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介護保険物語・外伝 第1回     ~3対1のトリック~ 

どうも!
社会福祉法人サンシャイン企画室の藤田です。

はいはいはい!「介護保険物語」ファンの方々、大変長らくお待たせしました!

前回(だったかいつだったか)お伝えした通り、この度「外伝」として、ますますパワーアップして帰って参りました!

今回はわが森藤部長に、「人員配置基準4対1、議論深めていく必要」という記事を元にお話を伺っております。しかもなんと小説仕立て!どんなものになりましたか、ひとつじっくりお付き合い願います。

では早速まいりましょう!

アラタ現る


ある水曜日の昼下がり。アラタはいつものぶら下がりの背広とは違う、少しフォーマルな色をしたジャケットを身につけて現れると、ゆっくりと座りながら言った。

「今日は単純明快な話をしようと思う。単純明快ではあるが、わたしとしては少々看過できない問題を含んでいる。そんな話を」

わたしにはいつになくアラタが苛立っているらしいのがわかった。苛立っているといってもほんの少しだけだ。それはさざなみのような苛立ちで、彼自身は自分自身のそれにまだ気づいていないかもしれないぐらいのものだった。だがとりあえずこんなときはさっさとコーヒーを出すに限る。アラタはわたしの知っている誰よりもコーヒーが好きだ。そしてアラタは世界中の他のどんなものよりもコーヒーを愛している。ただそのとき気がかりだったのは、朝淹れたコーヒーがポットにまだ結構余っているということだった。これを捨てて新しいものを淹れる必要があるほどにアラタのご機嫌は悪いのか?いや。大丈夫だろう、と踏んだ。わたしは朝淹れたコーヒーを客用のカップに入れて電子レンジで温めることにした。

「へええ。面白そうだね」

わたしは彼のためのコーヒーを用意しながら、わたしも彼の苛立ちに気づいていないふりをして言った。そうすることで彼の苛立ちは表面まで出て来ないでそのまま沈静化するかもしれない。そう期待していた。

「面白いわけじゃない。むしろその反対だ。ただね、老施協の出しているこの薄っぺらい雑誌をめくっていたら気がついたんだ。今は介護業界全体が、いやそれどころか、国を挙げてIT化、IT化、とやっている。それはすごいもんだ。でもそれは一体全体なんのためなんだ?ってことにね。今までそのことに関しては恥ずかしながら特に気になっていなかったんだ。恥ずかしながら、ね。IT化は何も介護業界だけのことじゃないからね。でもこの雑誌のおかげでようやく気がついたよ」
「どういうこと?」
「だから。これだけIT化を進めようとするその裏には、ある狙いがあったんだよ」
「へええ。面白そう」
「だから。面白くないんだって。いいかい?もう一度言うよ。今現在、介護業界は国を挙げてIT化を進めている。単純にIT化?効率化?いいじゃない!とはいかないんだってことだよ。国はなんでそんなにIT化したいのか?IT化を進めたいのか?」

そのとき部屋の隅の電子レンジが「チン!」と大きな音を立てた。わたしは、待って、と手で合図しながらアラタのためのコーヒーを取りに行った。アラタの眼の前でコーヒーカップに掛けたラップを取った。しかしどういうわけかカップの周辺呑み口のところにべったりとラップが張り付いていてそこだけラップがうまく取れなかった。よく見るとその部分のラップが溶けているようだった。あれれ?なんで?と思っているとアラタが顔を近づけてきた。

「なんだ。このコーヒーカップ、呑み口のところが金メッキしてあるじゃない。だめだよ、こんなのレンジに掛けちゃ。ここだけ高温になってラップが溶けたんだよ。よく火花上がらなかったなあ」

アラタは目を丸くしながらそう言うと、構わずコーヒーカップに口をつけ、美味そうに飲みながらわたしの方を見ていた。無心にコーヒーを味わっているアラタを見ていると、苛立ちも何もすーっと消えていくのが見えたような気がした。これでいつものアラタだ。コーヒー様ありがとう!

「あ、そうなんだ。知らなかったよ。ごめんごめん。で、なんだっけ?」
「なんだっけ?そうそう。いい?この国全体で進めているようなIT化、そこには狙いがあって、その狙いっていうのが、いよいよ「人員基準」の見直しに手を付けよう、ってことなんだ」
「へええ。そうかあ。そういえばそうだよねえ。介護保険が始まってもう22年、その間いろいろ改正はあったけど、その間「人員基準」だけはなんの改正もなかったものね」
「そう。22年間、「人員基準」だけは改正なしだった。まさにアンタッチャブル!だけどこの雑誌によるとね、IT化を進めることでこの「人員基準」も変えていけるんじゃないの?って言い出す人たちがいて、さる研究所みたいなのがそういう方向に調査・研究して、減らしていけるのではないだろうか、ということを言い出していると言うのよ。そうなると厚労省がそれを見逃すはずもなく、人員減らせるなら報酬も減らしていいよね、なんて言い出しはしないだろうか、というのが問題なのよ」
「あ、それがアラタの言う「見過ごせない問題」ってこと?はああ。そう言えばさ、昨年の改正にあったよね。あるIT化をしておけば施設の夜間配置の人員基準を緩和する、ていうのが」

令和3年度改正の④「介護人材の確保・介護現場の革新」の❷「テクノロジーの活用や人員基準・運営基準の緩和を通じた業務効率化・業務負担軽減の推進」の中の項目「見守り機器を導入した場合の夜間における人員配置の緩和」

https://www.city.sayama.saitama.jp/jigyo/fukushi/kaigosyudan/tokuyo.files/4-2-2.pdf

形骸化した人員基準


「そう。あれはまあいいんだけど、今度は施設の根幹と言うか根底というか「人員基準」そのものに手をつけようとしてるわけ。しかもこともあろうか、この「人員基準」、現行の「3対1」を「4対1」にしちゃおうかって言ってることなんだ。そもそもがだよ、この「3対1」という基準すら実際にはお題目で、形骸化しているのが現実なんだよ?」

次第に興奮していくアラタの前ではひたすら防御に専念するのが正しい身の処し方だ。

「だってそうでしょ?うちなんかだと利用者定員98名に対して介護職員は50人だよ?これ、「2対1」どころか「1.96対1」だよ?それでようやくシフト組めるんだよ。それに「3対1」の「3」には厳密に言うと看護師も入ってるんだよ?うちは看護師入れたら介護・看護職員55人だよ。もっと上がるよ。それに利用者って定員じゃなくて実人員なんだよ?うちの実人員は98ないことだってあるんだから。実際は90くらいでいくと「1.6対1」だよ。だからこの最低基準の「3対1」?これはホントお題目だよ。もしこれでやってる施設があったらお目にかかりたいよ。それが今度は「4体1」?おいおいおいおい!ふざけちゃいけないよ」

ボルテージ、ぐんぐん上昇中だが、幸いまだテーブルを殴り始めるところまではいっていない。

「待って待って。「3対1」でいいと言ってるのにほとんどの施設は「2対1」とかそれ以上でやってるってこと?そうかあ。でもさあ、だったらここで「4対1」でもいいよってなっても、これもお題目だけで、うちら施設側は変わらず「2体1」とかでやるわけだから、全然構わないんじゃない?」
「だから何度言わせるの?それはいいんだよ。「4対1」だろうが「5対1」だろうが、最低基準をいくら下げたって、うちらそんなのではやれないんだから、いいんだよ。だけど、それを理由に「じゃあ報酬もそれに見合うように下げますね」と、こう来るんじゃないかと思うから怒ってるんだよ。わかる?」

出た。アラタの十八番、「わかる?」だ。

「それにうちはユニット・ケアでしょ?これだと各ユニットに必ず1人いるわけでしょう?それが9ユニットでそれだけで9人は必要なんだよ。もし本当に「3対1」でやるとしたら、利用者さん99人としても職員は33人、うち看護師は4人としても残り29人が介護士でしょ?それで各ユニットに9人取られて、後20人?どうやってシフト組むの?えー?だから「3対1」っていうのは最初から破綻してるんだよ」

まだまだまだ。

「まあ「3対1」っていうのは措置時代の集団処遇OKの時代に決められたことで、それが介護保険が始まってもずーっとそれで、それからすぐに「ユニットケア」が始まって、それでなおかつずーっと「3対1」っていう、これがおかしいんだよね?」

話を合わせていくしかないのだ。

「そう。それでね、ちょっと調べてみたら、さる大手の介護事業所2箇所から、先進的な取組により生産性改善を進めてる、という提案があって、それでこの「4対1」審議が始まったらしいんだけど、一体全体どうやったら「4対1」でシフトを組めるんだろうね?」

アラタはコーヒーカップに手を伸ばして飲もうとしたが、もう中身はなかったようだ。持ち上げたカップをそのままテーブルに戻した。

「それにね、もうひとつ大きな誤解があるんじゃないかと思う。「3対1」っていう概念を、世間の人はほんとに分かっているのだろうかっていうことがひとつあるんだよ。「3対1」って言ってると、ITかなんか活用してうまくやれば、「4対1」にできるかもしれんな、と世間の人は思うんじゃないかなって」

3対1のトリック


アラタの口の動きが最初と打って変わってなめらかになってきた。

「いい?特養の人員基準である「3対1」ていうのは、もちろん、利用者3人に対して職員が1人っていう意味なんだけど、そこにトリックがあるのよ。この「3対1」っていう数字をさ、フージイなんかこう考えてるんじゃない?「職員1人で利用者3人を介護しましょう」っていう意味だと?」

フージイというのは何を隠そう、わたしの名前だ。

「そうそう。それはそうだよ。デイサービスなんかもそうだよね。デイサービスの人員基準だと大体「5体1」かな?生活相談員や看護師も含めて。デイサービスはまあお元気な人も多いので特養よりゆるいそのくらいでいいとなってるんじゃないのかなあ。もちろんそれはあくまで基準であって、実際の配置はもっと多いけどね」
「ブー!それが大きな間違いなんだよ。もしフージイが言うのが正しいのだとすると、特養の利用者が90人だとしたら、夜中でも職員が最低30人いなきゃいけないことになるよ。夜中に30人がウロウロしてる施設って、考えられる?」
「あ、そうかあ。そりゃそうだね。うちの場合夜中は1フロア2人だよねえ」
「夜中でなくったって、昼間だってそうだよ。30人がウロウロしてるって凄くない?それだとすごい手厚い介護ができるよ」
「そうかそうかあ。そりゃそうだね。だとすると「3対1」ってどういう「3対1」なの?」
「だからね。利用者の3人は、特養だとこれは1日24時間ずーっといるわけでしょ?夜中はみんな眠っているから手はかからないよ、というのは正しくないからね。だけど職員は常勤換算で1人でいいよってことなのよ」
「常勤換算でっていうことは、1日8時間いれば常勤換算で1人になるわけだから、24時間で考えると1/3人でOKという?」
「そうだよ。それを週で考えるとさ、週休2日だから実際は5日来れば常勤換算で1人となるわけ。それを1日で考えると5/7人でいいわけ。1日24時間で考えた場合と総合すると、1/3×5/7=5/21人でいいよ、というのが「3対1」の本当の意味なのよ」
「えー!そうなの?とすると実際は「3対5/21」でいいということ?」
「そう。結局サービス自体は「3対5/21」=「63対5」=「12.6対1」でいいよ、っていうわけ」
「それ、デイサービスの「5対1」よりよっぽど悪いじゃないの?」
「そうだよ。特養の人員基準ってそういう意味なんです。で、それを今回「4対1」にしようってわけ。これを同じように考えてみれば、「4対1」=「4対5/21」=「84対5」=「16.8対1」にしようとしてるわけ。これを世間の人は知らないから、3対1を4対1、と聞くと、職員1人あたりでもう1人利用者を増やそうとしてるように聞こえるけど、実際には1人の職員が対応する利用者の数は12.6人が16.8人になるから、つまり職員1人あたりの利用者を4.2人増やすということなのよ」
「ははああ。確かに。ぼくも今の今までそう思ってたよ」

確かにそうなのだ。わたしはアラタの説明を聴いて驚いた。ものごとはよくよく考えてみないと本当のところはなかなかわからないものだ。アラタはそこまで言うと微笑を浮かべてわたしを見ていた。わたしは何かを言いたくて確認するように言った。

これからの施設のあり方


「人員基準を変えると言うなら今の「3対1」を「2対1」にしようっていうのならまだわかるよね?それを「4対1」にするっていうんだから、時代を逆行するような改正だね」
「最初に言った『IT化を進めることでこの「人員基準」も変えていけるんじゃないの?って言い出す人たち』のことを少し調べてみると、かなりの大手なんだけど、なんと「トヨタ方式」で介護をするとかなんとか書いてあるのよ」
「「トヨタ方式」?へええ。よくわからないけどなんだか介護っぽくないね。ともかくあれですか?これからは「4対1」でなんて言い出すっていうことは、これから先も介護人材は増えないっていうことを認めたっていうことかなあ?」
「そう。だからね。考えてみれば、少々乱暴かもしれないけど、もうユニットケアはよした方がいいんじゃないかと思うよ。昔のような集団処遇でもちゃんとできてるよ、という方向に進んだ方がいいと思う。そういう形で根本を見直さないと介護職の人数は減らせないと思うよ」
「ひょっとするとあれですかね?『シン特養』なんてできて、あたらしい施設の形が導入されるっていうことも考えられるような。そうでもないとこのままじゃ時代の逆行としか考えられない」
「だからね。これからは施設のハード自体も新しい設計で造らなきゃだめだよね。しっかり見渡せるような仕組みがあって、集団処遇だけどいい介護ができるような、そんな造りの施設が必要だよ」
「そうですね。多分そんな感じがするなあ。それなんだか面白いですね。なにかが変わるって大好きだから」

わたしとアラタは窓から見える夕空を一緒に見上げ、いつまでもぼんやりしていた。

ということで今回は終わりです。
次回はさらにヒート・アップしてお送りすることをここに約束いたします!

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