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IBN寮物語—口上(こうじょう)2—

  口上(こうじょう)の説明を聞いた新入寮生は一同顔を見合わせた。新年度初日から、自己紹介と言う名目で、違法な飲酒を強要されると思わなかったので全員驚いている。とりあえず、新入寮生同士で話し合いをすることになった。
  とりあえず鹿本が口火を切った。「アルコール燃焼の化学式は知っとるが、アルコールの分解は知らん。どうしよう。」と声高に言い、頭をかいている。だめだ、話にならない。次に嘉門が話をする。「まー、やるしかないったいね」と目が座っている。どうも九州男児の変なスイッチが入ってしまったようで、これも話にならない。
  次に、北王子が話をする。「鹿児島では初めにビールではなく、焼酎を飲むんだよねー。焼酎で有名な赤霧島とか黒霧島は鹿児島の地名から来てるからね。だから、鹿児島県民は結構アルコール強いよ。」と言ってきた。もしや北王子は飲酒経験者かと新入寮生全員が期待したが、「北王子は飲んだことあるん?」と私が聞くと、「自分は飲んだことない。」と言い、全員からため息がもれた。だめだ。いつもの北王子の机上の空論だ。その後も新入寮生に話を聞くが結局全員が飲酒未経験のため、まったく勝手がわからず、話がまとまらなかった。
  最後に、猪俣が話す。猪俣は冷静で、「未成年者の飲酒は違法やし、その強要も違法や。ただ、その証拠になり得るものを作れるか?」と言う。皆でそれを考えてみると確かに作れそうに無い。東先輩は「飲み物」と言っており、お酒とは言っていない。また、現場で写真や音声を撮ったとしても証拠として弱い。動画が撮れれば良いが、当時の携帯電話にはカメラ機能がほとんどついていなかったし、仮にあったとしてもメモリも不十分だったので長時間の録画は難しい。仮にホームビデオのカメラを設置したとしてもすぐに設置が先輩たちにバレるので、動画は撮れない。
  猪俣はさらに続けて言う。仮に証拠が十分にそろったとしても、飲酒強要のために、未成年が二日酔いになった、という結末では、事件性がほぼない。警察は刑事事件で忙しいので、未成年の二日酔い程度では、警察でも相手にされない。誰かが飲酒で死亡するくらいの事件が起きないと警察は動かないだろうという。こうして話し合った結果、猪俣は「まー、やるしかないったいね」と嘉門と同じことを言った。
 論理パズルを一瞬で解く天才猪俣と昼夜ハンマーを持ち歩いている坊主嘉門が全く同じ結論になったというのは驚きであった。しかし、この話し合いを機に新入寮生全員が口上(こうじょう)を「やるしかないったいね」となった。一人を除いては。

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