ニートな吸血鬼は恋をする 第四章

「あはは。ごめんごめん……それより、ほら着いた」
「へ?」

真紀の跳躍のおかげで、二人は目的地であるスイーツ屋が目に見える所まで来ていた。

「ここのアイスクリーム。凄く美味しいんだ。いこう?」

愛人は灯に手を差し出す。

「え……う、うん……」

色々と言いたいことはあったが、アイスクリームという単語につられて灯は手を握った。

「さてと、僕はチョコアイスかな。二人は?」
「え……えぇと……バニラアイスで……」
「抹茶アイス三つ」
「オッケー。……よし、出来た」

完全無人の受付で、タッチパネルを操作して愛人は注文を済ませた。
愛人が料金を払ってから、三人はアイスを受け取って適当なテーブル席に座る。灯が一人、その対面に愛人と真紀が座った。

「はぁ……まさか出かけるだけでこんなに疲れるなんて……」

灯はテーブルに着くなり、大きく息をついた。

「あはは。ごめんごめん」
「それで? まさかこんなことのためにこの子を連れてきたの?」

灯は真紀を見る。

愛人の隣に座っている真紀は、黙々とアイスを食べている。
灯にとってアイスを頬に付けながら一心不乱にアイスを食べる真紀は、子供の様だった。
(なんていうか……すごいギャップね……)
灯は学校で過ごしていた時から、真紀の女子力の低さや、頭の悪さを知っていた。
なので今まで何故真紀が総合学科に居るのかすら知らなかったのだ。
(まさかこんな単純でぶっとんだ理由だなんて……)
真紀が高校生でありながら、国内最大手の恋愛警察事務所である『ラヴァーズ』に所属出来たのは、真紀がプロの恋愛警官にも劣らないこの凄まじい心素量を持ちながら、【心装】を無意識に扱えた天才児であったからだ。
その事実は知った女子たちは、そのギャップで惚れてしまうのだろう。

「まぁ、それもあるよ。まきちゃんのことを知ってほしかったから……」
「ふーん。まぁ、だいたい分かったわ。それで?」

灯は自分のアイスに口をつける。

「あのさ。僕、気付いたことがあるんだけど……」
「何……?」
「……君って……友達いないよね?」
「んっ!? げほっ!? ごほっ!?」

灯はアイスを一気に飲み込んでしまい、大きくせき込んだ。
その際、びちゃびちゃと真紀の顔に灯の唾液とアイスが混じったものが飛んでいく。

「あぁっ!? ご、ごめんなさい!?」
「んぅ……」

灯は慌ててその場にあった布切れを真紀の顔に押し当てる。
ごしごしと灯が真紀の顔を拭いている時に、ふと愛人は気づく。

「……それ、テーブル拭きだけど」
「うぁっ!?」

どうやら灯は、かなり余裕がなくなっているようだ。
(それほど図星だったってことか……)
愛人は苦笑しながら、真紀の顔をハンカチで優しく拭う。

「まぁ別にそれが悪いとか言うつもりはないよ」
「……じゃ、じゃあ何よ……?」

灯は一気に不機嫌になってしまい、怒りながらアイスを食べる。

「……真紀ちゃんも、一人だったから」
「……はぁ?」

灯は真紀を見た。
今も真紀は、一心不乱にアイスを食べている。灯よりもアイス優先している辺り、真紀が他人というものにあまり興味が無いことは容易に想像できる。

「あなたは学校に来ないから知らないかもしれないけどさ……その子、人気者よ?」
「うん。それは知ってるよ」
「じゃあ何で?」

それは真紀も気になっていたのか、真紀も疑問の視線を愛人に向ける。

「真紀ちゃんってさ。昔から心素も豊富で皆から褒められていたんだ。だから近づく人は皆真紀ちゃんのことを、すごい人だと思って接しているんだ」
「……」

聞いていた真紀は、一瞬動きを止める。
それは確かに真実だったからだ。

「……対等の立場の友達がいないってこと……?」
「あぁ……皆、色眼鏡で見るから……」
「ふーん……」

灯は愛人の言いたいことをすぐに理解できた。
しかし灯は不機嫌そうな顔を辞めない。

「でもそれ……あなたがいるじゃない」
「……」

あっさりと図星を突かれて、今度は愛人が押し黙る。
「あなたはその子と結構付き合い長そうじゃない。変な色眼鏡なんてないんじゃないの?」
「……そうだね……」

愛人はすまし顔で小さく頷く。
(……やべぇ……そういうの何も考えてなかった……!)
 しかし心の中では滝汗を流していた。
(取り敢えず二人を連れて適当に遊べば仲良くなるとか思ってた……!)
 元々人付き合いが極端に少ない愛人は、まさかこんなところを突かれるとは思ってみなかったのだ。
 しかしよく考えれば、愛人が逆の立場なら、こんな誘いは間違いなく断っていただろう。
 要するに、関わる理由が薄いのだ。
(っていうか真紀! お前もなんか言えよ! さらっとアイス三つも頼みやがって……!)
 愛人が心の中で毒づいていると、灯はため息をついた。

「……まぁいいわ。私に友達がいないのは事実だしね」
「そ、そっか……! よかった……」

愛人は灯が折れてくれたことに心から安堵して、アイスをかきこむ。

「そうと決まれば……あむ、んむ……さっそく行こうか」

食べ終えた三人は、店を出る。

「行くって……どこに……?」
「君が行きたい場所だよ……次はどこに行きたい?」

すると愛人は、灯に尋ねた。

「え?」

てっきり愛人がエスコートし続けるものだと思っていた灯は、首を傾げる。

「いや、君にも行きたい場所があるだろうと思ってね。真紀ちゃんが手を貸してくれる機会なんてそうそうないからさ。行きたい場所、全部行こうよ……!」

灯はふと真紀を見る。
真紀は既に灯に手を差し伸べていた。
またあの超人的な交通手段を使うらしい。
灯は少し心臓の鼓動が早くなる。
驚きはしたが、あれは意外と興奮するのだ。
ジェットコースターに乗っているようで、凄まじい爽快感を得られる。
ビビりな灯にとっても、それは嫌いではなかった。

「そ、そう……分かったわ……」

灯はドキドキしながらも、真紀の手を握る。

「じゃあ……服……見に行きたい……」
「……分かった、真紀ちゃん」
「ん」

それから三人は、様々な場所へと足を運んだ。
先ずは服屋だった。

「やっぱり師子王さんはスタイルいいわね……これで制服しか着てこなかったなんて、宝の持ち腐れもいいとこよ」
「……この服、きつい。あと、真紀でいい」

服屋では、灯が真紀の服を色々と選んでいた。
初めは自分の服を選んでいた灯だったが、いつも制服姿の真紀が制服以外の服を持っていないことを知って、急遽真紀の服を買うことにしたのだ。

「じゃあ、私も灯でいいわ。……あなた、ラップスカート履いたことないの? このボタンはお腹でとめるのよ」
「……この大きいベルト、邪魔」
「それはおしゃれだから締めとくの」
現在二人は沢山の服を持って試着室にこもっており、愛人は外で待っている。
(……これで少しは、仲良くなってくれるといいんだが)
愛人は真紀と幼馴染だが、やはり同性の友達だからこそ話せることも沢山あるはずだ。
灯と出会って、少しでも女性的な自分に気付いて欲しいと思っていた。
(流石にこの歳にもなると、色々まずいからな……)
基本的にアパートでは愛人が家事をしており、いつも愛人は生活力が皆無な真紀の世話を焼いているのだが、たまに風呂上がりの真紀の髪を乾かしたりもしている。
(まぁ精々、灯に色々と教わってくれよ……)
愛人は真紀の成長を願いながら、暇そうに待ち続けた。

「……あなたはどれがいいの?」
「……別に……」
試着室で真紀は、面倒くさそうに服を脱ぎ始めるが、灯がそれを止める。

「それじゃダメよ。あなたの体に合いそうなものを選んでいるんだから、好きなものくらいあるでしょう?」
「……」

真紀は困ったように黙り込む。

「……? これが、いいの……?」
灯はふと真紀が見つめている方向にあった、一つのロングワンピースを手に取る。
着やすさや動きやすさといった、真紀が求めるような機能性を持っていながら、手首と腰回りに茶色のベルトが付いており、真紀のくびれやスタイルの良さを強調するようなデザインで、灰色無地でありながら上品な魅力を引き出す……そんな上等品だ。

「……そう。なら、これに決まりね」
「え、でも……」

物欲のない真紀はいつも買い物をするとき、ほとんど値段で決めている。
この店のものはどれも高価で、真紀はなかなか買う気にはなれなかった。

「いいのよ。こういうのこそ、愛人が喜んで払ってくれるはずよ」
「……そうかな」

真紀は半信半疑ながらも、灯の言葉を信じてみる。

「まぁそういうわけだから、会計よろしく」

そう言って、灯は愛人に買い物かごを渡す。
そこには、真紀の服以外にもいろいろと化粧品が入っていた。

「ん? この化粧品って……」
「この子、化粧品もロクに持っていないみたいだから、私がこの子の肌に合いそうなものを適当に見繕ってあげたの。……嫌なら返してもいいわよ」

流石に買いすぎたことを自覚しているのか、灯は少し申し訳なさそうにする。

「いや、買っておこうか……」

しかし真紀が全く化粧品を持っていないことを知っている愛人は、いい機会だと奮発して全て買っておくことにした。
(ちと出費は痛いが……まぁ来週には給料も出るし、いいだろ)
その後、また真紀の凄まじい跳躍ですっ飛んで行く。

「ちょ、飛ばし過ぎよ……!」
「ん……」
真紀は心なしか、初めの跳躍よりも大きく飛んでいる。
灯はチビりながらも、全力で真紀にしがみつくしかない。

「うわぁ……本当に電車も使わず、秋葉まで来ちゃった……」

ビルの屋上を駆け抜けたことによって、かなり遠くまで遊びに来た。

「お帰りなさいませ、ご主人様! お嬢様!」

三人はそこで、とある不思議なお店で昼食を摂った。

「……なにこれ」
「メイド&執事喫茶だね」

まるで中世のような店の雰囲気の中で、メイド服に身を包むスタッフが注文を取る。

「うんうん……! やっぱりメイドはいいわぁ……!」

いつの時代も、やはりメイドや執事というものに人は惹かれるのか現代でも珍しくロボットやタブレットではなく、人が受付や接客をしている店である。
今度は紳士服に身を包んだスタッフが、コーヒーを配膳する。

「はぁ……私もいつかは使用人とか雇いたいなぁ……」

灯はその光景に、顔をほころばせながら呟いた。
とはいえ……現代の乾燥機付き洗濯機や食洗器、掃除機などは人がやる以上の仕事をしてくれるので、使用人など存在しない。

「それではご一緒に! 美味しくなぁれ、萌え萌えキュン!」
「……もえもえきゅん」

真紀は終始、訳がわからないといった顔をしていた。
昼食後は都内の美術館にも足を運んだ。

「これ、すごいねぇ」
「何のために作ったのか全く分からないわ……」
「意味不明」

よく分からない芸術品に、三者三様のコメントをつけていく。
さらに東京スカイツリーで。

「うわわわ。すごいわね……」
「真紀ちゃんのおかげで高いのには大分慣れたつもりだったけれど、流石にここまで高いのは初めてだよ……」

スカイツリー内にある透明なガラスのエリアに三人は立っていた。
凄まじい高度を感じさせる絶景は、高所恐怖症でもない愛人や灯の足をすくませた。

「……」
ただ一人。真紀だけはその景色をつまらなそうに見ている。

「あなたは、怖くないの……?」
「うん。別に落ちても死なないし……」
「えぇ……」
「あはは……」

相変わらず、次元の違う真紀には灯も愛人も呆れると同時に笑いがこみ上げる。
愛人はこの一日、灯の要望を聞きつつも、灯を連れまわした。
そしてその時間の中で、灯と真紀の距離は縮まっていった。

「はぁ……楽しかったわ……疲れたけど」
「それはよかった……」

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