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東京残香_青山一丁目

***失われていく街の香りを、物語の印象として記す試み****

東京残香 青山一丁目
ラルチザンパフューム L’ARTISAN PARFUMER

TIMBUKTU EDT composed by Bertrand Duchaufour 2004

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あれ、通り過ぎてしまった?
道を間違ったのかも?
思わず歩いて来た道を振り返る。
だってここは、見たことがない、知らない場所だもの。

初めて見る煌びやかな建物の影に入り立ち止まる。
何処の駅ビルでも見られたアパレルブランドのショーウインドウ。
私が辿り着きたかったあの場所が、見当たらない。何処にもない。

ブーツの足音は引き返したり、また立ち止まってみたりを繰り返す。

かつてこの街で勤めていた頃、オフィスや買い出しに出たこの街の喧噪に疲れると、
そっと逃げ込むように立ち寄った。
都営住宅の団地の敷地の中にある小さな公園のブランコ。
天気の良い日にはよく昼食を取ったベンチ。
並んで建つ低層アパートの前庭。
その植栽の中では、ミニトマトがたくさん実を付けていた。
勝手に繁茂した薊や秋明菊の花の揺れる姿。
硝子とアスファルト、コンクリートで覆われたこの街の中にエアポケットのようなその一角。
季節の香りを感じたあのハーブの花壇。

まさか。
その場所が消えている。
あれは、夢だったの?

団地は、勤めていた会社の青山通りを挟んだ向かいのブロックにあった。
かつて会社の本社が入っていたビルはここにある。

だから辿り着くのに道を間違うなんてことはありえない。
とはいえ、そのビルにはもう別の会社の看板がかかっている。
あの頃、あのビルの最上階から眺めた、夕空に煌めくおもちゃのような東京タワー。

自分の中に仕舞われていた尊い日々の記憶は、
その場所に戻ればまた触れることができるものだと信じて、期待もしていた。
だから、この街の全てをこんなふうにチープに塗り替えてしまった、この20年の世の潮流に、怒りを覚えた。
単なる身勝手な感傷なのだと重々分かっている。
私が失ったその場所も、かつては誰かの大切な記憶の上に容赦なく上書きされて生まれたのだから。
連綿と繰り返されてきた世代の移り変わり、世の移り変わり、そんなこと自分が年齢を重ねてみなければ知らないことだった。
都市の新陳代謝は止まらない。

私が20代の生きた時間がこの街そのものだった。
この街は何か得体の知れないエネルギーに包まれて、私もその渦中にいた。
皆が早足でどこかへと急いでいた。

この街では、私は幾つもの香りを拾った。
煎れたてのコーヒー。
シナモンが芳ばしいアップルパイ。
大人にしか入れない店のイタリアのポプリ。
特別な店を何よりも印象付けていた革の匂い。
夕立に襲われたアスファルトからの水蒸気。
ベチバーが薫るカシミアを纏った白髪の婦人。
この街で拾える香りが好きだった。
そして、自分自身も、香りを纏うことが好きだった。

それから、この街を去り、イギリスの田園地帯に移り住みもう長い時が経った。

田舎暮らしに慣れてロンドンの街にすら滅多に足を向けることも無くなっていたのだけれど、帰国して横浜にある実家に向かうはずが、ふと羽田に降り立って向かったのは、この地下鉄の駅だった。毎日、放っておいても足が向かった通勤路。

20世紀の終わりの頃。
私がこの街にいた時代。
世の中の皆が同じ曲を知っていた。
カラオケやクラブという文化を通じて、人を繋げるメディアとしての音楽ニーズがあった。
収益性など、気にする余裕すらないほどに加速した日々の中で生まれた音楽の数々。
音楽業界は、映像やコマーシャル、テレビとのタイアップで魔法のように規模を膨らませた。
私は歯車を加速させた渦中の一員だった。

好きな曲だとか、嫌いな曲だとか、そんな個人の好みを越えてヒット曲と呼ばれるようになった作品は、時代をそのまま描きだして切り取り、いつまでも感じさせてくれる。

何年経とうとも、共に生きた人々の心に瞬時に同じ像を浮かび上がらせタイムバックさせてくれる。
二度と戻ることのない時代へ。
そんな楽曲を残してくれたあの頃の多くのアーティストたちに、今、改めて敬意と感謝を抱いている。
そのことをもう誰にも伝えられないことを、悔いながら。


エグゼクティブマネージャー 柴田ゆき、というプラスチックプレートの名札。
スーツの胸にそれを着けるところから一日が始まる。
音楽制作会社の社長室マネージメント業務。
足下のマロノブラニクの黒パンプスは20代の自分には高すぎる買い物だったけれど、身を仕事のために整える商売道具の一つだと思って奮発した。
襟元から香るラルチザンパフュームのTIMBUKTU。
甘くない、ミステリスで背伸びした気分の香り。
DiorやGUCCI Chloeを纏っている秘書室の他の誰とも被らない。
ラルチザンパフュームに出会ったのもこの街だった。今でも忘れないこの香りに出会ったアニベルセルの中の小さな一角。

色付いた欅やマロニエの葉が舞う青山通り。
あんな音やリズム、歌詞は、きっとこんな光景の中だから生まれた。
まだ午後2時だというのに、冬の陽の下で街がセピア色になって過去に重なる。
こんな光景の日に、流れていく街路樹を車窓から見ていた。
横の運転席にいた人の顔を、思い出したいのにもう思い出せない。

音楽に携わる人間たちが入れ替わり立ち替わり、出入りしていた音楽制作会社の社長室。
私は彼等と社長とのやり取りを書き残し、社長のスケジュールを調整し、約束のある相手に連絡を入れる。
社長が社長でいられるよう、黒子として支える毎日の仕事は忙しく、自分が徐々に会社にとって不可欠な存在になっていくことに少し己惚れていた。

昨晩テレビの画面で見た姿そのままで社長室に詣でるボーカリスト。
無数のスパイクリベットが打たれた動き辛そうな革ジャケットは、出演衣装ではなく普段の彼の私服であって、カメラでの個性のアピールかと思われた変な口調は、もともとそのような口調なのだと知った。
社長応接室に案内した少しだらしがない感じの、フケを肩に付けたおじさん。
応接室の大きなソファで小さくなっているよりも、住宅街で犬でも散歩させていそうな姿。けれど彼は知らない人がいない曲ばかりを生み出してきた名作曲家だった。
季節感のないキャミソールとショーツ姿の若い女性。
甲高い笑い声が社長室に響いた。
自分の存在をアピールするためならば手段を選ばないことを宣言して歩く様な子。

色んな人が本社ビルの最上階にあるこの社長室を目指して、集まってくる。
誰もが、何かしらの音楽や映像を生み出し、世に広く届けることに熱意を持っていた。
沢山の人がその場にいるために、火の付いたガソリンのような燃え方をする人もいれば、冷たく静かな炎を燃やし続ける人もいた。

いつも前日の酒が残り、青い隈が取れない社長が、珍しく目を輝かせていた日。
「ゆきちゃん、あれさ、スタジオは何処が取れてるの?」
会社が小さかった頃から社長が自ら育てて、共に会社を成長させてきたアーティストの2年ぶりのアルバム制作が決まった。
「晴海埠頭のGスタジオを抑えてあります。」
「オッケー。初日はさ、俺も立ち会いたいからさ、手配お願い。」
「社長、その日は午後から役員会議ですが、それが終わってから向かわれますか。」
「えー、何だよ、それ。どうせ会議なんて何も生み出さないじゃないか。音楽が生まれるのはスタジオなんだよ。会議のアジェンダ何になってるの?俺は、会議にいなくてもいいだろう。」
「では、決裁事項を副社長に委任されますか?」
「頼む。」
「承知しました。」
直ぐに副社長にアポを入れる。
社長は元々ベーシストであり、アレンジャーだった。アーティストのプロデュースをするうちに成り行きでこの音楽制作会社を作ったところ、CMタイアップやいくつかの楽曲のヒットやアーティストの音楽以外の俳優業の成功が続き、想定をはるかに超えた規模の会社になったために、彼自身は音楽制作の現場から引き離された。

社長は経営に向いている人ではない。芸術家だもの。
だから、世に言う経済的な成功なんて、所詮は潮流に乗れるかどうかの運なのだと痛感した。
そして経済的な成功は、それを受け入れ手懐ける器の無い人間にとっては災厄でしかない。

でも、あの時代、誰もその潮流を避けることなどできなかった。
イルミネーションが点る並木道に集う人々。
皆が浮かれていた。
全てがよく回って、そして粉々に壊れて散るまで、加速を止められなかった。

私の勤務は朝の8時から夜は20時が通常の定時、社長の会食に同席する場合には深夜になることもある。土日もどちらかは出勤していた。
私が息を抜くのは、昼ごはんの時、社屋ビルを抜け出す一時間。

「このごろさ、ゆきちゃんはどこでいつもランチ食べてるの?」
社長が、聞く。
「はい、もうその辺でお弁当とかで済ませています。」
「他の秘書たちは連れ立ってどこか行っているようだけど、いつも、ゆきちゃんだけ一人でお昼に行くんだね。」
「あ、はい。私は食べるのがちょっと人より遅いのでひとりでゆっくり食べています。」

昼休み、列を作る人気のカフェやビストロやスタイリッシュな創作蕎麦屋を横目に、道を渡って人気がない団地に向う。

冬の始まりの乾いた空気の匂い。
低い陽の眩しさに目を細めながら、カシミアのショールを口元まで引き上げた。
桃林堂の小鯛焼を手に、狭いコンクリートの階段を駆け上がる。

重い鉄の扉を風圧に逆らって圧し開けると古い都営住宅の屋上に出る。
地上から微かに覗く屋上の緑は、雑草ではなく丁寧に手入れされ並べられた鉢植えのハーブブッシュだった。
そこに干されていた白いものだけの洗濯物がはためく。
「いらっしゃい。」
屋上では背の高い男性がひとり迎えてくれた。
「よく来てくれたね。」
小さなコーヒーテーブルには真っ白なクロスが掛けられている。
テーブルの上のアルコールランプには火が点りポットの湯が沸騰していた。
「小鯛焼買ってきたの。」
「ありがとう。食後に頂こう。」
「正午なのに陽の光がオレンジ色。夕方みたい。」
今度はアルコールランプで手際よく小鍋を温めている。
「東京の冬は、空気がからっからで、冷たくて。いつも暗い。苦手です。」
「もうすぐ冬至だしね。冬の間は温かくて、ポットから湯気が出ている、明かりを灯した部屋に籠っているといいよ。」

サイレンの音が高速で通り過ぎる。
ミントやセージ、パンパグラスが視界を縁取るこの屋上から見える空。

商業地に転用されれば一等地となることは間違いない場所に古いアパートが幾棟もあるのは異様と言えば異様で、かつての大規模土地開発の機に乗れなかったのだろう。

「この時間、カフェは何処も人でいっぱいなのに、ここは何て贅沢な場所なの。」
団地のアパートの屋上で、彼が作った温かいサンドイッチとスープを頂いた。
そんなふうに、その屋上を訪ねたのは、たった数回だけのことだった。
けれど、それだけで一生生きていける程の、心から美しいと思える時間をそこで私は過ごした。

この団地のひと棟の屋上に創られた庭園。
下の部屋を住居にしていた彼。
部屋のお風呂は歴史的資料になりそうなバランス釜で、天井は背の高い彼の生活に不都合なほど低いのだという。
「こんな場所に住めるなんて素敵ですね。ここは、いつまで住めるんですか?」
「古いんだよ、このアパート。」
そう笑って彼は答えをはぐらかした。
そんな他愛もない会話、覚えている。

彼に出会ったのは、ある冬。
仕事がこの二つの手と一つの頭では処理できない程、山積みになっていたある日。
出会った、というより、
もともとあれは深刻なアクシデントだった。
昼休みの時間になっても食欲が無い。
それでも、会社の地上階に降り、辛うじてコンビニで水を買うと、いつもの団地の公園に向かった。
脳貧血気味にベンチに座り込んでしまった。
喉の奥がひどく痛む。
ペットボトルを持った手は震えていた。
「ああ、やっぱりもうオフィスに戻らないと。」
けれども身体は鉛を飲んだように怠く、動けない。
手の甲で額に触れると、熱い。
「行かなければ。」
無理に立ち上がると、耳鳴りがして音が聞こえなくなった。
視界が翳る。
感覚の電源がひとつひとつ落ちていくようだ。
倒れ込む私を、花壇で植物の手入れをしていた彼が見付けて、支えてくれた。
「すぐそこが知り合いのクリニックなんだ。ひとまずそこに行こう。」
本当に歩いてすぐ、団地の端にある建物の階段を上がると、確かに休診中と書かれた札の下がったドアがあった。
カーテンが閉まったままのドアを叩き、応答がないと、彼は勝手にドアを開けて中に入った。
「あの、なんか、休診中、って。ここ入っていいんでしょうか。」
躊躇する私の声を無視するように処置室と書かれた部屋に入った。
「いいんだよ。色んなこと気にするのは具合が良くなってからでいいから。」
寒くて震えが止まらないのに汗が止まらない。
彼はまるで勝手知ったる自分の部屋のように明かりを点けて私を白いベッドに座らせ、医者がすぐ来るから横になっているように言った。私はそれから数秒か、数分か、数十分か、分からないけれど、暫く気を失っていたかもしれない。

階段を駆け上がってくるサンダルの足音と入り口のドアが開く音で意識が戻った。

「あ丁度、来た来た。」と言うと番号をかけかけた携帯端末を手から離した。
「なんだ、正樹か。どうした。」
「急患だよ。そこの公園で具合が悪そうだった。」
「え、」
コンビニの弁当とコーヒーを手に私の枕元に現れた人物が、自分は医者だと名乗った。
「熱が結構あるな。調子が悪いなら休んでいくといい。休診だし誰も来ない。」
確かに起き上がりたくても眩暈がするし、頭が燃えそうに熱い。
私を公園で助けてくれた正樹と呼ばれた男性は、冷蔵庫から出した保冷剤をタオルで巻いて枕にしてくれた。


「ちゃんとした病院に運んだ方がいいか?やっぱり。」
「ちゃんとしてなくて悪かったな。どうせうちは潰れかけの診療所だ。」
白衣ではなく黒いパーカー姿の医者は、医者というよりアパレルショップの店員に見えた。
「咳は、鼻水は?いつから?」
話すことも辛く、首を横に振った。
「ちゃんとした救急病院に運べば、検査漬けにされるけれど、その結果、なにひとつ治らない。それが疲労とかいう病気だ。しかも、喉が痛んで急にこの熱ならおそらくインフルエンザだろうから、とにかく休んで安静にすること。念のためこれから検査するけど、いいよね。」
「聞いたかい。好きなだけここで休んでいくといいよ。」
「すみません。何とお礼を。」
「お礼は、身体が完全に治った後ね。」
そう言って正樹という男性は診療所を出ていき、代りに医者の妻だと言う看護師の女性が入ってきて会社への早退の電話やいろいろな世話を焼いてくれた。

あの時は高熱で意識を保つので精いっぱいで、正樹という男性が一体、どこの誰なのかも分からなかった。
あの診療所を訪ねても、それきり、休診中の札が掛けられたままドアが開くことは無かった。

だから体調が戻り、また出社するようになると毎日、仕事の昼休みにはビルの前にある団地の公園で過ごし、また正樹という人に会うのを待った。もう一度会ってお礼を伝えたい。

彼の姿を見つけられない日は続いた。
諦めかけていた頃、遂に背の高いオーバーオール姿の彼を見付けた時は、思わずその姿まで何十メートルも駆けた。
花壇にしゃがみ込んで肥料の袋をナイフで開けている。
「あの、すみません。私、あの。」
「ああ、あなた。あの時の。」
「あの、はい。あの、柴田ゆき、と言います。先日はお世話になりました。助けて頂いて、本当に助かりました。」
「そうですか。よかったです。」
「この花壇は?」
この小さな公園に花壇を設置したのは彼で、自分で手入れをしているという。
少しだけ、話をした。
ほんの数分だったと思う。
それでも、胸の中が清浄になったような気がした。
正樹はそんな人だった。

次の水曜日にもまた花壇を世話しに来ると言っていた彼を、ランチの時間を潰して待っていた。
花切鋏と紙袋を持った彼が団地の陰から現れた。
「ああ、こんにちわ。」
「あの、これ、あのご迷惑かもしれないのですけどお礼の気持ちです。」
小さな紙袋を手渡した。
「これ、桃林堂の小鯛焼じゃないですか?大好物です。」
「よかった。」
彼が幾つか花を切って、そのうちの一本を手渡してくれた。
「きれいな花ですね。」
私は静かに鼻に花弁を近づけ甘い匂いを嗅いだ。
「冬は花が少ないからね。それはカレンデュラのあたらしい品種です。すこしチョコレートの香りがしませんか?」
鼻に花弁を近づけると甘い香りがした。
「ハーブを束ねたような香りがあなたからもしますよ。ゆきさん、だっけ。」
私にとって、都心のオフィスで気取っていたつもりのTIMBUKTUの香りが、その瞬間、静謐な自然の中の清浄な香りに変わった。

一日のうち1時間と限られた昼休み、コンビニで買ったサンドイッチと野菜ジュースのランチを持って団地の公園に向かう。
花壇は今日も美しい。
お礼はもう済ませてしまったけれど、正樹に、また会ってみたかった。
彼がその場所にいることを、見られれば、それだけでも嬉しいと思った。
それは、平日の日中に花壇の手入れをする人物についての純粋な興味であり、それ以上のものではなかった。


それでも、高校時代、駅の改札で、通るか通らないか分からない先輩を待っていたことをなぜか思い出していた。
もう、私は高校生ではなく責任ある社会人として自立している。
ひとりのいい大人であって、この街での然るべき大人の振る舞いというものがある。

なのに、満杯の野菜が飛び出そうな買い物袋を提げた正樹が正面から歩いてくるのが見え、思わず、コンビニの卵サンドを手から落としそうになり、飛び上がるようにベンチを立ち上がった。
「ああ、あの、こんにちは。」
「ああ。やあ。いつもここで食事しているの?」

それから、僕の家、すぐそこ、と指さした花壇がよくみえる団地の一室。
ある日、そこにランチに招かれた。
アパートの部屋ではなく、屋上へと階段を上がる。
ドアを開けると、グリーンが茂る屋上庭園があった。
「すごい、素敵。」
「取り壊す予定があるから、改装は自由だって言われたんだ。屋上だって好きにしていいはずさ。今、お茶を淹れるからそこにかけて下さい。」
開け放った窓から、東京の薄い空と、その下の時代に取り残された小さな団地の地上の庭が見える。
秋草が、低くなった陽光に輝いていた。
都市化に見捨てられたようでもあり、それでもそこには安っぽいノスタルジーではなく何か堅実な人の暮らしが宿っていた。
仕事があることで生活が回っている私の毎日とは違う、心地よい時間を重ね生きている人間の生活というものがあった。
全てがシステマティックな東京とは対照的な、小さな屋上庭園。
予定調和のシステムからは外れた、偶然によって成り立つ瞬間。

「あの、あの時にお世話になったクリニックを訪ねてみたんですけれど、いつも休診中になっていて。」
「あの診療所はもうクローズしたよ。雄介は、中医学を勉強したいって上海の大学に行った。」
「上海?すごいですね。」
「変わった奴だよね。」
「あの、貴方は、正樹さんのお仕事は、、、」

その問いにどんな答えがあったのかどうかを、もう思い出すことが出来ない。声が聞き取れなかったのかもしれない。或いは彼は答えなかったのかもしれない。
記憶にあるのは、その屋上庭園でセージやミントが花を付けていたこと。ワイルドローズの花を千切って紅茶に浮かべたこと。
あたたかい湯気の立つランチ。
湯気の向こうで、静かな会話を続けた正樹の顔。

公園に行っても正樹の姿を見ることが無くなって、暫く経った。
何となく、こちらから小鯛焼きを買って団地の屋上に上ってみた。
鍵のかかっていないドアを開けると、そこには庭園が消え他の棟の屋上と変わらない雑草だけが生えている。
正樹はいつの間にかいなくなっていた。

私は、お別れを伝えてもらえるほどの間柄、ではなかった、ということだろうか。
私は、彼に、たまにホームランチを誘ってもらう話し相手以上の関係を期待していたのだろうか。
彼と二人で過ごせた静かな小さな、この街の時間。
夢であってもいい、夢と思えるほど幸福な時がそこにあった。

正樹が消えたのとほぼ同時に、あれ程忙しかった音楽事務所が、嘘のように静かになった。
見込んでいたCMや企画とのタイアップの予定が次々にキャンセルになった。
米国で起きた景気の崩れが、風が吹けば桶屋が儲かる、にも似た遠くからの波として
音楽業界を襲った。
その時、収益表のマイナスはかつてのプラスと同じ額にまで膨らんでいた。
自慢だった晴海のスタジオが売却される。
社長の肺がんが判明し、あっという間に亡くなったのはその5か月後のことだった。

私は会社を辞めた。
それから、園芸を学ぶために東京を離れイギリスに発った。
正樹と一緒に千切ったバジルの葉やディルの香りだけが、これからも忘れられそうにはないものだと感じたから。

生まれては消えていくこの街で起こる無数の物語。
今、私はどんな香りも纏ってはいない。
鼻の奥に覚えていた、あの街の香りはもうここにはない。

それでもこの街はまだ生きている。
新しい香りを生み出して新たな物語を生むために。


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