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「小説 雨と水玉(仮題)(4)」/美智子さんの近代  ”恋のはじまり”

(4)恋のはじまり

恋というのはやはりよく考えてみると、叶わないでただ思いが募る日々にその本質があるのではなかろうかとの思いを消すことができない。
そういう日々がここにあったのだと思う。

啓一はいつの間にか、美智子に恋をしていた。

彼女はなぜ男所帯の運動系サークルに興味を持ったのか。
高校生活と大学生活にその理由がありそうだった。啓一のところにも徐々に彼女のことが耳に届いてきていた。府立の進学校K高校を卒業して神戸のKJ女子大の文学部に在学しているとのことだった。

美智子は、両親と妹がいる普通の家庭で育ち、そこにまた彼女自身愛着と長女として人並み以上の責任めいたものをもち、両親からの上昇志向を受け継いだいわばその頃の、芯のある普通の女性だったのだろう。それは府立のK高校という進学校に進学しているところからも察しられる。大学受験は国立のH大の文学部を受験もしており、彼女なりに文筆の世界への志望に胸膨らませてもいたのだったのだろう。

進学した女子大は、世間一般にはいわゆるお嬢さんが行くというイメージがあり、関西では最も華やかな香りが漂う女子大だった。
そして戦前からの伝統ある女子大で、初期にはあの越路吹雪のプロデューサーで加山雄三の多くの曲を作詞してもいる岩谷時子をはじめ多くの有名人を輩出している。美智子の近くの学年でも、のちのNHKの有名女子アナウンサーのT.T.とY.U.がおり、特にY.U.は高校の後輩でもあった。

一見華やかで個性豊かな近代女性を輩出する女子大に大阪の府立高校から進学したことで、彼女の中にちょっとしたアイデンティティクライシスの種があったのではないかという想像は成り立つだろう。
府立高校とは180度違う華やかさと、一方で周りには個性伸びやかな近代女性が散見されるという環境があった。それら危機と希望の両面性が彼女の心になにかを灯していたに違いないと思われる。

あるいはそこに啓一が恋をした理由もあったのかもしれない、というよりおそらくそうだったのだろう。
危機と希望の両面性をもち、地に足が付いた形で歩もうとする意志が彼女には感じられたのだ。もちろん啓一にはまだそうとは明瞭には気づかないおぼろげなイメージだったが。
しかし、啓一の目には、美智子からはいつもその意志が感じられ女性としての魅力を湛えながら美しく映っていた。

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