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XV. 零れる物語

東京の街を歩けば、人がいる。
多様な背景を抱えて歩いている。
いろんな気分に包まれ、立ち止まっている。
口で言わずとも、語らずとも、その姿、佇まい、香りが、その人が紡ぐ物語を教えてくれる。

5年10年という歳月、幾巡りも季節を送り、容姿や言動が変化していく人、変わらない人、様々。
30歳を越える頃から、生まれつき各々の遺伝子に記された計画とは異なる力が人の時間を作る。
生まれや育ちの経緯は薄れ、他の誰でもない自らが自らを創りだす頃。
時を経て、自信が満ち、輝きが溢れる人は、積み重ねる毎日が淀みなく美しく流れている事だろう。
年月を重ねても姿が殆ど変わらない人は、外から乱される事なく自らの時間を独自に刻み続けているのかもしれない。
生活に淀みを抱え、その淀みを取り除けずに感覚の満足を疎かにする生活が人をどのようにするか。
言わずとも、都心21時の満員電車内で知れるだろう。

「見た目の若さ」などという尺度で括れるほど容易ではない、中年以降の人の佇まい。
容姿は人の生活を暴く。

コンシーラーやブランドのバッグでは覆えないものがいくらでも滲み出る。
何を着ているのか、着ていないのか、美しさは其処にはない。
品格、それは語るまでもない。
そこに見えているそのすべてが人の品格を表す。

目には見えない香りは、その人に近づくことができた人だけが知る印象。
Personal Perfume_Śūnyatā_はファッションフレグランスではない。
けれども、個人の感覚に合わせて調合された香水は、何かの癖がつきズレてしまった自分自身の本来の感覚を取り戻すことを助けてくれる。
自分の感覚が何を求めているのか、本当のところを感じられれば、おのずと自分が纏うふさわしい香りを選ぶことができるようになる。
市場には纏うための香りの製品は溢れている。
さあ、あなたは何を纏う?

どんな香りであれ強く香り過ぎるならば、人を遠ざける。
香りを通り越し、強すぎる匂いとなればそれは本能的に危険を予感させる。
湿度によって香りの拡散は強められる。
濡れ髪、汗をかく部分に付けられた香りは強く香り立つ。
香料入り柔軟剤の残香が残る服は、その表面積の大きさを考えれば当たり前だが、
湿ると容赦なく周囲に匂いを撒き散らす。
人払いにはいいが、逃げ場のない公共の場では誰かが苦しむことだろう。

幼い子供が口にする飴やガム。
人工香料添加物の摂取がどうかという以前に、匂いが強く、かなり離れても匂う。
食品を想起することすらできない匂いの質とあまりの強度。
私はとても口にできそうにないものを際限なく与えられ、与えられるまま食べている。その状況にどんな物語を想起するだろう。

柔らかなスカーフにセーター、白いパンツ姿のご婦人は白い髪を後ろ一つに束ねていた。
背筋を伸ばしてエスカレータに乗る婦人に近づくと単品パチョリの香り。衣類の素材がカシミヤ、シルクであることが知れる。防虫目的でインドのカシミヤの保管にパチョリが使われることがある。合成香料ではない静かに香る植物の香り。
そこには物語が生まれる。
生活を大事にし、衣類を美しく纏うことを楽しむ余裕。
美は調和。
年齢を重ねることで美を高めることができるのだと教えてくれる。

人それぞれの物語がある。
素敵な物語はそれを知った人を感動させることもできる。

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