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「家庭の運営という概念 その31」/大学受験考 職業志望が第一、良い大学は第二 (2)

大学受験は、中学受験や高校受験と異なり職業志望が第一とのことを、以下の前コラムで述べました。

劣等性の職業志望上の優位に対する優等生の場合の苦労

また、我が家の長男といういわば劣等生だからこそ職業志望を突き詰めて考えるモチベーションが育まれ、それをもとに大学受験から大学、大学院、就職へと続く道が開かれたことも述べさせていただきました。

さて、一方、次男の場合です。
これまでの本コラムでも述べてきましたように、次男は学校の成績の方は比較的高位を得て、そういう意味で勉強の方のモチベーションはあがり、部活も含めて良い形で学校生活をおくれてきてはいました。

しかし、そういう場合得てして、大学受験をゲームとしてしかとらえられず、職業志望の意識が弱くなり、その後の進路選択の優柔不断さに結びついてしまうリスクがあります。
やはり、大学受験の時に、はっきりと職業志望をもって、具体的な受験校選択を行い、それに向けて受験勉強を頑張るということが最も望まれることです。

次男の場合、高校一年の時に本人も結構考えたようではありました。高二の初めに一応理系選択はしたものの、どういう方面に進むのかは夏休みまで決まりませんでした。
しかし、それまで朧気乍ら感じていたことを形にしようとして、高二の夏休みに私に向かって、クラスメートとは離れて一人暮らしとなる首都圏外の大学へ行きたいと言い出しました。
私は、そういうこともあるかなとは思っていましたが、ここは逆に職業志望の方向を決めるきっかけかもしれないと思い、京大か阪大の医学部なら進学してもいいよ、と言ってやりました。
これは、中途半端な学部だと下宿生活で職業志望が弱まりはしないかとの危惧しました。入学の時点ではっきりする方が本人にとっても良いことだと思い、もう医者になるしかないのだという形で決めてやった方が良いと思ったからです。また、次男は生まれつきの関係で専門の医者にずっとお世話になっていた関係もあったことも意識下にはありました。
少し考えていたようですが、わかったと言って、ついでにといっては何ですが、職業志望も決まったわけです。

実際、受験勉強のことを考えれば、医学部志望を高二の夏休みに決めるのは遅いです。
ですが、本人も志望について納得したようなので、それが何より良かったと思い、内心では浪人もやむ無しと覚悟はしました。

その後、次男は自分なりにも医者の道を調べたり、学校の医学部進学講習などもしっかりと受講して、その志望を確かなものとしていったようです。

追伸:志望によっては受験が難関

これで、職業志望が第一、という点については記載完了ではあるのですが、志望が医学部であったことで、実際は受験は本人もやはりかなり苦労したようです。少しだけそこを記しておきます。

高三の五月までは部活があったこともあり、高二から高三の夏休みくらいまでは成績が落ち続けました。学年で10番以内だったのが、40番くらいまで落ちていきましたが、もうあまり心配してもしょうがないので親は気にしてませんでしたが、本人はかなりナーバスになっていたようです。
しかし、やるべきことははっきり認識できていそうでしたので私は心配要らないだろうと思って、夫婦で食事やその他の日常生活のサポートを出来るだけきめ細かく対応してやるということでやりました。

成績の方は、本人の努力もあって、高三の最終盤に、校内模試で14番に上がり、駿台阪大実践模試でC判定がでましたので、もしかしたら合格するかな、という感じはしてきました。

追伸2:受験本番

受験校は学校とも相談しました。学校の先生は東北大医学部を進めてくれたのですが、本人とも確認し、初心が大事と思い、東北大より少し偏差値は高かったのですが阪大を本命にして、慶應の医学部は併願受験する、という二校受験ということに決めました。
これは現役だったこともありそうしました。一つは、合格しても進学しないもしくは進学を迷う学校は受けないということ。次に、両方受かれば、国立に進学するということ。最後に、片方合格した場合、これは第一点目の裏返しで合格したところに進学するということを決めました。ここは本人にはくどくど言わずに親が勝手に判断していたことです。予算の関係もありますから。

2/21に慶應を一次学力試験を受験し、多少疲れはあったと思うのですが、2/24に私が一緒に付いて大阪に行き、試験会場を下見して前泊しました。2/25に本人は学力試験を受け、翌26に面接試験を受けました。

阪大の感触を後で聞くと、これはダメかな、と思いました。
数学は五問中、三問完答、一問は途中までやったが勘違いしていて最後の1分で正答に気が付いて答えられず。英語はほぼ予定通り8割くらい。物理化学は、物理問題を一問これまた勘違いし、時間ロスし7割程度という感触でした。阪大は共通テストの点が普通で、二次学力試験は7割5分は必要でしたので、やはり難しいようでした。本人も浪人を覚悟したと言っていました。

2/28は慶應の一次試験の合否発表でした。次男は登校日に当たっていたので、私が朝9時にネットでみると合格でした。次男が帰宅して伝えると意外の様子で、チャンスだからしっかり論文と面接の対策をやって3/3に二次試験を受けて来い、と言ってやりました。
慶應の一次学力試験は、次男の感触では、英語の量に焦って十分できなかったということで不合格だと思っていたようです。ただ、よく聞くと数学は良く出来、物理化学はだいたい全てできたということでした。

慶應の二次試験ですが、幸い対策が良かったのと論文もまあまあ出来たとのことで、発表までは安心はできませんでしたが、3/7の二次試験合否発表で合格をいただきました。

3/9は阪大の合否発表でした。予想通り不合格でした。後日4月になって試験結果が送られてきましたが、上記の通り二次学力試験は7割の出来で残念ながらというところでした。

受験というものは、よく言いますが、二つのミスがあると受かりません。ミスが一つまでは実力が見合っていれば合格するものだということだと思います。

結果として、慶應大学医学部に合格し進学して、次男の大学受験は終了となったわけです。







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