飛翔の際破壊してしまった金殿等に対する弁済、八百八十八万功徳)を返済するため、帝君(天帝、君吾)からの依頼を受け、謝憐は人界に降りて与君山(よくんざん)へ向かう。

 それにしても、天界の通貨が功徳であるのは本当に面白い。
 「功徳」は本来仏教用語であると思うのだが、「現在、または未来に幸福をもたらす良い行い」と手元の辞書には書いてある。だがこの場合はおそらく、信者が宮観や廟宇で参拝する行為やその際の供物のことだろう。線香一本一功徳といった感じか。

 三度目の飛翔を果たした謝憐だが、前回神官だった時から八百年が過ぎている。どんな神様だって八百年も名前を聞かなければ、忘れられて当然である。知らない神様はいないも同然、現時点で彼を拝んだりお供えをしてくれる者などいるはずもなく、まして宮観や廟宇を建ててくれる者など望むべくも無い。
 八百八十八万功徳と言われて、「一万分の一でも無理ですね」と謝憐が返すのも無理からぬことである。

 さて。謝憐は与君山の麓までやってきた。
 この「与君山」について、日本語版原作小説(以下、原作と略す)には「『与君』は『あなたと』という意味」との注釈が付いている。『与』という字を辞書で引くと、『「ともに」と読み「いっしょに・つれだって」の意』と書いてあるので、「君と一緒に」という意味だろう。
 この山に誰が住み、何を望んでいたか…三話まで観れば「与君」という山の名前に、深い意味を感じ取るに違いない。

 同様に原作では、麓の茶屋の前で謝憐はのぼり旗を見て、「『相逢小店(そうほうしょうてん)』ー出会いの小店か、面白い名前だな」と言う。
 そしてこの茶屋で謝憐は出会う、銀の蝶に。
 蝶の正体は、アニメ四話で明かされる。それでも何故この時、銀の蝶が目の前に現れたのか、謝憐は未だ知らない。

 アニメの中では詳しく語られていないので、ここで謝憐の「呪枷(じゅか)」について話しておこう。原作にそのことは記されている。
 ご存知のとおり、謝憐は二度天界を追放(これを「貶謫(へんたく)」という)されている。貶謫されるのは罪を犯したからであり、罰として体に罪の印を残される。これが呪枷であり、黒い輪のように体に巻きついている。日本でも昔、島流しになった罪人に刺青を入れる罰があったが、これと同様に考えていいだろう。

 但し、呪枷とはその名のとおり「呪いの枷」であって、これを施された者は神としての力を封じられる。
 二度貶謫された謝憐には、これが二本付いている。一つは首に、もう一つは右足首に。あまりに目立つので、彼はこれに包帯を巻いて隠している。見られたらいろいろ訊かれるだろうし、元神官だとか、天界を追放されたとか、その理由は何だとか、答えれば答えるほど話がどんどんややこしくなって、相手との関係性にも多大な影響を与えることは間違いなく、面倒なことこの上無いからだろう。

 最初の呪枷によって、謝憐は神としての力を失った。そのため彼は法力をほとんど使えない。ごく短時間、通霊陣(つうれいじん、通霊は音声を伝達すること)で会話が出来る程度だ。
 普通は一度貶謫されたら、どんなに真面目に修練を積んだところで、再び飛翔して天界に戻ることなど出来はしない。しかし謝憐は戻ってしまった。しかもその直後に問題を起こし、再び貶謫されてしまう。
 既に神としての力を失っている謝憐が、二番目の呪枷によって手放した力は「運気」である。これによって彼は、とんでもない不幸体質となった。

 不老不死ではあるものの、人と変わらぬ存在となり、巡り合わせの悪さを抱えながら、謝憐は八百年、人の世界を彷徨った。
 これが変わる最初のきっかけは、やはり三度目の飛翔を果たしたことだろう。おそらくはこれにより、呪枷の戒めがほんの少しだけ緩んだのだ。つまり運気も、ごく僅かではあろうが回復することが出来た。
 そしてそのことが、銀の蝶との出会いを呼び込む。相逢小店でのほんの一瞬の出来事が、いずれ彼の全てを塗り替えていくことになる。

 考えてみればこの場所が「与君山」だったのは、謝憐にとっても暗示的だったのかもしれない。

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