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I. 始点

その日撮った写真の日付から、2011年10月29日のことだったことが分かる。年に幾日もない、青く澄んだ色をした空。水面に移ったその青を写真に残していた。

設えが好きで、時々訪ねていたパフューマリーがあった。
20年も前には、お世話になった方の退職の記念とお礼に、そのメゾンで調達したアンブルボールを贈ったところ、とても喜ばれた。香りのあるものを贈ることには不安があったが、そのアンブルボールの形と香りに触れた人は皆、素敵だねとため息をついた。そのパフューマリーがあった場所は(今はもうない)不思議な土地で、以前にそこにあった別の店でも、その後の私の生活を変えるものとの印象深い出会があった。

その日は、香り好きの友人にそのメゾンを紹介したくて、二人で神宮の森を抜けながらその場所へと向かった。小さな店内で勧められたのは、そのパフューマリーの典型的なボトルデザインとは全く違う初めて見るオートトワレ。特に期待もなく、気まぐれで試みにスプレーをした。その瞬間、見たことのない光景が浮かんだ。

バカンスシーズンを終えた誰もいないビーチを丘の上から見下ろす。閉じられたパラソル。曇り空の下、土地の熱を冷ますように秋風が灌木を揺らし吹き抜けていく。実際に行ったことはないはずの土地の物語。まるで自分が経験しているかのような錯覚。

スタッフから唯一、エコセール認証で非天然由来成分を含まない特別なオードトワレなのだと、ボトルは残り2本で、既に製造中止予定であるとなどいう説明を聞きながら、私は遠く別の国の別の時間の中に居た。
一体自分に何が起きたのか、理解したかった。小さな香水セレクトショップが開けるほどの数多くのパフュームを集め香りを楽しんできたが、そんな体験は初めてだった。私はその時の不思議な感覚に囚われてしまった。
『香りの不思議な力を理解したい』

それが研究の始まり。

L’Artisan Parfumeur Cote d’Amour
composed by Celine Ellena

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