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「先の大戦終戦時の厳しい情勢、本土焦土化松代遷都親ソ派工作と保守派の行動」/『大東亜戦争と本土決戦の真実』(並木書房 家村和幸著)

今年も慰霊の夏がやってきます。
西村真悟さんに勧められ、家村和幸さんの『大東亜戦争と本土決戦の真実』を読みました。
大東亜戦を終戦にこじつけたことが実に困難なことであったか、これはさまざまな歴史家の研究の成果があることであり、将来に亘って日本人が拳拳服膺しつづけるべき文字通りの国史であろうと思います。

レーニンの伝統的価値観否定戦略は今も生きて機能している 例年、夏、特に八月に入ると、 マスコミは、我が国の公式名称である「大東亜戦争」に関して、 決して公式名称を使わずに「太平洋戦争」と呼び続けながら、 その戦争特集番組を連日放映し、 八...

Posted by 西村 真悟 on Saturday, June 3, 2023

この『大東亜戦争と本土決戦の真実』もその中の重要な一つの著作だと思います。

ただ内容については、私などの理解や文章力より、西村真悟さんのFacebookを読んでいただいた方が遥かにわかりやすいので是非そちらをご覧いただきたいと思います。

しかし、少しだけ私見を記しておきたいと思います。

太平洋諸島における地下陣地戦

鉄壁の地下陣地を構築したラバウル第八方面(軍司令官今村大将)の戦術は、太平洋の島々、ビアク島(隊長葛目大佐)、ペリリュー島(隊長中川大佐)及び硫黄島(軍司令官栗林忠道中将)の闘いで踏襲され、日本軍が米軍に対して極めて大きな犠牲を強いた戦いとして記録されています。

それに対し、サイパン島などの闘いは水際戦を選択し、どちらかと言えば短期で殲滅させられた戦いと思っておりました。

水際撃滅戦述の意味の再考

しかし、サイパン等の闘いは準備不足によるものであり、特に住民が共存する中での対上陸作戦戦術は、十分な準備配置を取った上での水際撃滅戦術だと大本営は決定し、それをこの書で家村和幸さんが詳細に解説してくれています。

そしてこの作戦が沖縄戦を総括する中で出てきたということであり、説得力があります。
また、この水際撃滅作戦を当初より採っていたのが、ラバウル第八方面軍司令官今村大将であったということを、私はこの『大東亜戦争と本土決戦の真実』で知りました。昭和二十(1945)年三月、第八方面軍参謀の原四郎中佐は大本営に招致され、本土決戦作戦、すなわち水際撃滅作戦を主導したということです。

充分なる準備を行えば、上陸軍の艦砲射撃被害の見積もりから、水際撃滅作戦成功の可能性が劇的に上がるということをこの書は記しています。
そして共存する国民を守ることにもつながるということなのです。

実際の歴史は、その防備の上に、昭和天皇の聖断により終戦が成った

実際の歴史は、昭和天皇の聖断により終戦が成った、ということですが、その過程の一方で、水際撃滅作戦の準備がしっかりとされていたということがやはり極めて重要なのだと思います。

ポツダム宣言という停戦条件を政府が受け入れ、しかも分割統治されないぎりぎりのタイミングで終戦したことの重大な意味

親ソ派による日本滅亡計画とも言える工作が行われている最中、真の保守派と言える日本派軍人及び要人が昭和天皇と一体になる形で終戦を進め、それを実現しました。
それは、ドイツやイタリアとは違い、政府がきちっと存在し交渉する中でポツダム宣言という停戦条件を受け入れ、国として終戦を向かえたということです。そしてそれはぎりぎりのタイミングでしたが、ドイツのようにソ連による分割統治を免れたということでもありました。

戦後の日本に齎されたこのことの重大な意味を、慰霊の季節の夏に今一度胸に深く思いを致す必要があると私は思います。
戦後日本人があの廃墟から心を一つにして復興を成し遂げた基には、この終戦のあり方があったということを忘れてはならないと思います。




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