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☆9 謝憐の過去(最初の飛翔)

 中原の国仙楽に、謝憐という太子あり。
 …から始まる回想シーン。語りが花城と同じ声なので、花城自身が思い出して語っているように聞こえる…というか、そういう演出なのだろう、謝憐と花城が過去既に出会っているのだと、観ている側に想起させる。

 仙楽国が裕福な国であること、謝憐が太子という立場であること、更にその立場を捨て修行の道へ入ってしまったことは、仏教の開祖・釈迦と似ている。違いは年齢と、釈迦が出家した時妻子がいたということか。

 ではこの回想シーンについて、日本語版原作小説(以下、原作と略す)から少し詳しく見てみよう。

 神武通りでの運命の出会い。落ちてきた童を救った。
 アニメでは「しんぶ」と聞こえるが、神武(シェンウー)は天界の第一武神・神武大帝こと君吾(ジュンウー)のことで、煌びやかなこの場面は、神武大帝に扮した謝憐が妖魔を退治する演劇の最中である。
 劇も佳境となったその時、城楼(城壁の物見櫓)から一人の子供が転落した。誰もが悲惨な状況を思い浮かべたが、謝憐が咄嗟に飛び出し、落ちた子供を受け止めたのだ。
 その弾みで黄金の仮面が外れ、若く美しい顔があらわになり、子供は驚いた顔でそれに見入る。(このシーンは後に挿入されている。)

 ある日の一念橋(いちねんばし)では、三問答(みつもんどう)の鬼を斬った。
 一念橋は、黄河の南側にあったという。
 ここにおどろおどろしい姿の鬼(亡霊)が出て、道行く人に三つの問いを投げかけた。曰く、
「ここはいずこか?」
「我は何者か?」
「これはいかにすべきか?」
 三つの問いに全て正しく答えなければ、鬼に食われてしまう。何年も経ち、数えきれないほどの犠牲者が出ていた。その話を聞いた謝憐は、橋のたもとに泊まり込んで鬼を待ち、ある夜ついに遭遇した。
 言い伝えどおり鬼は問いを口にしたが、謝憐は一つ目から答えを間違えてしまう。そのまま戦闘に入り、一昼夜激しく戦った後、謝憐は鬼を討ち果たす。そして橋のたもとに花の咲く木を植え、一握の土を撒いて小さな墓を作った。

 天帝は感嘆した、この子の前途は無限だと。
 太子は若くして飛翔し、神官に名を並べた。

 このシーン、謝憐の後方に立つ人物は君吾である。
 神武通りでの出来事と三問答の鬼退治は、いずれも謝憐がわずか十七歳の時の事で、その若さで彼は飛翔を果たしたのだ。国王夫妻の奨励もあって、沢山の宮觀や廟宇が建てられ、美しい神像が作られて、人々はこぞって参拝した。

 だが、仙楽国は災難に見舞われ、太子は独断で救出に向かうも、国は滅び、下界に追放された。
 謝憐が貶謫(へんたく。法力を封じられ、人界に落とされること)された時の話。飛翔から三年後の出来事である。
 神官は、妖魔鬼怪が人界に侵入した時には天界を降りてその対処に当たるが、人どうしの紛争ではこれに介入しないことになっている。そうでなければ、それぞれに味方した神官どうしで争うことに成りかねないからだ。
 しかし、謝憐はこの禁を破り、人界へ降りて祖国のために力を尽くそうとした。にもかかわらず、戦禍は悪化の一途を辿り、遂には国が滅ぶに至る。
 家や家族を失った民の痛みや怒りは、神官でありながら事態を収拾出来なかった謝憐に向かった。神像を倒し、廟宇を焼き払って、八千あった宮観は七日七晩で全て消え失せた。
 そして謝憐は貶謫され、人々の記憶からも消える…はずだったのだが。

 回想シーンは、現在進行中の与君山でのシーンと交互に現れる。
 傘をさすシーンの演出が見事だ。花城が傘を開き、赤い雨の降る中、相合傘で歩く二人が映った後、傘の柄がアップになる。場面が過去に切り替わって、雨の中赤い傘をさす俯きがちな謝憐が映り、更に簡素な廟の前に置かれた赤い傘に向かって走り出す少年の姿が映し出される。
 花城の持つ傘。過去の謝憐が持っている傘。少年が向かう先に置かれた傘…この三つの傘の柄に気づいてしまえば、その関係性に思いを馳せずにはいられない。
 少年が走り出す直前に流れる謝憐の台詞。花城が浮かべる笑み。更には少年の向かう先の廟に、何が祀られているのかまで気づいたのなら、この少年の正体について、自ずと答えが導き出されるというものだ。

 回想シーンには、少しずつ年齢の違う少年が三人登場している。
 この内、城楼から落ちてくる少年と、傘に向かって走り出す少年は、年も近く、すぐに同一人物だと気づくに違いない。
 もう一人は、燃え上がる建物を背景に項垂れた様子で歩く謝憐に向かって、火を吐くように何かを叫ぶ少年で、先の二人に比べ少し大人びている。共通しているのは、頭に巻かれた包帯によって、片方の瞳が隠されていることくらいだろうか。
 状況が少々違っているが、これはおそらく原作の二巻から三巻にかけて描かれる過去の話(前編)の、最後のシーンなのではないかと思う。泣けるほどに、切なくも力強いシーンである。

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