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この国の朝は

オレンジの薄灯りが部屋を包む。隣からは母親の寝息が微かに聴こえて、暖房は静かに歌い続ける。街は寝静まり日々は薄く重なりあってく。

「おつかれ生です」音を立てないように流し込んだ。心のガッキーに乾杯の音頭をもらい、アサヒ生ビールのマルエフがまろやかに身体に沁みわたる。肴のセロリの酢漬けを出来るだけ音が鳴らないように、口の中で繊維を揉みに揉みほどく。新鮮さの醍醐味であるシャキシャキ感を殺すという背徳感が晩酌を加速する。もう背徳感を肴に呑む程になってしまった。俺はもう背徳感で呑む程になってしまった。溢れ出る幾許かの後悔は夜に溶けて、まろやかに朝までの隙間を繋ぐ。

どれくらいの時間が経ったのだろう。

壁に掛かった時計は、針を6の数字に指している。

時刻は午後6時。


「まだ6時か」


そう言ってマルエフを喉に静かに流した。

「たびたびおつかれ生です」

2代目の芳根京子が心に優しく語りかけてくれた。

時刻は午後6時。

PM6:00。

18時。
 

街は完全に寝静まってる。
 

「ちょっと早すぎやしねえか!!!!」

俺の心のカゲヤマ益田さんが音を立てずに叫んだ。


そう、まだ夜6時なのだ。


ここは日本。九州は福岡、最果ての街、みやま市の端にある一つの村。全ての人間活動が夜6時に終わる村。


「いくらなんでも、やっていい早さとやっちゃいけない早さがあんだろぉ!!!!」

心の益田さんがシャウトし続ける。


しかし音は立てない。立ててはいけない。隣には母親が超熟睡。カレーだったらかけ込みご飯3杯の寝かせぶり。決してこの至福を邪魔してはいけないのだ。


毎年開催される、地元福岡県みやま市のお祭りの営業で今年も実家に帰ってきた。


ふるさと観光大使に選ばれてからというもの、毎年のように地元のお祭りに呼んでもらっている。コロナで休んでた時期もあったけど、また復活して祭りは当時の賑わいを取り戻し、活気溢れる素晴らしい催しとなって。そこで芸人として活動出来る喜びたるや。今年も2日間の出番をいただいた。ありがとうの果て。地元に貢献出来てることに感謝しかない。


そこでもちろん泊まる実家。

完全に時間軸がバグっていた。

何度も言ってるが実家は農家で。親がバリバリに尖ってるからセロリを作っています。漫才のツカミで時たま使うフレーズもあながち間違いではないとも思うこの時間軸。


聞くと、今が収穫のシーズンで。年間通して1番忙しい時期、とにかく朝が早いのだ。もちろん幼少から重々そんな事情は頭に叩きこまれてきたけど、ここ最近の早さはとんでもない。

夜1時から収穫するのだ。


もう漁師やん。


「もう漁師やろ」


思わず声が漏れた時、父親がシンクロ率100%で合わせてきた。賞レース中のダイタクさんレベルのシンクロ率。流石だよ。ダイタクさんM-1準決勝おめでとう。流石だよ。兄貴今年こそは絶対に。


父親のシンクロに思わず福岡で東京の兄貴に武運を祈った。

僕が子どもの頃は早くても朝5時から収穫とかで、それでも早いなぁ〜凄いなぁ〜と尊敬していたが、もう夜1時からは流石に怖い。

この収穫のシーズンだけとは言え、この時期は18時に寝て24時すぎに起きて準備するというルーティン。


「還暦を超えたし、体力的にもな、ここ10年はこんな感じよ。どうせ後で寝るんやから。色々と早く起きた方がゆっくり出来るから、これがルーチンですね、ま、ルーチンですね」

ルー大柴ばりにドヤ顔で言う父親は、ティンじゃなくチン派。ルーチン大柴が爆誕していた。


おかげで今日は、寝る前に腹一杯になっとくか!と夕方4時に地元が誇る大力うどんに行き、まるで夜中にラーメン食う背徳感で早めの晩ごはんを食べ、両親は寝床に着いた。

そして夜6時。リビングでは隣の布団で母親が熟寝している。


まじ外国。

そりゃこの時間起きてる人たちは村にも沢山いると思うが、基本はほぼ9割5部みんな農家で朝が早い。だからもう村中が完全に活動をやめている。大力うどんも夜7:30には終わる。収穫時期の我が地元はもはや外国なのだ。


こんな時間に寝れるはずもない僕は。むしろ朝6時に寝て、休みには夕方5時に起きたりする僕からしたら実家は真逆の国になってしまった。


昨夜も帰ってこれたのが夜8時くらいだったから、絶対に寝てるのを起こすなよ!と言われていたので、1年ぶりに帰ったのに一階のリビングにはいかずそのままもう誰も使ってない2階の暖房もテレビもない部屋で両親が起きる夜1時まで真っ暗で過ごした。なぜか母親はここ何年か楽だからとリビングに布団を敷いて寝てるから、リビングを通らなけりゃ冷蔵庫にも風呂に洗面所にも辿りつけず、泣く泣く真っ暗な部屋で震えながらスマホの灯りで過ごした。本当に実家なのか。音を立てたら、即死。クワイエットプレイスマイホーム。過酷すぎて1人ラジオを1時間もやった。聴いてくれたみんなありがとね。おかげで暖まったよ。



深夜1時になり、一階から元気な声で母親から


「おはよー!!!」

と聴こえてきた。


遠くでニワトリが引いていた。

やっとリビングで過ごせると思って下に降りたら、父親も元気にマッサージチェアでくつろいでいて。深夜1時すぎに仲良く家族で談笑する摩訶不思議フリーター交流。

はいこれ食べんね、と母ちゃんから出された1年ぶりの手作り料理は「セロリの酢漬け」


自分がセロリ農家の息子なんだと改めて認識した。

この酢漬けにさきいかが入ってて甘酢の感じが我が母、千代子オリジナル。お袋の味。完全に大人になってから美味しく感じた、後からわかるお袋の味。ありがとう。お袋、もう一杯。

そう言ったら出てきた、次はセロリの醤油漬け味濃ゆバージョン。次から次へ、わんこセロリ。もう大丈夫。流石に流石に。まじで実家セロリ農家。



まるごとみやま市民まつりは今年で2回目。ずっとお祭りは何十年も前から僕が子どもの頃からやってたものの、名前を変えリニューアルしてからは今年で2回目。メインステージには後ろにでっかく習字でタイトルが書かれてるのが渋くてかっこいい。


初日の出番は朝10:30。サンシャインの爆笑ステージ。一組30分。


もう早朝単独じゃねえかよ。しっかりと出番も早すぎやしねえか!!


それでも僕たちの出番前が保育園児の子達による鼓笛隊とダンスでほっこりの嵐。父性が大爆発。なんて可愛いんだ。この後君たちのお父さんぐらいの人たちが30分はしゃぐけど、君たちのためにヒーローショーやってあげたいよ本当に。プリキュアのモノマネとか覚えてこなきゃな。


そして僕たちの出番。野外ステージで、寒風が突風で横から吹き荒れる。お客さんみんな内股、流石に寒いって冬の朝の外は。


それでも遠くからわざわざ観に来てくれたり、毎年楽しみに来てくれる地元の方たちもいて、ありがたい限り。出番の終盤は毎度ジャンケン大会をして、セロリや僕らのグッズを商品にあげたりしてるけども、今回はのぶきよのギャグを1番大きい声で言ってくれた人にまずは第一優先にプレゼント。なんのギャグにするか聞いたら、


「ひざショッカー、ニー!!の、ニーで」


なんでだよ。3100個あるのに、なんでそれなんだよ。言いづれえって!ニーて、口開けねえだろほとんど!大きい声でっつってんだよ!まじいい加減にしろ!まじ本当い加減にして!もう、まじでまじで。あと3100個ツッコみたかった。


「わかったよ。じゃあ、ニャーで」

なんでだよ。じゃあの意味わかんねえって。

それでも時間も押してて、早く決めなきゃということで、ニャーでいきましょう。じゃあ、せーのでお願いします。せーの、、

「ニャー!!!!!!!!!!!!!!」

日本中の猫が一揆した。


それまで僕らのネタにうんともすんともの子どもたちが親の仇のように、ニャー!!と叫び散らした。最初からこれ30分やればよかったわ。ギャグ好きなのか、猫好きなのか、ただただ叫びたかったのか。叫ぶ子ども達に交じって、セロリが欲しい大人たちのニャーも交じり、会場は混沌の極み。猫狂いによるカオスフェス。


いけいけいけ!!!もっともっと!!!!と煽れば煽るほど、ニャーがこだまする。

この日この瞬間僕らの街は「幸せ創る晴れのまちみやま」から「混沌創る猫のまちにゃやま」に生まれ変わった。

優勝は1番顔をくしゃくしゃにして叫んでいた、帽子後ろ被りのGAPのTシャツボーイに決定。


何が欲しいと聞くと、7歳のその少年は数ある商品の中から、僕らのサインと答えた。なんて出来た少年だ。こいつはいい男になるよ。この街の未来は明るいよ。猫の街としてバズらせましょう。


終わると昔からから知ってる知り合いや友達のみんなも来てくれていて。お客さんの中にも、去年見て大ファンになりました、次は渋谷の劇場まで行きますと言ってくれた僕の親世代ぐらいのお父さんもいて。写真撮る時に、スマホじゃなくデジカメだったのにグッときた。自撮り出来ないから撮ってもらうように出店の人に頼んだら、めちゃくちゃ地元の先輩でおぉー久しぶりっす!とグッとが加速した。


「あの、お笑い芸人の方ですよね?」

そう声をかけられて応えると、俺わかる?とお兄さん。ええと、と悩んでると、

「桜武館の、野田たい。」

おおー!!野田くん!!!と信じられないぐらい大声出して驚いた。野田くんといえば、中学は違えど、地元屈指の剣道の道場「桜武館」で苦楽を共にした剣道仲間。


「久しぶりやね坂田くん!お笑い芸人凄かねぇ!ずっと応援しよって色々観よったばい!めっちゃ変わっとぉけんさい!!」


このハイパー方言で全てがフラッシュバック。一瞬でタイムマシンで中学時代に戻った。


当時、70代の部で現役日本一だった先生がやってた道場。信じられない程しごかれてしんどすぎた道場の稽古。まじで70代とか関係ない。日本一レベルの剣道の達人、漫画と一緒。るろうに剣心の実写出てもいいぐらい、本当一つも隙がない。気づけば斬られてる。そんなレベルのところで中学、地獄のように鍛えられてるからこの苦楽を共にした野田くんは流石にテンションが上がった。その苦楽と同時に野田くんが一時期道場に来なくなった時があって、そのこともフラッシュバックした。あの元気な明るい野田くんに、何があったのか心配してたらどうやら入院してたみたいで。


益々心配したけどその理由が、放課後早く帰ろうと急いでチャリにまたがったら、サドルじゃなくバーのところに股間を激突して金玉がバスケットボールぐらい腫れて入院したとのこと。

したとこのこと、じゃねえよ。面白すぎるやろ。同時入院明けに本人にこの漫談聞いた時脳みそちぎれるぐらい笑った。中学生男子のヒーローだろこの金玉爆破トーク。


その野田くんが奥さんとお子さんも3人いて、家族を背負ってるのにもグッときた。ずっと、おい、本物のお笑い芸人やぞ!ほら本物のお笑い芸人やぞ!!と子ども達に言ってくれて。


いやそんな大それたもんじゃないやろ!
こんな田舎じゃ偽物のお笑い芸人もおらんやろ!そもそも偽物のお笑い芸人でなんだよ!むしろ君らのお父さんの方が本物やぞ!!!と懐かしさと嬉しさとツッコミが心で溢れた。連絡先を交換して、なんだかワクワクするような未来の話をしてバイバイした。


地元で仕事するとこんな偶然な嬉しい再会が幾度となくある。これがたまらなく嬉しい。タイムマシンはそこら中にある。ふとした瞬間にどこへでも連れてってくれる。
嫌なところには戻らない。せっかく戻るなら楽しくて馬鹿みたいに笑った時だけでいい。せっかく戻るんだから、それだけでいい。たまにはさ。きっと今日もまた戻りたくなる今日だ。


2日目の明日はまたステージがある。次は昼過ぎの出番。晴れてたらいい。明日のネタをギリギリまで考える。時間はまもなく深夜1時。この国の朝が来る。王女は寝返りを打って起きる準備をする。張り切って真夜中に叫ぶ。おはよう。


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