全てを終わらせるために
2XXX年、大規模な戦争が起こった、燃え墜ちる戦闘機、爆散する戦車、銃声と共に消え逝く兵士の哭、次々と焼け野原となる市街地、世は正に地獄そのものだった。
私は戦死したパイロットの補充要員として民間航空会社から引き抜かれて軍用機に乗って戦った、無線を通じて聴こえた目の前で燃え墜ちる仲間の悲鳴が今でも耳にこびりついている。
私は救いを求めた。
「あぁ…久しぶりに酒でも飲みたいなぁ…」
そう思いながら眠りに落ちた時だった
暗闇の中、ポツンと一つだけモダンなデザインの扉が立っているのが見えた。
恐る恐る扉に近づき、扉を開けた。
中には至って普通のバーが広がっていた。
全体に木材を使用された、街の地下にポツンと立っているバーのようなデザインに、なんとなく落ち着きを与えてくれる不思議な音楽が蓄音機から流れていた。
そして、カウンターには一人のバーテンダーらしき男性が一人、グラスを磨きながらこちらを見ていた。
「ようこそ、まっていたよ、好きな席にどうぞ、まだ誰も来ちゃいない」
ずっしりとした音圧で、しかし威圧は感じないむしろ包み込まれるような優しい声で男性は喋った。
「どうした?状況を理解できていないような呆け面だな、まぁいいさ、最初は皆んなそんな顔をする、ささ、どこでも座りな。」
私は言われるがままこのバーテンダーに近いカウンター席に座った。
ふと、並んでいたお酒の銘柄を見ると、馴染み深いものから見たこともない文字で書かれているものまで、様々な瓶が鎮座していた。
しばらく落ち着きがないようにあたりを見回していると
「普段はどんな酒を飲んでいるんだい?」
と、バーテンダーが話しかけてきた、私は普段ストロングゼロなどの安い缶の酒しか飲んでおらず、その旨を伝えると、バーテンダーは店の奥から見慣れたストロングゼロの缶を持ってきて、缶を開け、グラスに注いで私の前にそっと置いてくれた。
感謝の言葉を述べてから一口飲むと、今までの戦場での記憶がよみがえってきて私は栓が抜けたように涙が溢れてきた。
私が泣いてる間、バーテンダーは何も言わずただ私が泣き止むのを待っていてくれた。
ひとしきり泣いた後、バーテンダーが事情を聞いてきた、私はその優しい包み込んでくれるような声に促されるまま、今までのことを語った。
一通り話し終えたあと、バーテンダーは、しばらく黙考し、その口を開いた。
「お前さん、飛行機が操縦できるのかい?」
唐突な問いかけに驚きつつも、私は首を縦に振った。
「無線の操作は?」
元は民間企業で働いていたので無線はあらかた覚えていた、これも首を縦に振った。
バーテンダーは、ほくそ笑んで磨いていたグラスを置き、その大柄な体を前のめりにしながらそれまで見せたことのなかった少し厳しい顔をしてこう言った。
「そうか、最後に聞くがお前さんは、この戦争を、どうしたい?」
息が詰まった、どうしたいと言われたって、私ははやくこの戦争が終わって敵も味方ももう誰も殺させず、家族のもとに帰れればそれでいいと思っていた。
私は震える口を抑え、深呼吸してから、震えの止まった口を動かしてそう伝えた。
「そうか」
バーテンダーはそう言うとスッと店の奥に消え、何やらヘルメットを二つ持ってきた。
「これをつけてこっちに来なさい」
そのヘルメットは、すっかり見慣れた戦闘機用のヘルメットだった。困惑する頭を振り切って、私は言われるがままヘルメットをつけてバーテンダーを追いかけて店の奥へと進んだ。
長く薄暗い廊下を歩きながら、バーテンダーは口を開いた
「君は、この戦争を終わらせたいと言ったな」
私は頷いた
「まだ戦争が始まる少し前、君と同じような歳の女性が来てね、最初は君と同じくオロオロしていたけど、話しているうちに段々と心を開いてくれてね、その後も何度か来てくれるようになったんだ。だが、戦争が始まって、彼女から日に日に元気がなくなっていくのがわかってね、彼女の話す戦況はとても辛いものばかりだった。」
私は、私以外にもこのバーに来ていた人がいたことに驚きつつも、バーテンダーの話す彼女にシンパシーを抱いていた。
「ある日を境に彼女はパタリと来なくなった。後で知ったんだが、彼女は空襲で亡くなっていた。」
私は何も言えなかった。仮にも国を護るパイロットとして、私が墜としそこねた爆撃機が、彼女を殺したかもしれないと考えると、胸がしまる思いだった。
「だから私は、君のようなパイロットを待っていたんだ、もう一度空に戻るためにね。」
バーテンダーは最深部のドアを開けた。
真っ暗な部屋だった、私はこけないように突っ立っていると、パッと証明がついた。
すると、目の前には大きな戦闘機が一機、佇んでいた。
どうやらここは小さな格納庫のようだ。
「F-15DJ」
いつの間にか戦闘服に着替えていたバーテンダーが私の隣に立った。
「メンテナンスは済ませてある、もうコイツで空を飛ぶことはないと思っていたが、事情が変わった。」
そう言うと、バーテンダーは私に戦闘服を渡した。
「これを着るかどうかは君の自由だ、お望みとあらば、君の軍での登録を抹消して前の会社に戻ることも可能だ。だがもし、この戦争を終わらせたいのであれば、協力してくれないか。」
私は一瞬迷った、今ここで申し出れば軍を抜け、今までの生活に戻れるかもしれない。
しかし、私の脳裏には名前も顔も知らない彼女のことが頭から離れなかった。
もう、誰も殺されないように、もう、彼女のような犠牲者を出さないために、私は渡された服を着た。
「名乗るのが遅れたな、俺の名前はベルモンド・バンデラス、よろしくな。」
いざ握ってみると、本当にガッシリしていて硬い腕をしているベルモンドと握手を交わした。
座席に座り、機器の調整をしていると、ベルモンドが無線を通じて話した。
「俺たちがするのは至極単純、敵の兵器を敵兵が乗る前に破壊し、戦意を喪失させること。敵兵といえど、殺すのは許さない。」
キャノピーが閉まる、エンジンが猛獣の如く唸りを上げ始める。正面の壁が真っ二つに割れ、ゆっくりと開き始めた。
奥の方には見慣れた青空が少しだけ見え、そこまでの道をライトが点々と線を描いていた。
「さぁ、準備はいいかい?あ、そうだ、名前を聞くのを忘れていたな、君の名前は?」
私の、名前はーーーーーー
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