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XIII. 変わる市場

写真は24年前、1994年12月フィガロジャポンの特集記事[「人気の香水」。当時、1994年9月末、CK oneがNYでリリース。人気香水としてDiorオーソバージュEAU SAUVAGE、ブルガリ オ・パフメEAU PERUFUMÉEなどが挙がっている。シトラス系、ユニセックス、フレッシュネスを謳うものが強い。香水が使い易く変化し、若年層、また男性にも広く浸透し始めた。つまり香りがカジュアルファッションになりはじめた。


2018年11月「イセタン サロンド パルファン」。大いなる警戒心と好奇心を抱きつつの市場調査。限られたスペースでの香水ブランドのブース出店が地下菓子売り場並みの集客力があるのに驚く。今年、東京の男性が多いように見受けられた。女性連れではなく、一人か、男性同士でブースを回っている人も多い。
化粧品大手老舗、
大手傘下となったニッチブランド
スタンスを変えてしまった王室御用達老舗ブランド
独自路線のプライベートブランド
自分に必要な香水がもはや化粧品売り場にはないことを知っている文字通り鼻の利く人たちで混み合っていた。
新作を勧められムエットを渡される。できるだけ嗅がないようにショッピング用紙袋の方にそっと入れる。香りが好きかどうか以前に、残香があまりに強すぎる。売り場のひと吹きの香りの新鮮さに気をよくして購入し、実際に纏ってみれば、夕方仕事の終わる頃、他の人の香水と変わらないその残った匂いにうんざりするだろう。

スペースでは販売員も客と同じように密度が高い。販売員の専門性とブランドに対する愛着は重要だ。その場に集まっているのは普通の香水消費客ではない。単なる販促文句など聞く気はない。販売員よりもブランドや香水に詳しい人も少なくないはず。まずは静かに香りを試したい。そのあと、ひとつひとつお香りにまつわる意外なストーリー、調香師の思い、使われている珍しい原料、そういう話が聞きたい。
通常日本に入荷しないものを集中的に試した。ラルチザンパフュームのラ ボタニック コレクションはコンセプトも香りも現代アートだと思えば面白かった。


ここ数年のことだが、香りは単なるファッションからやや内面を表現するツールに近づいてきたかもしれない。スーツを着ているのにピンクのランジェリー姿が迫ってくるような香りを纏っていたり、あまり幸福な生活ではなさそうなミドルエイジの女性が少女の薔薇の香りを纏ったり、冬の暖房の効いた図書館で真夏のサーファーのような香りを纏う、というようなちぐはぐを侵さないスタンスは歓迎したい。
一見、確実に香水の市場は活気づき多様性が生まれているかのようだ。しかし、細心の注意の下、感覚に触れる香りを創ろうとしている一部の製造者はこの流れから離れた。

非常にユニークな香水を販売していた国内ブランドが先月末で一般市場向け販売を終了した。原料へのこだわりが強そのブランドは私も好きで、過去に販売された幾つかの香水が手元にある。今後は製品販売ではなく個人向け調香にシフトするとのこと。
「天然原料の枯渇」
気候変動、原料栽培地で起こる紛争、製造者の引退、人件費の高騰、安定安価な合成原料の流入

私は調香師である以前に、感覚に触れる香りを愉しみたいエンドユーザーの一人でもあり、天然原料枯渇には危機感がある。手に入る良質な原料や香水は今のうちに手元に集めておきたい。感覚に届くほどの力を持つ香水を調製するには最低限の条件として、良質の天然原料のみを使うことが求められる。その次に調香の腕が問われる。

単に、価格が上がるのみなら天然香料原料は投機材料にもなりそうなものだが、幾ら金を積めども、無いものはないという時代が来る。価格はもちろん高騰している。大きな販路に供給しなければならないブランドは原料をバルクで押さえられる大手傘下に入るしか活路がない。資金力がある会社は原料の畑から押えている。


調香室スニャータはもともと一般市場を販路としておらず香水を量産する必要はない。高品質の原料を少量ロット用意すれば足りる。季節毎、独自に抽出作業を行うこともひとつの手段となりうる。調香師のこだわりのもと選ばれた原料から、その季節、その時に合わせて調合される香水は、大切な人の手にしか渡らない。お金さえ払えばどこの誰にでも手に入る、ということにはならない。一対一、調香師が依頼者に向き合う。創った香りが依頼者の感覚に届き、良き日々を送ってもらえるよう、祈りを込めて作る。


感覚を重視した香水は今後市場の目が届かない水面下に潜っていくだろう。限られた原料では多くの人に販売することができない。製品を広告することもできない。しかし、調香師と同様に香りの虜になり、香りを愛する同志たちとともに香りを語り、末永く良い香りを味わっていたいと考えている。
多くの人の手に渡るよう安定安価な合成原料を用い、その販売益で更なる市場拡大をしなければ成り立たない流れとは別種の生業となるだろう。

私自身がエンドユーザーの一人であったブランドが個人調香に切り替えたことは、今後そのブランドの香水の購入ができなくなることの落胆の一方、調香師としてリスペクトできるひとのブランドであったことを嬉しくも思う。

24年後の香りはどのように変化しているだろうか。人の感覚はどのように変わっているだろうか。

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