麻雀代走屋⑧非情なロン

「今日は人を殺す事になるかもしれない。情けはいらない。容赦なく叩いてこい。」

とだけTさんに言われ相手を知らずにKさんと一緒に今日の戦場へ出向くとそこに居たのは私を可愛がってくれていたプレス工場の社長だった。ずいぶんとヤツれた容姿になったもんだ。

この社長に私はかなりお世話になった。ご飯は何度もごちそうになったし夜のピンクの世界を一通り教えてくれたのもこの人だった。当時はボテっとしたお腹が目立っていたが久しぶりに会った今は痩せたというよりヤツれたという表現が正しそうではある。

麻雀をする前に現状の話を聞かされた。

「詐欺に引っかかってな。1億7000万の借金を背負うことになった。そのせいで仕事もどんどん減って倒産寸前だよ。もうどこも融資してくれない。明日600万の支払いもあるができない。闇金駆け回ってやっと300万だけ集めた。今日麻雀して600万にして支払いできるかオケラになるかの勝負をしにきた。だからお手柔らかに頼むよ。」

と言われた。そういう作戦か?とも思ったが見た目が現状を物語っておりTさんからの言葉も込みで嘘ではなさそうだった。

私はこの勝負受けれないと断ると社長は逆ギレしてきた。

「どうせこんな端金持っててもしゃーないやろ。お前が俺の会社面倒見てくれるんか?あ?」

と。どう見ても精神的に参っているようだ。お世話になった方なのでなんとか力になりたいと思ったが社長の意思は変わらないようだ。そもそもそんなお金を賭けて打つ麻雀の依頼をしてくる時点で正気ではないのだろう。社長の雀力も家庭麻雀レベルで我々に勝ち越すのが難しいことぐらいわかってるはずだ。

すると社長はTさんに電話をかけ

「お宅の麻雀打ちが打ちたくないと言ってるんだがどういうつもりだ?」

と言い出した。電話を切るとすぐに私の携帯に電話がかかってきて打て、ヤれと言われた。

仕方なく卓に座ることになった。

ルールは3人打ちイーハンありあり、30000点持ち40000点返し、ウマは2着0で3着は-40、赤2枚ずつの花4枚。チップ対象は1発、裏ドラと赤の鳴き祝儀。レートはハコテンで約60万のデカデカピン、祝儀は1枚50000円。役満祝儀は50万。昔社長と麻雀をしてたときはハコテン60000円だった。10倍のレートである。

社長の300万が600万になるか0になるかまで続けるということだった。資金が300万でこのレートはどうなろうとすぐに決着がつきそう。社長は生き急いでるように感じる。

鬼気迫る社長とライオンのような目つきのKさんと心ここにあらずの私で始まった。

最初の半荘で私は一度も上がることができず社長とKさんのデッドヒートだった。結果はKさんがツモってトップを取り私は飛んだ。

2戦目と3戦目は親番でKさんが無双を続け社長を飛ばしてダントツトップの3連勝。あっという間に社長のスコアは-200万を超えた。

ここで小休止を挟みトイレでKさんに喝を入れられた。

「我々の仕事は麻雀。与えられた仕事をこなすだけ。相手が誰であろうが状況がどうであろうが私情を挟むな。全力で打って相手からお金を奪うのが仕事だろ。」

と言われた。私は納得しながらも腹を立て

「Kさんはお世話になった相手の現状を理解してそれでも同じ麻雀を打てますか?」

と言葉荒めに言い返すと思いもしない言葉が返ってきた。

「俺にはあの社長は死に場所を探しているように感じる。自分の工場をあきらめきれずどこかで終着点を見つけないといけないことはわかってるはず。トドメを刺してくれる人を探しているように見える。そうじゃなければこんな無謀な麻雀をするか?」

と言われた。私は始める前から視野が狭くその考えは全く浮かばなかった。

卓に戻り再開した。この半荘は社長がトップ目でオーラスを迎えた。

オーラス
私親番9000点持ち
南家Kさん20000点持ち
西家社長61000点持ち

5巡目。

「まだ俺は死んどらんぞ!」

とギラギラした目をしながら先制リーチ。私は次のツモで役なしのドラ1カンチャン3s待ちでテンパイし追っかけリーチ。社長が1発で3sをつまみロン。裏ドラはアンコの9sが乗り裏3。18000点の4枚。

オーラス一本場
私親番28000点持ち
南家Kさん20000点持ち
西家社長42000点持ち。

私の配牌は10種10牌。国士無双へ向かった。しかしまたしても社長から7巡目先制リーチ。私はイーシャンテンで欲しい牌は9mと白。すると8巡目の次のツモで白を引いてテンパイ。しかし場に9mは3枚切られている。次巡無筋の危険牌を切り飛ばしその次巡も無筋の赤5pを切り飛ばした。

社長が次のツモに手を伸ばし盲牌をすると動きが止まり何かを悟っていた。

「ありがとう。」

の一言と共に9mが場に切られた。私は手牌を倒せずうつむいていた。そのまま数秒時が止まり、社長が口を開いた。

「すぱろー。時には人を踏み台にしなきゃいけない。俺もこれであきらめがついたよ。手牌を倒せ。」

「ロ…ン。48000の10枚です…。」

と震えながら手牌を倒した。社長は何か清々しい顔をしていた。

「最後にお前と麻雀を打ててよかったよ。これからは地道に働いて細々家族と暮らすわ。お前と出会えてよかった。ありがとう。またな。」

と言い残し、300万を置いて去っていった。

Kさんの言う、社長は死に場所を探しているという言葉は本当だったのかもしれないと思った。

帰り道Kさんは優しかった。焼肉を奢ってくれた。しかしほとんど喉を通らなかった。業を煮やしたKさんが

「気持ちは分かるけど覚悟が足りない。俺はこの類の経験は何度もしている。この仕事を食いぶちにしているなら社長の分まで覚悟を持ってやるしかない。じゃなきゃ社長も浮かばれない。」

と言い私の取り皿に肉をどっさり入れ、食え!と言ってきた。

私は深呼吸をして社長の顔を思い浮かべながら心の中で頑張りますと誓いご飯と肉をたらふく口に詰め込んだ。覚悟とは難しい言葉だなと感じた。

肉の筋が喉に引っかかり息が出来ず思いっきりむせて苦しかった。

つづく

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