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コート・ダジュールの閑静な住宅街で、知らないおばあさんのお宅に不法侵入しかけた話

タイトルに全てが集約されているのですが、事のあらましは以下の通りです(長文ですので、お時間に余裕があるときにコーヒーでも片手にどうぞ( ^^) _旦)。

八月某日、ストラスブールから鉄道でフランス南海岸を目指した私たち一家は、長旅に疲弊しきっていた。何故飛行機を使わなかった、と誰もがツッコミを入れる事でせう。今となっては私にも分からないが、夏休み中の空港は常にバカンス客でごった返していて、駅以上にストレスフルだし、手荷物検査も面倒だし、飛行機はCO2の排出量が…等と言い出す夫の思想にあてられて、正常な判断が出来なくなっていたのかもしれない。
とにかく、永遠とも感じられる長い時間をTGVの中で過ごして、私たちはマルセイユの駅に降り立った。ここまで来たらあともう一息。地方の駅に止まる電車に乗り換えて、十五分ほどでその駅にたどり着いた。

宿は夫が数週間前にAirbnbで予約してくれていたが、私は自分自身にサプライズしようと思って、あえて宿情報は見ないようにしていた(早い話が、全て夫任せ)。
そしてこれも今となっては何故だか分からないが、駅からはタクシーに乗らず、二キロほど離れた宿へはバスで行くことになった。三人だし、旅の途中で破損したスーツケースが二つあるし、どう考えてもタクシーを使うべき状況だったのに…!

暑さと疲れで正常な判断が出来なかった私達は、降りる停留所も間違えて、国道のようなビュンビュン車の通る坂道の端っこを車輪の破損したスーツケースを引きずりながら歩き、やがて高島平団地(としか私には形容出来ない場所)に着いた。

コート・ダジュールの高島平団地は、共用玄関の横にあるキーに四桁のコードを入力して中に入る仕組みになっている。が、あらかじめ伝えられたコードを入力しても、扉は固く閉ざされたまま、一ミリも開かない。
私は暑さと坂道と長時間の移動で疲労度がMAXに達していたので、近くの石段に腰をかけてうなだれていた。
宿の管理人に電話をかけても出てくれないので、夫は高島平団地の敷地内を歩く住人を引き止めて建物への入り方を訊くも、住人らの返事はことごとくフランス語で、何を言っているのかほとんど分からない。

今回フランスに来たのは、学校でフラ語を学び始めた息子の勉強にもなるだろうという意図もあったのだが、一年前から習っているのに、これがまるで役に立たない。息子曰く、ここらの住人のフラ語はアクセントがあるし、分かり易く喋ってくれないそう(ホントかァ?)。
足を止めて懇切丁寧に教えてくれる割に、頑として一言も英語を喋らないフランス人に地団駄踏みながらも得られた情報は、予約した宿がある場所は別の棟という事だった。何しろ高島平団地だけあって、似たような建物が林立しているのだ。

重い荷物を持ったまま迷路に放たれたような、救いのない感覚に陥りながらも、約一時間後、正しい建物を見つけることが出来た。よりによって、敷地の一番奥でやんの。
で、建物の中に入れたは良いものの、息つく暇もなく次の難関が私達を待ち受けていた。借りた部屋にどう入るか。君たちはどう生きるか(壮大だなあ…ハナホジ)

予約メールによれば、「玄関の横に鍵の入ったキーボックスがあるので、そこに四桁のコードを入れて(またかい…)鍵を取り出して下さい」との事。私はこんな煩雑な宿を取った夫が憎らしくなって来たが、全て任せっきりにしていた立場上、文句は言えない。

高島平団地は中に入っても全部同じドアで、部屋番号さえ振られていない。夫は私と息子に、ここで待っててと共用玄関付近で言い残して二階に行き、しばらくした後、「部屋のドアが開いた」と私たちを呼びに来た。
荷物を持って二階に上がり、その部屋の中に入ってみると、入口からして思ったより生活感があった。靴棚には杖が立てかけてあるし、リビングには桃が盛られたカゴが…。
と、そんなタイミングで便意を催した息子、しばしバスルームへ。
夫は夫で何かこの部屋に違和感を感じたらしく、私達二人と荷物を残したまま、また何処かに行ってしまった。

私はその場に突っ立って玄関付近で夫の帰りを待っていたが、用を足した息子は、ロープレ感覚なのか、早速お部屋探索。すると四、五分その場を離れていた夫が戻って来て、訳の分からないことを言い出した。「やっぱ、ここじゃないっぽい(汗」
ここじゃないなら何故中に入れた?と私が疑問に思っていると、部屋の探索を終えた息子が戻って来て一言:「なんか、奥でおばあちゃん寝てるんだけど」

謎解き宿探しゲームという極度のストレスに晒されていた夫、急にブチ切れて、何故それをもっと早く言わない!?と息子に怒鳴り、息子は息子で、何故それを報告する必要がある!?と言い返し、とにかく早く荷物を出せという夫の指示のもと、私達は「パルドン!パルドン!」とアホのように繰り返しながら、慌てて全てのリュックサックとスーツケースを廊下に出した。
その後もしばらく夫と息子は廊下でワーワー喚き散らしていたが、奥で寝ていたおばあちゃんは、何故か出て来ず。

結局、二軒先のドア横にもキーボックスがあることが判明し、そこに四桁のコードを入れることで、鍵を取り出すことに成功した。ミッションクリア!
正しいお部屋の方は、中もしっかりリノベ&清掃されて、必要なものは完備されている旅行者仕様で、リビングからは地中海が見渡せるナイスビュー。
その資産価値に気がついた物件の持ち主は、副業でもしようとエアビー経由で部屋を貸す事に決めたのだろうけれど、いかんせん見つけるまでのハードルが高過ぎるよ…( ;´Д`)あと、客の到着時間くらいは電話に出てくれ。お願いだから。

ちなみに、おばあさんが寝ていた部屋にどうして入れたかというと、夫曰く「最初から鍵がかかっていなかった」との事。さらに、予約確認書に書いてあった「キーボックス」とやらがそこにもあったので、正しい部屋だと誤解してしまったそうで…。
もしかしたら、高齢女性が一人暮らしをしているから、デイサービスの人が入れるよう、日中は施錠しないのかもしれない。あるいは、鍵をかけないのは田舎あるあるなのか…。
早とちりした夫もよくないし、人任せだった私も、真面目にフランス語を勉強しなかった息子にも多少の非があるけれど、この家を貸している大家も、電話に出るとか、鍵の引き渡しは対面で行うとか、ドアに分かりやすい目印つけておくとか、何かもっとやりようはあるよなあ…。間違っておばあさんの家に入ってしまったバカンス客は私たちだけではないはず。

一旦そこに着いてしまえばとても快適だし、良い景色だし、広さの割にお値段もリーズナブルだけれど、中に入るためのコードが云々とか、困った事があっても大家がフランス語しか話せないなんて面倒過ぎて、私が宿を取るとなったら駅近のホテルなどにしてしまう。それだと窓から見えるのはどうせ隣の建物の壁だし、冒険するからこそ良い景色というのは見られるのだろう。旅の準備を人任せにしておくことによって、自分が絶対にやらないような体験が出来るのだなあと、珍しく受動的なバカンスを過ごした二週間だった。


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