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執念の誕プレ選び

今月陽の誕生日があった。
大雨だったけど行ってみたかったハングリータイガーに行った。
泊まってみたかったホテルの一番高い部屋に泊まった。
レザーのコインケースと和紙の靴下をあげた。

ことあるごとに手紙を渡しているので、それも書いた。

人の誕生日を祝うのが好きだ。どれだけ祝っても祝いつくせないくらい、人の誕生日が好きだ。その人のことを細かに思い出しながらプレゼントを選ぶ。何を持っていたか、何を持っていなかったか、何を大切にしていたか、何にこだわりを持っていたか、何に悩んでいたか、何を好きと言っていたか、何を見て喜んでいたか、いつもどこでどう過ごしているのか、体質はどうか、性格はどうか。

だから私のプレゼント選びは大体一日がかりで、昔はいつになろうとも、お金と時間があるときにその人に一番合うものをあげたい、と思っていたのだが、最近はその日そのものに大切な意味があるよね、と思っている。だから、もし用意ができなかったら、とりあえずカードとお菓子だけ渡して、いいものが見つかるのをまつ。

こういうとき、流行とか、プレゼントに最適、みたいな自分があげたいものを渡すのは逃げだと思っている。逃げるときもあるが、仲がいい人であればあるほどその人のことをできる限り考えて、私があげたいものじゃなくて、相手の心に合致するものを、と思って渡す。

今年陽にあげたのは、馬があしらってあるかわいいコインケース。
自分の目で見て選ばないと、相手に開けてもらって初めて実物を見て安っぽかったらいやだな、と思っているのだが、今年はちょっと時間がなかった。
わたしにはあんまりなじみがないが、彼は小銭と札を分けて持っている。3か月前に広告で見て、コインケースボロボロだったし、かわいかったのであげてみようかと思った。その時は再入荷待ちだったのだが、誕生日の7月にちょうど再入荷通知が来たのでそれにした。

茶色い馬が走っていたものと、黒い馬が走っていたものがあって、彼は結局コントレイルとイクイノックスどっちが好きなんだろう、とか思いながら、独断で茶色にした。

開けてみたらやっぱりちょっと馬のカットが雑な部分があって、思ったほどよくはなかったけれど、まぁ、及第点くらいだった。

喜んで使ってくれるのかはちょっとわからないが、一応好反応をしてくれた。

相手の心に合致するものを、とは思いつつも、相手に選ばせるのは違うと思っている。これは相手の知識テストみたいなもので、「わたしはあなたのことをこんな風に見てる」「私はあなたのことを、このくらい考えてる」それが結果的に合致したらいいなと。もちろん、おそらく命中率は4割5割がいいとこだと思う。でもそれが伝わればいいのだ。

あなたをこのくらい見てるよ、が物のプレゼントなら、手紙は好意のプレゼントだと思ってる。私の日常の中に相手が占める存在感の大きさを目いっぱい、思い出も未来も、「好き」をいろんな言葉に置き換えて送る。それはいつまでも残るから、どんなときでもどこでも好意を裏付けて、くれる。たとえそれが思い出になってしまったとしても、その瞬間たしかに存在した感情を教えてくれる。これはわたしが小学校の時のものメモみたいな手紙に至るまでを捨てられない理由でもある。

この先も渡したい、こんなにあなたのことが分かるのは私しかいない、あなたのこと大好きなの、こんなきれいな思い出も、わくわくの未来も、てばなしたくないでしょ?

友達にも、大人にも、陽にも、そんな呪縛を込めて。


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