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鎖からの解放

多様性を考えた時に私の中にある鎖のような心について
思い切って語ってみようと思う

日本は新型コロナの感染を、他国に比べてそれほど拡げなかったと言う情報を聞いたことがある

マスクをすることに抵抗がなく、マスクをしないことの方が白い目で見られる、集団意識がとても強いところが功を奏した。

しかし、一時期話題になった「マスク警察」は集団意識の中で鬱屈した感情の現れではなかったか。正義の名の下の暴徒だと感じた。

話は変わって、私が小学5年生の時に担任であった教師は、私たちが「おしゃべり」や「忘れ物」「宿題忘れ」などをすると、罰として平手で頬を殴った。それでもなくならないとなると、今度は連帯責任としてクラス全員を教室に並ばせ、全員にビンタしていった。

誰かが授業中に喋ればその場で授業は中断し、全員がビンタ。そのうち私たちはビクビクし、誰も喋るな、と無言の相槌で、5年1組はいい子の集まりになった。

私は忘れ物の多い子ではあったがこの時どうしていたのか覚えていない。ただ黙って時が過ぎるのを待った。

この教師は喋れば面白い人で、休み時間には子どもたちと遊んだ。他の先生が職員室にいる中で、私の目にはまるでいい教師に映っていた。だからこそ、ビンタは愛の鞭と思っていた。

この教師は時々ぶっちゃけトークをした
印象に残っているのは
「俺は女子が嫌いだ。おしゃべりばかりして、陰でコソコソしてるから嫌いだ。」
「俺は低学年が持ちたかったのに」
「田舎の子はいい子ばかりだと思っていたのにお前たちは違う。早く他の学校に行きたい。」
記憶が朧げだが、こんなことを何度も言っていた

今ならあり得ないと思う。
あの当時暴力は指導力という名前になっていた。
少なからず同年代の人たちはこんな感じの教育を受けてませんでしたか?

この教育の先に、マスクをする日本人がいる。

良いところ、悪いところ

一概にどっちだなんて語れない。

あの時の私は、とにかく誰も喋らないで!言うことを聞いて!ルールを守って!
と心の中で叫んでいたように思う。
自分が傷つきたくないから、自分が痛い思いをしたくないから、利己的だった。

ルールは守るべき
余計なことは喋らない
いい子にして時が過ぎるのを待つのが得策

そんな子どもじみた私が心の中に未だ存在していることを、3日間の研修中、日々の生活の中で意識している。

ああ、あの時の自分、よく頑張ったね

この社会はよい悪いでは語れない、さまざまな見方がある
いろんな方向から物事を見て、自分の在り方をみつけてきたんだ。

教育が悪い、と言うことではなく、戻らない過去をこの先の未来に生かすにはどうするかを考えている。

ルールをまもるということと、他の考え方を許さないということは違う。

今思えばあの時、面と向かってその人に反抗することもできたはずだけど、私は目の前に与えられたものは、全て正しいと思い込んでいた。

今頃あの人は教師を続けているのだろうか。こうやって考える機会をくれたことに対して感謝している。

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