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☆17 空殻(あきがら)

 ようやく信者が出来、戸惑いつつも喜ぶ謝憐の前に、今度は別の村人たちが現れた。彼らはかなり汚れた格好の男を抱えていて、その衣からは砂がこぼれ落ちている。「仙人様。突然見知らぬ人が村へやって来て、その人が死にそうなんだ。助けてやってくれ」

 日本語版原作小説(以下、原作と略す)では、「助けてやってくれ」と言ったのは菩薺村の村長だということになっている。道教の道士は薬に精通している者も多いので、謝憐の所へ連れて来たのだろう。仙人様なら不思議な力で癒してくれる、と思ったのかもしれないが。
 次のシーンはその男が菩薺観の中で目覚めるところなので、謝憐がその男を中に入れ、村人全員に帰ってもらった後、ということだろう。

 男がいるのは昨夜謝憐と三郎が使った寝床、その足元に謝憐、三郎は供物卓(上にお供物が乗っている)の後方で箸を持って(何か食べていたのだろうか)椅子に座っている。
 男は老人で、服装から見て道士のようだ。
 ここに至る経緯を男が話す間、謝憐は穏やかに受け応えし、三郎はじっと男を見つめて注意深く観察している。

 此処から遠く離れた場所(原作によれば菩薺村の西北)にある「半月関(はんげつかん)」は、二百年前には砂漠の中の緑地だったが、今ではそこを通る者の半数が消えてしまうことから半命関(はんめいかん)という名が似合いの場所になっている。鬼が出るとされるその場所を通ることになった商人たちに頼まれて、男は一門の者と共に護衛をすることになった。
 すると道中奇妙なことが起きて、六十人以上いた隊商は壊滅、その男だけが生き残った、と。
「半月関はいつ頃から、そんな物騒なことに?」
「それは、詳しくはわからんが、百五十年前に妖術を使う道士に占領されたとー」
 
 ここで三郎が唐突に話を遮り、「あんたはそこから逃げて来たんだよなぁ?」「そうとも。奇跡的に助かった」「そう」。
 そして三郎は、謝憐に目配せを送る。笑みでそれを受けた謝憐は、「じゃあ、喉が渇いているでしょう」と手元に置かれていた椀の水を、男に差し出す。

 原作では、謝憐は男に対し「話を聞きながらずっと微妙な違和感を覚えていた」、しかし三郎がわざわざ確認するように言った「その一言で謝憐は違和感の正体に気づいた」とある。
 遠く離れた砂漠の地から、ただ逃げることだけを考えて此処まで辿り着いた男。飲まず食わずだったに違いないのに、「水が飲みたいとも何か食べたいとも一切言わなかった」「それどころか目もくれなかったのだ」「これはもう生きている人間とは思えなかった」と。

 謝憐は「遠慮しないで」と笑みを浮かべ、「飲んでよ」と三郎も勧める。男は断ることができず、水を口にして…。どぶん、どぶん、というような音がする。「まるで空の壺に水を注ぐような音だ」と原作。
「もういい。飲んでも無駄。そうでしょ?」
 謝憐は男の手を掴む。怯えたような男の表情が、次の瞬間、殺気をはらんだものとなり、腰の短剣を抜いて襲いかかって来る。だが謝憐はこれを、指一本で弾き飛ばす。

 直後、掴んでいた腕は空気が抜けるような音がして萎み、謝憐の手から抜け出した。逃げようとする男は扉へ向かうが、謝憐が若邪(ルオイエ:謝憐の法器である白綾。普段は包帯に見せかけて腕に巻いている)を飛ばすよりも早く、三郎の投げた箸が男の足に刺さり、そこからまた空気の抜ける音がして、男の体全体が萎んでしまった。
「空殻(あきがら)か。臓腑が無いわけだ」

 原作には空殻についての詳しい説明がある。完璧に人間に化けることの出来ない妖魔鬼怪が考え出した方法で、本物そっくりの材料を使い、精巧な偽物の人間の皮を作る、というものだ。操る者の指示に従って動くが、大抵は単純な動きしか出来ない、と。
 謝憐はこの空殻の見抜き方を知っていた。それは飲食をさせること。空殻は皮だけで中身が無い。つまり五臓六腑も無い。なので、生きている人間が飲食した時とは全く別の音が聞こえる、ということだ。

 「これはなかなか面白い。本物そっくりの化けの皮を作るだけでも凄いのに、陰の気も纏わず護符も平気と。操った奴の法力は強力だね」と三郎。先程まで、彼らと普通に会話をして齟齬もなかったのだから、余程の出来なのだろう。
 空殻の現れ方に作為的なものを感じた謝憐は、通霊陣でこの一件について尋ねてみることにする。

 ところで。萎んで横たわる空殻の下には大きな染みがあるが、これは空殻が飲んだ水だ。落ちて割れた壺から水が零れたようなもので、別に汚いものではない…多分。

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