「我らただただ道を行く」第三話

敵軍に包囲された山、その兵舎でやせ細った兵士たちと、本から目を離さないヴィルマが会話をしている。会話をしているのは、前話に出た兵士CとD、そしてバケモノ(熊)から逃げてきたモブ兵士である。
前話で降っていた雨は止んできたが、空はずっとどんより曇っている。
ヴィルマ「つまり、ライデンは……あのオーガ族の人ですね。彼は、バケモノを探して山に入っていって、あなたたちとすれ違ったと」
モブ兵士「(頭を抱えて)も、もうダメだ! きっとバケモノに食われちまってるよ!」
ヴィルマ「バケモノを食っても、食われているところはまったく想像できませんね。むしろ、食われるくらいおとなしい方がいいですけど」
兵士C「暗に一回死ねって言ってないかそれ?」
兵士D「それにしたってアンタ、あのデケえのを信頼してるんだな」
ヴィルマ「まあ強さは信頼してますね。きっと、偉そうな顔をしてバケモノの首か肉を持って帰ってきます。もししくじっていたら、全裸で下の軍隊に突撃してもいいです」
ヴィルマにそこまで言わせるのかと、感心する兵士たち。
この状況で、ライデンが帰ってくる。ライデンは無手であり、バケモノの首も肉も持っていない。やっちまったという顔をしている。
ライデン「ただいま! いやー悪い悪い、バケモンにトドメ刺せなかったぜ!」

タイトル「我らただただ道を行く」

                  ◇

兵舎にて、下の軍隊の様子を見ているライデン。
ライデン「(真面目な顔で)あの攻めっけ。一日、いや、半日後には攻め入ってきそうだな」
羽織っていた浴衣を脱ぐライデン。まわし一丁になると、ライデンの影に隠れ体育座りで本を読んでいるヴィルマに、その浴衣をかける。ヴィルマは全裸であり、眼鏡以外何一つ身につけていない。
ライデン「寒いでしょう。羽織りなさい」
ヴィルマ「(ライデンを睨みつつ)ぬけぬけとよく言いますね」
憎まれ口を叩きつつ、ヴィルマはライデンの浴衣を軽く羽織る。
ライデン「んな睨まれても、俺のせいじゃねえし。兵士たちだって、別にそこまで……って感じだっただろ」
ヴィルマ「自分で言い出したことを反故にするわけにはいきません」
ライデン「頭がいい割に変なところで律儀なのは、お前の良いところだよ。どうしたって、頭だけのやつには限界があるからな」
ライデンは、兵舎を見下ろす位置にある将軍たちの軍営を見上げる。
ライデン「ちょっと耳かせ」
ライデンはヴィルマにひそひそと耳打ちをする。耳打ちを聞き終えたヴィルマは、本を閉じる。
ヴィルマ「まさか、そんなことを考えていたんですか」
ライデン「頼んだ。頭のいいバカにしかできない仕事だからな」
ライデンはヴィルマに背を向け、ヴィルマもそっとその場から立ち去る。
のっそりとその場に立つライデン。意気消沈している兵士たちの目が、徐々に集まっていく。
ライデンは蹲踞の姿勢を取ると、そのままゆっくりと片足を天に上げる。不自然な体勢でありながら、微動だにしないライデン。やがて額から、ポタポタと汗が落ちる。
ライデン「よいしょー!」
足を一気に振り下ろすことで、ライデンは激しい四股を踏む。地面が揺れ、ライデンの一連の動作を見ていた兵士たちも驚きの顔を浮かべる。

                  ◇

山上の軍営。指揮官たちとともに望遠鏡で下の兵舎を見ていた将軍が、そんなライデンを鼻で笑う。
将軍「見てみろ。変な男が、おかしなことをやってるぞ」

                  ◇

再び蹲踞の姿勢から足を振り上げるライデン。そんなライデンの姿から、目が離せない兵士たち。
兵士C「なんだろう、アレを見ていると、力が湧いてくる。どんどんと、どんよりとした嫌な空気が晴れていくような……」
兵士D「うおぉぉぉぉぉぉ!」
叫ぶ兵士D。装備を外しシャツを脱ぎ上半身裸になると、見様見真似でライデンの四股のモノマネをする。
ライデンの四股に合わせて、兵士Dも四股を踏む。ぺたりとした力のない四股だが、そんな四股を見たライデンと兵士Dは、共に朗らかな笑みを浮かべる。
二人を見て、ぶるぶると震える兵士Cやモブ兵士たち。彼らも兵士Dと同じように上半身裸になると、ライデンの四股に合わせて四股を踏み始める。
ライデン含む一同「「「よいしょー!!」」
立ち上がったライデンは、山を包囲する軍隊に目をやりつつ宣言する。
ライデン「行くぞ!」

                  ◇

ライデンたちがいる山を包囲する軍隊。最前線には木の杭で作られた柵が作られており、柵の向こうには槍やボウガンを持った敵兵士たちが控えている。
モブ敵兵士「なんだ、ありゃ?」
真正面から堂々と歩いてくるライデン。あまりの不可思議さに、思わず敵兵士も武器を構えるのを忘れる。
柵の近くで、ピタリと足を止めるライデン。そのまましゃがみ、相撲の仕切りの姿勢を取る。
ライデン「はっきよい……!」
ライデンが立ち会った瞬間、柵が前線の敵兵士たちごと吹き飛ぶ。ただ一直線に猛進するライデン。ライデンの移動に合わせ、兵士たちが吹き飛び、転がっていく。
敵指揮官「重装兵!」
ライデンの前に立ちはだかる、全身を鎧で固めた重装兵たち。手にした大きな盾でライデンを抑えようとするが、ライデンの突っ張りにより盾ごと吹っ飛んでいく。
敵指揮官「ええい! 数だ! 数で押し込め!」
突き進むライデンめがけ、周囲からじりじりと兵士が寄って来る。ライデンがかきわけた箇所も、徐々に兵士で埋まっていく。
そんなライデンを追うようにあらわれたのは、前話でライデンが倒した巨大な熊であった。熊の上には全裸に浴衣を羽織っただけのヴィルマが乗っており、荷物や本も積んである。熊はライデンの開けた道を、再び力づくでこじ開ける。
敵指揮官「(唖然として)熊の上に裸の女? 陸のスキュラ? それとも山の女神か?」
モブ敵兵士「うあああああ!」
更に驚愕する敵兵士たち。
ライデンと熊の後を追うようにして、山の上に居た兵士たちも、武器や病身の仲間を背負い猛進してきた。上半身裸の彼らは、皆恐ろしく高揚している。

                  ◇

山の上の軍営。未だ山にいる将軍や指揮官が、あんぐりと口を開けている。
ライデンたちの手により、真一文字に裂かれた敵の包囲網。ライデンたちはそのまま敵の包囲網を突っ切ってしまう(俯瞰視点)
二人の指揮官が、慌てた様子でやってくる。
指揮官A「へ、兵士たちが皆いなくなってます!」
指揮官B「現在、山にいるのはこの軍営にいる者だけです」
将軍は、手にしていた望遠鏡を落として腰を抜かす。
将軍「こんなイレギュラーあるものか!」
すでにライデンたちは全員包囲網を突破しており、敵陣は元に戻ろうとしていた(俯瞰視点)

                  ◇

遠くで手をふる兵士たち。曇っていた空が晴れている。
ライデン「近くの基地まで、気をつけてなー」
ライデンも手を振り返す。そんなライデンに、上から降ってきた浴衣が被さる。元の格好に戻っているヴィルマ。ヴィルマはまだ、熊の上に跨っている。
ライデン「(浴衣をちゃんと羽織りつつ)いい加減、寒くなってきたとこだ。ありがてえ」
ヴィルマ「ところでこの熊、どうしてこんなことに?」
ライデン「いやぶちのめして、熊鍋にしようと思ったら、なんか懐かれちゃってよ」
熊はライデンの顔をべろべろと舐め、ライデンはよしよしとあしらう。
ヴィルマ「連れてきて大丈夫なんですか? 人を襲ってたらしいですが」
ライデン「襲って怪我させてはいたが、殺してもいないし、食ってもいない。どこまでが、おおごとになるのか、よくわかってんだ。賢いやつだぜ」ヴィルマ(賢すぎるのでは……)
ライデンはじゃれついてくる熊を引き離す。
ライデン「しっかし、あの戦場に居た連中は、みんなやがてこう言うだろうな。相撲道、恐るべしって。他の”道を知る”やつにも負けねえよ」
笑顔で晴れた空を見上げるライデン。ヴィルマはどうでもよさげに、熊の上で本を読み始める。

                  ◇

山の上の軍営。テントはボロボロになっており、あちこち荒廃している。
指揮官たちは姿を消しており、将軍一人しか残っていない。
将軍「へへ、イレギュラー♪ イレギュラー♪」
山の下を覗きつつ、歌う将軍。もはや、正気を失っている。

                  ◇

山を囲んでいた敵軍が壊滅している光景。死屍累々と転がる兵士たちの中に、ポツポツと居る、剣道の胴と袴を着た男たち。彼らは木刀を装備している。
中央に立ち、竹刀を構えている全身剣道着の男(リビングアーマー)。面により素顔が隠れているが、目だけはらんらんと光っている。剣道着の男を大写しにし、話を終える。

第三話~完~











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