短編小説「転校生」

僕のnoteに来ていただきありがとうございます。fukui劇の福井しゅんやです。
今日は短編小説なんですが、やや趣向を変えてみました。
吉澤嘉代子さんの「えらばれし子供たちの密話」という楽曲にインスピレーションを受けて思いついたものです。
「屋根裏獣」というアルバムの曲でシングルカットなどされていませんが、めちゃくちゃいい曲なので、もし良ければその曲を聴きながら読んでもらえたら幸いです!
以下、本文です。

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東京からやって来たその男の子は、涼しい目をしていた。

彼はうちのクラスに転校してきてすぐ、人気者になった。
かしこくて、かけっこも早くて、でもそれを鼻にかける訳でもなく優しくて、何より格好良かった。
他の男子にはない魅力があった。
すずちゃんも、まほちゃんも、あやかちゃんだって、皆、あつきくんのことが好きだって言った。

私だってもちろん、彼とゆっくり話してみたかったけど、人見知りで可愛くない私に、出る幕なんかなかった。

ある日の下校中、たまたまあつきくんと二人きりになった帰り路。
いつもはすずちゃんやまほちゃんから質問攻めを受けてたじろいでた彼が、私と二人で歩いてる。
夢みたいだった。でも私は、緊張して話しかけることが出来なかった。
「これ、ヤバいの来るよ」
突然、あつきくんが呟いた。
その瞬間、バケツを逆さにしたような鉄砲雨が、ザーッと降り始めた。
突然の豪雨に身動きが取れない私の腕を引いて、あつきくんは走り出した。
ランドセルを傘代わりにして走る彼の後ろ姿を、今でも覚えている。

私たちは、使われていないバス停で雨宿りすることにした。
彼とは何故か趣味が合った。
色んな話をした。今まで、友達越しでしか喋ったことがないのが嘘みたいに。
好きな音楽や嫌いな先生、クラスメイトのことなど。
彼にはすべて話してしまいたい、そう思った。

気づけば西日は雨に追いやられ、辺りはすっかり夜になっていた。雨も上がって、あつきくんは「そろそろ帰るか」
そう言って立ち上がった。でも、帰りたくなんかなかった。
だから私は、あつきくんの袖を引っ張った。

あつきくんともう少し話していたかった。
あんな男のいる家になんか、帰りたくなかった。

私はすべてを話した。
ある日突然父親になった男に、意地悪をされること。
ママと弟の目を盗んで、私にだけ意地悪をされること。
時には、触られたくない場所まで触られること。
あつきくんにそのすべてを話した。

「分かった。じゃあ家まで着いてきて」
あつきくんはすべてを聞き終えると、そう一言だけ言って、歩き始めた。

「入って」
あつきくんの家には誰もいなかった。
「ご両親は?」私が聞くと、
「東京。週に一回、母親が様子見に来るけど」
驚いた。あつきくんは小学六年生なのに、一軒家に一人で住んでいたのだ。
私には意味が分からなかった。するとおもむろに、あつきくんは着ていたシャツを脱ぎ始めた。
あつきくんの身体には、無数の痣や火傷の跡があった。
「父さんは僕を、自分と同じような医者にしたいだけなんだ。僕と父さんは違うのに。だから殺した」
私は言葉を失った。
「まあ、失敗しちゃったけど」
あつきくんは、難関の私立中学を受験するために、医者の父親から激しい折檻を受けていて、それがある時、爆発した。彼の計画は結局、未遂に終わったけど、それを知った父親は彼を恐れ、見ず知らずの田舎町に送ったのだ。
「でも、次は失敗しない自信があるんだ」
「アイツを、殺してくれるの?」
あつきくんは頷いた。

二人であの男を殺す計画を立てた後、私は一人、家路についた。
家に着くなりママにはかなり怒られた。
私は、ママとあの男が寝静まるのを待って、あつきくんにメールした。
二階の自室に、一閃の光が差し込む。
ベランダから顔を出すと、家の外では雨合羽を被ったあつきくんが懐中電灯を手にしている。計画の通り、あつきくんはベランダをつたって私の部屋までやってきた。

夫婦の寝室からは、あの男のいびきが轟いている。
私たちはおそるおそる、ママを起こさないようゆっくりと、寝室のドアを開けた。

あつきくんは、用意していた注射器を、轟々といびきをかく男の首に刺した。
ゆっくりと「空気」を注入していく。「空気」は、血液に注入すると殺人兵器になるらしい。あつきくんが言っていた。男のいびきが、浅くなっていく。
「カハッ!」
ギョロっと目をひん剥いた男は、手をバタバタとして苦しみ始めた。
「誰!?」
ママの叫び声に怖くなった私は、あつきくんの手を取り、部屋を飛び出していた。

私たちは無我夢中で走った。まるで世界中に二人だけしかいないみたいに。
誰もいない小学校に忍び込んだ私たちは、校庭の真ん中で大の字になった。
「いいか?咲ちゃんは、何も知らないって言うんだ。これは僕が全部ひとりでやったことだから」
私は泣きながら頷いた。なんとなく、もう彼に会えないんじゃないかということを、その時に悟ったから。
いつの間にか白んでいく空が綺麗で、遠くに見える朝焼けが私たち二人の罪を肯定してくれているように、その時は思えた。
遠くで、いくつかのサイレンが鳴っている。

朝の就業中、そんなことを思い出していた。ネットニュースで当時の事件を目にしてしまったのがいけなかった。お昼でも買いに行って気持ちを切り替えなくては。

結局その後、義父は一命を取り留めた。だけど私たち二人の犯行は、当時のワイドショーでも大きく取り上げられた。マスコミは私たちのことを、あることないこと面白く書き立てた。何を思い出してるんだ、もう十五年も前の話だ。

私はその後、逃げるように地元を去り、今は東京で働いている。
会社の近くのローソンで簡単なものを買う。ここはお昼になるといつも混む。でも今日は特に混んでるな。あー、長蛇の理由が分かった。
店長が、研修中らしき人にあれこれ教えながらレジを打っている。

ようやく私の番が来た。研修中の人がまごつきながら商品を袋に詰めていく。
横で店長が小さな声で商品の詰め方を指図している。
うわー、こんなの隣でやられたらイヤだろうな、、
ふと、研修中の人と目が合った。
それが、十五年ぶりに見た、彼の姿だった。
「あつきくん」

おしまい

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