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未来短歌会には20年以上いさせてもらってます

 前にも書いたように、私は22歳の時初めて短歌結社というものに入り、もうかれこれ36年経つのですが、そのうちの21年を未来短歌会で活動しています。

 ご存じの通り未来は大きな結社ですので、よく、「大きいところでの活動は大変でしょう?」と言われることがあるのですが、月刊で結社誌を出しているところは、小さな結社なら割り付けも校正も会計処理も当然少ない人数でやるはずだし、結局大変さは同じだと思います。伝統ある結社なら年次大会も行うでしょう。

 また、大きな結社は他にもありますが、未来は東中野の駅前のビルに発行所を借りていて、まあ、要するに誰の家でもないので編集作業や会議は割に安定した状態で出来ているのだと思います。もっともそれが大変か大変じゃないの基準になるかは分かりませんが・・・。

 ただ、よく聞かれる「大変?」はそういう意味ではなくて、実はヒエラルキーのことを言っているのだということが最近分かってきました。

 私は、高校の部活を卒業して以来、社会人になっても職場(学校なんですが・・笑)縦の関係というものにとても無頓着なのです。というか、図々しいのかな?

 未来には「先生」と呼ばない、という習わしがあって、多分それは近藤芳美さんの方針から始まっているのですが、古参の会員ほど、つまり近藤さんの選しかなかった頃からの会員ほどそれを厳格に守っている印象があります。

 実際に私も、話しかけた選者から「先生と呼んではいけません(ピシャッ!)」と言われたことがあります。だから岡井隆さんに対しては「岡井さん」、選歌欄で世話になっていた加藤治郎さんには入会当時から「治郎さん」、現在の江田浩司さんも「江田さん」ですが、それで叱られたことはありません。

 もちろん敬意は持っています。ただ、敬しても遠ざけない。

 未来という大きな組織を回してゆくためには全員が自分のスキルを提供する必要があります。ベテランや選者、新参者や若手はそれぞれの経験とスキルを持っていますが、双方の連携がとてもよく、有り体に言えば若手でも手が空いていると見たらベテランにも結構頼みにくいことを頼みます。そしてベテランも選者もほぼそれを断らない。むしろ率先して現場を回そうとしている姿を好意的に見てくれます。

 この様子には、例えば未来の選者を文字通りの先生としてカルチャーから入会された人などは最初驚くようなのですが、入ってすぐ何らかの役割が振られた暁には、そんなこと言っていられませんのであっという間に慣れてしまいます(もちろんそうでない人もいますが・・・)。

 この雰囲気があるから岡井さんが亡くなったあとも未来は、未来らしく存続しているのだと思います。今でも他結社の人からはこのことは心配されていたのだとよく聞くのですが、力のある若い人はどんどん入ってくるし、みんなどんどん活躍しています。

 私はこの先も未来でやって行こうと思っています。別に決意とかでなく私に合っていると思うのです。

 今日はこれで終わりです。

 

 

 

 こんなまどろこっしい文章ですが、よろしければサポートお願いします。  あたし、いつもふと気づいたことはいっぱいあるんですが、ほっとくと忘れちゃうんですよ。  で、ここではもうちょっと落ち着いて深く考えてみたことを書いて見ようとしているんです。